28.決勝トーナメントⅠ(4)
「おい、膝痛いんじゃないか」
1:1の同点で始まった第4エンド。両チームのリードが投げ終わった合間に間嶋がささやきかけてくる。
ぎくりとして顔を上げる杷へと、間嶋は率直にたずねた。
「どれくらい」
「……痛くはない。ちょっと、曲げ伸ばししづらいだけ」
間嶋は少し考え込んでからハウスで幅を呼んでいる無田を振り返る。
杷は慌ててその腕を掴んだ。
「待てよ、大丈夫。最後までやれる」
懇願する杷に間嶋は黙り込み、「どうなっても知らないからな」と念を押して離れて行った。
(……痛み止めが効いてるから、ほとんど痛くないのは嘘じゃないんだけど)
杷は軋むような膝の違和感から気を反らすようにぎゅっとブラシを握り、忍部の投げたストーンを追った。
こんなところで棄権するなどあり得ない。そんなことになったら無田たちにも、そして天樹にもだ――絶対に顔向けできやしない。
忍部の放ったストーンは無田の「クリーン!」の言葉通りに進み、手前にあった黄色いストーン――またしても無田がショートしてフリーズに失敗したものだ――をレイズして相手のNo.1ストーンを真っすぐ後方へと押し出した。
フリーガードゾーンには、ウィックしにくいようにハウスからかなり離れた場所にチーム無田のガードストーンがぽつんと置いてある。その後ろに隠すようにしてリードの高坂が投げ入れたストーンが11時方向、5の位置に。それとほぼ平行になる右サイドのハウスぎりぎりにもLOLzのストーンが1つ入っている。
チーム無田のストーンは先ほど相手のストーンと入れ替わりでNo.1になったセンターライン上のものと、その真上、ハウスにかかるかかからないかの場所に1つ。
当然、LOLzはこのNo.1を前のストーンごと弾き出しにかかる。ハウス内にチーム無田のストーンが0になり、投げたストーンはハウスの斜め上へ。
「おかえしだ」
忍部はすかさず、このハウス外に留まったストーンを使って11時方向にあった相手のストーンを叩き出した。
「なんの!」
だが、桔梗はセンターライン付近に停止した忍部のストーンにヒットアンドロールさせ、自分の投げたそれはコーナーガードの後ろにうまく隠してしまう。
「久世くん」
無田のブラシが迷わずそのストーンのさらに後ろへ隠せと告げた。
(ティーライン上、9時の方向――)
指先を離れたストーンがゆっくりと回転しながら氷上を進んでいく。
「ヤップ!」
無田の声に忍部と間嶋のブラシが速度を上げて進路を掃いた。
「――抜ける」
シート脇から見ていた高坂がつぶやいた通り、50cmほど手前にあった赤いストーンの脇をぎりぎりのところでかわしていった。
「つけろ、つけろ」
無田が相手に聞こえないくらいの小声で繰り返す。
杷の投げたストーンの斜め上につければ労せずNo.1が作れる。にも関わらず、LOLzはちょっとハウスに集まって二、三言を交わしただけで全く別の場所にブラシを置いた。
「徹底している……」
呆気に取られてつぶやくと、無田が同意とばかりに肩をすくめる。
「でも、今度はこっちのストーンが1番上だからそう簡単にはいかないよ」
彼の言っていた通り、間にセンターガードの設置と
「ストーンの色が入れ替わるとあんまよくないね」
友安は自分の肩をブラシの柄でたたいた。
「今は黄赤黄だけど、これが赤黄赤になるわけよ。そうすっとあちらさんはNo.1になった俺らのストーンにつけてくるでしょ? で、そいつはなんとか弾き出せたとしてもこの2番目の黄色がガードストーンの後ろに残っちゃう」
現状、間嶋がラストストーンを外してくるとは考えられないのでそれでは2点を献上するはめになる。
「全部出しちゃうってのは?」
陣口が提案した。
「ちょっと角度をつけて、3つともハウスに残らないようにしてさ」
「それだとまたブランクにされるな。こちらが偶数エンドの後攻をとれるからそれでもかまわないが――」
あるいは、と桔梗がブラシでハウスの上部を示す。
「さっきと同じようにここへストーンを置いてハウスの中心への道をふさぎ、これを相手に狙わせることによって1手を使わせる。そして、友安の2投目でこのストーンの前につけ、No.1を奪う」
彼はブラシを動かし、今度はティーライン上にある黄色いNo.1ストーンに触れた。
「これならまず、相手に1点を取らせることが可能だ。ただ、問題は友安のドローショット成功率が70%を切っているので失敗してやはり2点取られる危険が高いことだな。どっちがいい?」
「ドローはやだね」
「じゃあ、陣口案で」
バイススキップである桔梗だけがその場に残り、黄色いガードストーンの後ろにしゃがんでブラシをかざした。友安がハックを蹴り、――ストーンを離す。
「早い」
これは弾き出しに来ている。
杷の予想通り、友安はダブルテイクアウトに成功。周囲からは歓声と拍手が起こった。わかりやすく派手なテイクショットは観客からの受けがいい。たったひとつだけ残った右サイドのストーンを弾き出した間嶋のストーンを友安が弾き出し返して、それをまた間嶋のラストストーンが弾き出す。2回目のブランクエンド。
「点をやらないのはいいが、こっちも点がとれないな」
腕を組んで嘆息する桔梗の前を高坂が通り抜け、ブレイクタイムに入るためにシートから引き揚げようとしていた間嶋を呼び止めた。高坂は好奇心旺盛な猫か探偵のような目を間嶋に向け、調子よくたずねた。
「なあ、よかったら好きな食べ物教えてくんない?」
「スイーツ」
間嶋は彼の方を振り返りもせず、すました顔で答える。
「は? 果物って意味じゃなくて小洒落た甘いもの全般っていう意味の? ……マジ?」
「ご想像にお任せします」
さすがに嘘でしょ、と間嶋を指差す高坂に無田はごにょごにょと言葉を濁して言った。当の本人は杷の祖母がお土産にくれた麩菓子を口に突っ込み、またしても忍部と何やら相談している。ときおりハウスの方を指さし、ジャンクがどうこうと言う声がした。何を話しているのかは気になったが、杷は少しでも足を休ませたかったのですぐにベンチへ腰を下ろし、タオルで顔をふいた。
「点、取りたいな」
「うん」
杷は隣に座った無田がくれたゼリー飲料を口に運び、彼にたずねた。
「そういえば、間嶋ってなんで忍部とばっかり相談してるんだ?」
「その方がスムーズなんだよ。間嶋と俺って思考回路が違うらしくてさ、忍部が翻訳してくれるわけ」
「へえ」
杷は笑って、「じゃあ」と言った。
「無田が間嶋に言いたいことある時は俺が相談に乗るよ」
「ほんと?」
はじめて味方ができたとばかりに顔を輝かせる無田の嬉しそうな反応に自然と頬が緩んだ。
痛みは抑えられているし、この試合が終われば30分は休憩できる。その時間で患部を冷ませれば、あと1試合くらいは十分に持つはずだ。
「じゃあさ、さっそくなんだけど――」
無田が耳を貸して、というので杷は彼の作戦に耳を傾けた。
「さっきのエンドの最後で縦に3つストーンが並んでた時にさ、俺たちのストーンが1番上にあったから玉突きして来なかったでしょ?」
「入れ替わりであれがNo.2に残るのがいやだったんだろうな」
「そう。前から飛ばす場合、レイズするストーンの色が自分のチームか相手のチームかって意外と大事なんだよね。たとえば、それがラストショットだったりしたら自分のチームのストーンをレイズできればそれも含めて得点に絡ませることもできる。逆に、相手のストーンだったら絶対にそんな風には使えない。ハウスの前にストーンがある場合、自分のチームのストーンの方が有利な場面が多いんだよ。だからさ……――」
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