第12話 情けは人の為ですか?

 私はいま、ヴァルハラの町にある鍛冶屋さんへとお邪魔しております。


 鉄を叩く音のなか、新調した黒鉄製の剣に見惚れております。

 自分で言うのもなんですが、かなり似合っているかと。


「お客さん、バランスもいいようだし、試し斬りをしてみるかい?」


「おそれいります」


 用意されたのは、Dランクのヘラクレスだんご虫の甲殻です。

 堅さはほぼ鉄兜ですよ。


 でもこれを斬るための剣ですから、斬れないはずがありません。


 あえて頭上からでなく横払い。

 きれいに真っ二つになりました。


「おいおい、なんちゅう腕前だ。大したもんだぜお客さん」


「師匠カッコいいです」


 いいですね、さすがは有名なガンズ工房の剣だけはあります。

 多少高くても納得がいきますね。


 これならDランクはもちろん、Cランクも楽勝ですよ。


 はやく実戦したいので、今日は少し足を伸ばしてみましょうか。


 カーラと2人で東門へと向かいます。

 外を東に進めば水辺があり、多くのモンスターが集まってくるからです。

 中にはヒポポタマスなどのDランクがいるはずですよ。


 足どり軽く通りを進んでいると、小さな声で名前を呼ばれました。


「はいな、何でしたか、カーラ?」


「いいえ、私は何も言ってませんが」


「おかしいですねえ。誰かに呼ばれた気が。……ほら、またです」


 この子でないならと、辺りを見回し声の主を探します。


 すると細いわき道の地べたに、力なく座る人影がありました。


「チャ、チャーチルさんじゃないですか。大丈夫ですか?」


 血の気がなくうつろな瞳。

 脱水状態なのでしょうか、よくない状態です。


「マロ、さん……すまねえが、なにか、食いものを」


 この人は顔見知りのEランク冒険者です。

 固太りの見た目はアレな人ですが、かなり善良な方ですよ。


 それを抜きにしても緊急事態です。

 ランチにと持っていた、サンドイッチとスープを渡すと、詰めこむように食べています。


 そりゃ美味しいですよね……ゴクリッ。

 女将さんがやっと手に入れてくれた、イベリコンコン豚の生ハムサンドですもの。

 最高級の生ハムからくるドングリのあの香り。


 朝に匂いだけ嗅がせてもらいましたから、お行儀が悪くガン見してしまいます。ああ、オニオンスープもイクのですね。


 でもまだ足りないみたいで、カーラも自分の分を差し出してくれました。ちょっとヨダレを垂らしていますが、やさしい子です。


「ふぅーっ、助かったー。ありがとうな」


「い、いったいどうしたのですか?」


「いや、お恥ずかしい。借金取りに追われてな。日銭を稼ぐにもギルド前で張り込まれるから、収入源がなくなっちまったんだよ」


「それは死活問題ですね」


 少しずつ積りたまった額は金貨2枚。

 それを急に全額返せときた。


 無理だと答えると、剣を差し出せと迫られ、ダッシュでその場を逃げ出したそうです。


 剣がなければ更なる窮地におちいります。

 薬草あつめも、決して安全じゃないですからね。


「でも逃げるだなんて。何か返す宛はあるのですか?」


「あったらこんな風にはなってねえよ」


 冒険者とは、特異な能力者かあぶれ者がなる職業といわれています。

 チャーチルさんは頭の良い人ですが、残念ながら後者です。


 一発逆転は無理そうですね。


 まあ年も近いこともあり、仲良くさせてもらっていますから、出来れば助けてあげたいです。


「チャーチルさん、ひとつ頼み事をしていいですか?」


「なんだい、藪から棒に?」


「実は知り合いから、討ち取ったモンスターを集めてほしいと頼まれたのです。Eランクのジャイアント・トードを20匹で、報酬はちょうど金貨2枚です。チャーチルさんならソロでもいけましたよね?」


「えっ、俺に仕事をゆずってくれるのか?」


「はいな、困ったときはお互い様です」


「うおおおお、心の友よ、恩に着るぜ!」


 喜んでもらえるのは嬉しいですが、オジサンからのハグは遠慮したいですな。

 力をこめて押し返しても、まとわりついてきます。


 と、横を見るとカーラが驚いていますね。

 わざわざ後ろにまわり、チャーチルさんから見えない角度で首をふっています。


 でもこれでいいのです。

 隠すのも大事ですが、友だちを見捨てる訳にいきません。

 ですがカーラは止まりませんでした。


「師匠、数を間違えています。金額はあってますが、頼まれたのは25匹です。危うく仕事がダメになるとこでしたよ」


「えっ!」


「おうおう、マロさんもうっかり者だな。25匹でも楽勝だし、ちょっくら行ってくるぜ」


 夕方には東門で会おうと言い残し、意気揚々と走っていきました。


 笑顔で手をふる私たちですが、先ほどのカーラの発言は見過ごせません。

 この子の真意を確認しなくてはなりません。


「ジャイアントトードの25匹なら、金貨2枚と銀貨50枚に変えられます。それを2割も引くなんて、ちょっとあこぎじゃありませんか?」


「師匠、今回のこと少なからず他の人に伝わりますよ」


「知られても、小槌がバレなければ良いことです」


「いえ、そうではなくて。困ったと頼ってくる人が増えるかもですよ」


「それは良いことじゃないですか」


「師匠ならそう言うと思いましたよ。でも何十人何百人もきたらどうします。換金するのに時間をとられ、師匠は自分の狩りに行けないのですよ? 朝から晩まで働いて、それでも収入ゼロ。いつか破綻しちゃいます」


「た、たしかに」


 ですが2割はボッタクリすぎです。

 元手が要らないのに、その設定はいただけません。


「いえ、むしろ良心的です。冒険者ギルドなんて8割ですよ。それに最初を安くして、途中で上げる事はできません。善意で行っているのに、いらぬ恨みをかいますよ」


「うーーーーーん」


 納得はいきませんが、カーラは私の事を心配しての提案です。

 それを無下にも出来ませんものね。


 決して言い負かされたのではありませんよ。

 私は大人ですから、ここは引いてあげるだけですよ、はい。


「分かりました。ですが今後は勝手に決めないでくださいよ。最後の責任を、君に負わせるわけにいきませんからね」


「やっぱり師匠は人が良いですね。そしてごめんなさい」


 これでケリをつけたとします。


 あとは今日の狩りは中止して、町のなかでチャーチルさんを待つことにしました。


 何か聞かれたときのため、ボロが出ないよう、設定をしっかりしないといけませんからね。

 気軽に言ってしまいましたが、これは結構ちゃんとしないといけません。めんどーです。


 それだけは、今更ながら少し後悔していますよ。

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