第4話 少しだけキレていいですか?

 しどろもどろの坊っちゃん。

 さっきまでの勢いが無くなりました。


「きょ、今日は一般門の気分なのだ。べ、別に貴族専用門を通れないのではない!」


 フレイム家の坊っちゃんは、小さな声で否定してきます。


 でも、違いますね。

 坊っちゃんはルールに沿っていないため、専用門を通れないのです。


 私は知っているのです。


 この町ヴァルハラは、領主であるテイラー伯爵の計らいで、貴族専用の入り口があります。


 専用門は待ち時間もなく、利用者は敬意をはらわれ快適です。

 それと市民と分けることで、無用な軋轢あつれきを避ける効果もあるんです。


 ただしその際には、貴族へ正装を課しています。

 特権を使うなら、人々の手本になれとのお達しなのです。


 坊っちゃんたち4人の格好は血まみれで、お世辞にもキレイとは言えません。


 専用門の衛兵が認めないと、坊っちゃんは気づいているのでしょう。

 いや、既に断られたのかもしれませんね。


「ではえて平民と同等の扱いで、一般門をくぐられるのですか。でもいいのですかねぇ、平民と同じなら、衛兵さんに捕まってしまいませんか?」


 私の言葉にキョトンとしてきます。

 そして見る見るうちに、鬼の形相へと変わりました。


「おい、聞き捨てならんぞ。俺はそこらのゴロツキではないぞ。誉れ高き勇者の末裔、フレイム家の男だ!」


「でも、さき程女の子に暴力をふるいましたよね。下手をしたら死ぬ所でしたよ」


「ば、馬鹿なことを。俺が何をしようと裁かれることはない! もう一度いう、俺は勇者の末裔、ボッチャン・フレイム、その人だ!」


「だと……いいんですがねえ」


 この世界の貴族は、自分のやりたいようにルールを決めれます。

 自分の夢と理想を追い求め、楽園を築けるのです。

 ただしそれは自領内でのこと。


 逆に他所よそでは、そこの領主のルールに従わないといけません。


 それに領主にしてみれば、領民は大事な財産です。

 たった一人の損失であっても、ただで済むはずがありません。


「うるさいヤツだ。もういい、そこを退け!」


 苛立いらだつ坊っちゃんは、この場を立ち去ろうとしています。


 大きく手を突きだし、私を払いのけようとしてきました。

 ですが、私は後ずさるどころか、体の軸さえブレません。


 それはこの坊っちゃん、ぜんぜん力が強くないんですよ。

 しかも私が動かないものだから、ムキになってくるのです。


「どけと言っておるだろうがああああああああああああ!」


 はたから見るとじゃれているかの様で、しまいには手がずれ、ヨロけてコケてしまいました。


 四つん這いでうち震え、いまにも爆発しそうです。

 追い打ちにそれを周囲に笑われ、よけい真っ赤になっています。


「こ、このボッチャン・フレイムを舐めるなあああああああああ!」


 立ち上がるとすぐさま剣を抜いてきました。

 切っ先は私のすぐ目の前です。


 ミスリル製でルーン文字が刻まれた逸品。

 魔力がふるえ、キレイな音がキーンと鳴っています。


 でも流石に抜刀はマズイです。衛兵さんが見ていますよ。


 まさか治安を司る衛兵さんの前で、このような暴挙にでるとは思いもしませんでした。


 彼ら衛兵さんは、領主のめいに忠実です。


 ここを治めるテイラー伯爵は合理的な方で、見栄よりもじつをとる人物です。


 商人や冒険者と、ありとあらゆる人たちを集め領地を発展させてきました。


 下手に貴族特権を振り回すより、人々に自由を与え、富める事を優先させています。


 特に治安は徹底していて、刃傷沙汰などもっての他です。

 厳しく取り締まり、いくら貴族といえどその責は逃れられません。


 良くて投獄、悪けりゃムチ打ちの刑。


 一部の階層からは、〝やり過ぎ伯爵〞と揶揄やゆされるほどなのです。


 その事をこの坊っちゃんも重々承知しているはず。

 ですが、怒りで飛んでいるのでしょう。


「よくもやってくれたな。我がフレイム家は誇りある武門。目には目を、屈辱には屈辱を。お前も同じ目にあわせてやる!」


 剣をチラつかせたと思ったら、不意に足払いをしてきました。

 コケたのが余程悔しかったのですね。


 ただ剣がくるとばかり思っていたので、反射的に返し技をしていまいました。


 柔道のつばめ返しというヤツですな。


 見事にきまってしまい、坊っちゃんはスッテンコロリとあお向けです。


「あわわわ、不可抗力です。わざとじゃないですよ」


 悪気がないとはいえ、無様な姿をさせてしまいました。可哀想です。


 放心状態の坊っちゃんでしたが、すぐさま起き上がります。


「き、き、きさま。一度ならず二度までも俺に泥をつけおったな。絶対に許さん、これでもくらえ!」


 またの足払いに、また反射的に返してしまいました。ごめんね。


「ぐおおおおお、三度目とはーーー、許さんぞーーーー!」


「や、やめにしませんか? 相当痛いでしょ? ねっ、そうしましょうよ」


「うるさい、クズのお前はまだ無キズだろ。そんな理不尽は認めん、あってはならぬ事だ。俺が正義で、愉快であるべきだ。だから今度こそ動くなよ。そしてその後でウサミミをぶっ殺してやる」


 なんだか腹立たしいですね。

 だってこちらは無抵抗があたりまえとの前提です。

 気持ちよく、うさを晴らすつもりですよ。


 しかも人類の宝を傷つけようだなんて許せません。

 私にだって感情はありますよ。

 それを黙ってうける理由はありません。


 また足払いです……ね。


 今度は意識して、おもいっきり払い返してやりました。

 ついでに叩きつけるように手をそえます。


 甘い顔をすれば調子にのってくるなんて、お灸ですよ、お灸。


「ぴきーーーーー!」


 肺から空気のなくなる音がしました。あれは相当苦しいですよ。

 でも懲りてないのか、顔をゆがませ声にならないのにわめいています。


「こ、ころ、ころしゅ、こらしゅてやゆー、うげーーーーーーーっ」


 そこへ衛兵さんが駆けつけてきました。


「そこまでだ。まずは剣をおさめてください、フレイム家の御曹司!」


 ドスをきかせ、衛兵さんが割って入ってきました。ナイスタイミングですよ。


 衛兵さんの冷ややかな眼差しに対し、坊っちゃんの瞳は怒りで燃えています。


「衛兵、フレイム家と分かってもなお、その態度をとるのか!」


「はい、貴方に無礼をはたらくつもりはありません。ですが、明らかに非はそちらにあります」


「な、なんたる侮辱、きさまら許さぬぞ!」


「貴方こそ、今の状況を把握されておりますか? 爵位をもたない、たかだか跡継ぎの身でありながら、我が伯爵家にケンカを売るとでも?」


 真っ赤だった顔がとたんに青ざめていきます。さすがに言葉の意味を理解できたようです。

 そして切っ先がおろされました。


 口を開きかけますが言葉をのみこみ、4人は後方へと向かいます。

 すれ違いざまに睨まれ、呪いの言葉を吐かれました。


「覚えておれよ。きさまだけは絶対にゆるさんからな。因果応報を思いしれ!」


 ですが私は気にしません。


 だって空腹がピークに達し、それどころではありませんよ。

 宿屋に帰ったら久しぶりのお肉です。

 これ以上は待てません。

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