第22話 しつこい領主

 次の日に三人で待ち合わせをし、領主が待つヴァルハラ城にやって来ました。


 お礼をもらえるのは嬉しいですが、相手はこの地を治める大貴族です。

 気楽にとはいきません。めっちゃ胃が痛くなってきました。


「はあ、緊張してきましたよ。おふたりは大丈夫ですか?」


「あ、あ、あ、あ、あい……まあ大丈夫、です」

「ぼ、ぼく、ダメかも」


 私以上に固くなっています。

 会うまえからこんな感じです。


 門からは案内人に先導されています。

 通った道も複雑で、警備の厳重さがよくわかりますね。

 ひとりで帰れといわれても絶対にムリ。迷子になるのは確定ですよ。


「ふわぁ、きれい。お姉ちゃんってこんな所に住んでいるんだぁ」


 絢爛豪華とはこの事ですよ。

 視覚だけでなく、踏みしめる絨毯からも別世界だと感じます。


 下手に触って壊したら、一生かけても弁償できなさそうな物ばかりです。

 小さく身をちぢませて進むのがベストですな、はい。


 気疲れで目がまわり始めた頃、やっと伯爵の私室に通されました。


「よくぞ来てくれた、我が娘の恩人たちよ」


 伯爵は姫様にそっくりな美丈夫で、力強い握手で迎えてくれました。


「この手だな、娘の命を救ってくれたのは」


「い、いえ、私はタッパくんの誘導に従っただけなのです」


「何をいう。ダーク・アークエンジェルを一太刀で倒すとはなかなかの豪者。我が家臣にほしいくらいだ」


「えっ、な、な、な」


「どうだ、騎士として私につかえてみぬか?」


 ひぇぇええぇ、勘弁してほしいです。

 こうして会うのでさえ気絶しそうなのに、毎日だなんて拷問ですよ。


 向こうが社交辞令だとしても無下むげに断れません。

 自分の無能さをアピールするのが良いでしょう。


「い、いえ、この年で底辺冒険者です。閣下のご期待にはそえません」


「はっはっはー、ギルドでの大立ち回りは聞いたぞ。話す者も興奮しておってな、私も胸がスカッとしたわ」


 ギクッ!


 この町の衛兵さんは優秀です。

 どこでどんな事件がおこっても、即座に対応してくれます。

 それと報連相がしっかりとしていますね。


 ですが、ちょっとはサボりやがれ!です。


 そんな小さな出来事など、忙しい領主に報せないでくださいよ。

 もっと他にやることがあるでしょ。


「お父様、トクマロ殿が困っております。はやくお礼の品を贈呈ぞうていされては?」


 ナイスですよ、お姫さま。

 他のふたりもホッとしています。

 自分の番が怖かったのでしょう。


「おお、そうだったな。だが用意した物で良いか迷っておるのだ」


 伯爵は机の上にある箱をタンと叩き、困り顔をされてます。


「フィオナから剣が台無しになったと聞き、同じものを用意したのだ。しかし貴殿はすでに持たれておる。それほどの財力があるなら、代わりに金須きんすというのも味気ない。どうだ、何か望むものはあるか?」


 突然の提案です。

 私としては、用意された物を素直にいただこうと思っていました。

 それが一番らくな方法です。


 だけど自分で考えろだなんて、急にいわれても困ります。


 正直にいえばお金のほうがいいですよ。

 でも釘をさされましたし、……どうしましょ。


 助けをもとめて、横のカーラをつつきますが心ここにあらず。自分のことで精一杯のようですよ。


 いくらつついてもダメですな。


 もーーー、日頃この子の進学のため応援をしているのですよ。

 対等なのですから、こういう時に助けてほしいのに、プンプンですよ。


 …………あっ、そうだ!


「伯爵さま、それでしたらカーラが魔法学院に進学する際、後ろ楯になって頂けませんでしょうか?」


 私に貴族との結びつきはいりません。

 しかしカーラは別ですよ。


 これから学院に進み、国や貴族につかえるのです。

 どっぷりその世界に関わるのですから、より強い縁が欲しいですもの。


「ほほう」


 伯爵は目を細め、少しだけみを浮かべてきました。

 これは脈ありですな。


「この子は才能があり、進学のための資金も来年には間に合います。しかし平民ですので何かと苦労するでしょう。その時に少しばかりで良いので、お力を貸しては頂けませんか?」


「ふむ、貴殿自身の望みではないのか?」


 いえいえいえー。上手くなすり付けたのですから、細かいところに気づかないで下さいなー。


「ふむ、仲間を思いやるとは殊勝しゅしょうな。あい分かった。その心意気にこたえよう。このカーラ殿が困ったときは、必ずやテイラー家が守り通してみせよう」


 良かったです、カーラも感激して震えています。


「あ、ありがとうございます。そして、師匠。どこまでカッコいいのですかー、もー大好き!」


 ふう、こちらは済みましたので、次はタッパくんの番ですね。


 カーラもそう思っていたのですが、伯爵にその場に留まるよう優しく止められました。


「あいや、先程のはトクマロ殿の分だ。カーラ殿とタッパ殿の分は別に用意してあるぞ」


 盆の上にある袋を渡されました。


 中身は金貨30枚との事。

 下手したら庶民の年収ほどの褒美ですよ。

 これには度肝をぬかれましたな。


 これでカーラは目標金額にぐっと近づきました。


 それとタッパくん。

 孤児の彼にとってこの大金は、途轍とてつもない強味となります。


 それを見据みすえてなのですかねえ。

 もしそうなら、この計らいには参りました。さすがこの街の統治者ですよ。


「ところでトクマロ殿、聞きたいのだが。ダークアークエンジェルを討ち取ったのは、本当に黒鉄製の剣であっておるのか?」


 もう終わりだと気を抜いていた所に、不意に質問をされました。

 ですが、どうでも良い内容ですね。

 伯爵は世間話がしたいのでしょう。

 世話がやける伯爵ですな、すこし付き合ってあげますか。


「ええ、そのせいでスクラップになりました」


「Dランクの武器でBランクのモンスターをか。なんとも規格外な男だな」


「は、はい?」


「黒鉄は鋼より上位だからこそ、E級をこえD級モンスターを倒せるのだ。しかしそれ以上となると更に上の素材でなくては、にキズすらつけられん。それなのにだ、貴殿はそれを成し遂げたとは。…………はて?」


 世間話では? 伯爵は何やら大きな勘違いをされていますな。

 アレは竜神変化をすれば、誰でもできること。決してインチキなどではありません。


 でもこの低い声のトーンです。キチンと説明しないとヤバいですな。


「いえいえ、あれは竜闘気ドラゴニックモードを使っただけです。一般的なスキルではないですが、身体能力を底上げしたのです。それがなければ、とても、とても。……特別な事ではないですよ?」


「…………ですか?」


 セーーーーーーーフ。


 妙なはありましたが、キチンと納得してもらえました。

 ランクの壁は存在しますが、という訳ではないですもの。


 現にいつも一つ上の獲物を相手にしています。

 まあ、2つも上になると無理でしたがね。


 この方は試さずに思いこんでいるだけですよ。

 お偉いさんは現場にでませんから、肌で感じるのが少ないのでしょうな。


「トクマル殿、やはり私の家臣におなりなさい。悪いようにはしませんよ」


「い、いえ、遠慮しておきます」


「その卓越した能力を、野で遊ばせておくにはもったいない。それに貴殿自身にも重荷になると思うがな」


 しつこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい。

 さっき断ったのにこの方は、人の話を受け止めないのですね。


 それでも押してくるなんて、意味が分からないですよ。


 何度も丁重にお断りしているのに、それならコレをってプレゼントをしてくるし、どんだけガッツイテいやがるのですか。


 人たらしの伯爵と聞いていましたが、これじゃあそこらのオッサンと変わらないですよ、プンプン。


「師匠、ねえ師匠ったらぁ。おーい、聞こえてますかぁ?」


 カーラにわき腹をつつかれ、ボヤけていた視界がくっきりしました。

 どうやら、脳内会議に集中していたようです。


「本当に頂かなくて良いのですか? せっかく伯爵様がくださるのに。こんなカワイイのもったいないですよ」


 見るとそれは、緑色の石がはめられたペンダントでした。年頃の女の子が欲しがりそうなデザインですね。


「それにみんなにくれるって言ってますし、お揃いになりますよ?」


「うっ」


 女子とお揃いって良い響きです。

 それだけで物の価値はハネ上がります。

 そしてそのチャンスが目の前に来ておりますぞ。


「それと特殊効果として、全ステータス1%が上がるマジックアイテムですよ」


「うっ、うっ!」


 パーセントアップをなめてはいけません。

 母体が大きいとハネますからね。これは私にうってつけのアイテムです。


「いや、カーラ殿。ここまで固辞されるのだ、無理は失礼だ。これはさげさせてもらおう」


「ちょっと待ったーーーーーー。閣下のお心遣い、この胸に染み入りました。そのアイテムを謹んでお受けさせていただきまするーーーーーーーーーーーー」


 片膝ついて深くこうべをたれます。

 流れるような作法、完ぺきで我ながら惚れ惚れしますよ。


「ト、トクマロ殿? 人の施しはうけないのでは?」


「いえいえ、場合と相手によりまする」


 うっ、無意識のうちに結構失礼なことを口にしたみたいですな。

 そこら辺を修正しないと、あとあとの命とりになりかねません。きっちりちゃっかり言いうくろいますぞ。


「では先程の『やってられっかバカヤロー、異世界を楽しむのにジャマすんじゃねーーーーー』ってのは?」


「いえ、言っておりません」


「でも」


「きっと咳かなにかだったのでしょう。私は断じて言ってはいないのです」


 き、決まりました。

 私の覚悟が届いたみたいですな。

 三人は目を点にして感激しておりますぞ。


 家臣などにはなりませんが、このアイテムはいただきます。

 それとカーラの後ろ楯になってくれる方ですし、軽くつながっておきますかね。


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