27.決勝トーナメントⅠ(3)

 ハックについた桔梗は速やかにデリバリーに入り、上から順番にストーンを突いた。投げたストーンがハウスの前、ハウスの前にあったストーンが後ろに隠れていたストーンのあった場所に留まり、ちょうど色が変わった形になる。杷は無田の指示に従い、ハウスの中にあるストーンの斜め前につけた。だが、すぐに上のストーンを使われて陣口がやったのと同じようにブレイクされる。

「でも、さすがに全部綺麗にってわけにはいかないよね」

 無田はバックガードになっていたストーンが弾かれてハウスの2時方向、外側の縁にかかっているのを見逃さない。

「あの後ろに隠す。今度は弾き出しにくいように距離をとって、こっちもハウスぎりぎりに」

 彼の指示通りに杷が10の位置、ハウスの縁にかかるように置きに行ったストーンを友安のブラシが迷いなく差した。桔梗が頷き、彼がブラシを置いた位置に自分のそれを置き直す。

「確かにガードストーンからの距離が遠くなればなるほど、前から飛ばして弾き出すのは困難になる。だが――今日の友安のテイクショット成功率は98%。間嶋の前にストーンは溜めさせない」

 シートの向こう側に滑り着いた友安は軽く腕を回してからハックに着き、ストーンをセット。ぐっと腰を後ろに引いてオプションと呼ばれる体勢を取る。

(大きなオプションだ)

 まるで飛び立つ鳥が助走をつけるような、力強い姿勢から友安は早めのショットを繰り出した。

「ウォー!」

 ブラシを差し出そうとしていた高坂と陣口がさっと腕を引いて道を空け、まずは1つめのストーンに接触。僅かに角度のついたストーンの軌道は杷の置いたストーンの右端を掠り、エンドラインの向こうへ流れて行った。

「うわ……」

 ブラシを手に遠くのハウスを見はるかした杷はそこにある光景に思わず声をもらした。

 見事になにもない。

「――――」

 間嶋は無言のまま、ハウスのほぼ中央へ無造作に投げ込む。

 当然、友安はそれをテイクアウト。間嶋は彼が残したストーンを自分のストーンごと弾き出し、ブランクエンドに持ち込んだ。

「完全に間嶋を封じに来てるな。ハウスの中にストーンがなけりゃ、いくらあいつでも得点が稼げない」

 第2エンドが始まって早々、忍部のぼやきが杷の耳に届いた。

 両リードが1投目を投げ合った直後、LOLzの赤いストーンはハウスのセンターラインよりやや左上に、チーム無田の黄色いストーンはぎりぎりでハウスにかかる11時方向にある。相手のストーンにつけようとしてショートしたのだ。渾身のスイープでなんとかハウスまでは運んだ忍部は息を弾ませながら摘まんだ襟元をあおいだ。

 LOLzはこのハウスにかかったストーンをテイクアウト。投げた方のストーンは2時方向に緩く移動した後、6のあたりで停止する。

「ほんっとうにこっちのストーンを中に入れておきたくないんだな」

 相手の徹底ぶりに普段は温厚な忍部が恨みがましく苦笑いするのが意外だ。杷はハウスに戻ってもう一度、無田にフリーズを求めるが今度もショート。11時方向、4と5の間で止まったストーンにLOLzは容赦なくヒットアンドステイしていく。あっという間にハウスの中にはLOLzのストーンが3個だ。

(すごいな、こっちの得意なパターンにまるで持ち込ませない)

 杷は驚き半分、感心半分でハイタッチしあうLOLzを見た。

「さすがにこっちも相手のストーンを出していかないとまずいな」

 忍部が言い、無田が申し訳なさそうに咳払いする。

「ガードストーン以外は苦手で申し訳ない。左から真ん中に当ててダブル頼むよ、忍部。投げたストーンは右のストーンに隠れる位置までロール」

「了解」

 さすがに3個同時には出せないと判断した無田の指示に従い、忍部は11時方向にあるストーンからNo.1に向けてストーンを飛ばした。

「伸びろ……っ!」

 ハウス内を右下に向かって滑りゆくストーンの前についた無田は思いっきりブラシを動かしてぺブルを溶かし、少しでも距離を稼ぐ。

「陣ちゃん、見えてる? いけそう?」

 友安が声を張り上げた。

「当たってもよければー!」

 口の両側に手を当て、叫び返す陣口からの返答はすぐ前にある自分たちのストーンを巻き込んでもいいのなら、という意味だ。

「いいよ!」

 友安は自分たちの赤いストーンから左側半分ほど出ている黄色いストーンをブラシで示し、「8!」と叫んだ。

「8?」

 テイクショットの際のノーマルウェイトはチームによって異なるものの、大抵は9秒か10秒だ。その速さに驚く杷をしり目に陣口は戦艦が突き進むような低い滑走音を轟かせ、友安のブラシまで一直線にストーンを放つ。

「ッ……」

 普段はカッ、とかコッ、といった甲高い音を立ててぶつかるはずのストーンがいまは「グゴンッ!」というくぐもった衝突音を迸らせてハウスの中にあったストーンを2つごと弾き出す。反動で投げたストーンがハウスの外に泳ぎだしてしまうほどだ。

「強すぎんよ」

 友安は笑い、後ろ向きにハウスを滑り出て無田に場所をゆずった。

「…………」

 スイーパーについた間嶋が無言でハウスを見やる。

 無田の指示は相手のストーンをガードに見立てたカムアラウンド。忍部はこれをほぼ完ぺきに決めるが、LoLzはまたしても前のストーンから飛ばして軽々と出してくる。

(けど、ハウスの前に投げたストーンが残ってる)

 順番がまわってきた杷は慎重にストーンを手放し、膝を折ったままラインを見た。無田の「ヤップ!」がかかり、忍部と間嶋が2人がかりでストーンを運ぶ。

 ――非常に長いドローショット。

「OK!」

 無田が手を上げ、スイーピングが終わった時には縦にストーンが3つ並んでいた。

 まだ体内時計が合わないらしき友安はぼんやりとした口笛を吹き、ブラシでハウスを示す。

「大典、あれ俺に残しといてくれよ」

「お前の悪い癖だな、友安」

「仕方ないね。だって俺は、これが楽しくてカーリングやってんだ」

 あくびする友安に桔梗は肩を竦め、言われた通りにそのラインには触れず、反対側のティーライン上にストーンを置きに行った。

「見せ玉ってやつだね」

 無田のブラシがとんとんとそれを差す。

「おとりってこと?」

「そう。出すのは難しくないけど、こっちも手数を使わされる。久世くん、投げたストーンごとテイクアウトでお願い」

「わかった」

 杷はデリバリーに入ろうとして、靴の裏がハックに合わなかったような顔でいったん腰を上げた。改めてセットにつき、無田のブラシ目がけてストーンを送り出す。

 このテイクショットはうまくいき、ハウスにはさっきの縦3つのストーンのみ。さすがにそれは出せまいと思っていた杷は、ブラシを当てて角度を見る彼の姿にぎょっとした。

「まさか――」

「狙ってくるか!」

 忍部の驚愕を肯定する早いショットが友安の手を離れ、一直線にストーンを突いた。まさに玉突きの要領で1番後ろにあった黄色いストーンをハウス外へ弾き出した瞬間、友安の右手が突き上げられ、観客席からは拍手が巻き起こる。

「すご……」

 例えば、野球でホームランを食らった直後のピッチャーはこんな気持ちになるのではないだろうか。

完全に流れを持っていかれた中でも、間嶋は淡々と自分の仕事をする。強めのドローショットでハウスの中ほどにあったLOLzのストーンを外側から2つめの円にかかる位置まで押し出し、現時点でのNO.1を作る。

友安はこれを左サイドにあったNo.2とまとめて弾き出すダブルテイクアウトに成功。ハウスの中にLOLzの赤いストーンが2つ残っているため、間嶋はブランクではなく中へストーンを投げ込んで1点を取らされる形となった。

 続く第3エンドは序盤こそ定石通りにセンターガードの下でストーンを積み合ったものの、高坂の2投目が強めに当たって形が崩れた後は運よくセンターライン上を取ったチーム無田のNO.1をめぐるセンターガードとその壊し合いがセカンドからサードに渡って繰り広げられた。

「また……!」

 ハウスまでの距離を長くとったロングガードごと、友安は中にあるストーンをテイクアウトする。

「ぅおっと」

 微かに声を上げたのは、すぐ斜め上にあった自分のストーンも巻き込んで飛ばしてしまったせいだ。

「成功率94%に下方修正」

 桔梗がため息をついた。

 ハウスには円の最も右端にかかった黄色いストーンが1つだけの状況。

「――」

 間嶋は無言で逆サイドのハウス内ぎりぎりにストーンを置きにいった。友安の得意がテイクショットに片寄っているため、中ほどに置くと的にされてしまうためだ。実際、友安はこのラストストーンをもう少しでスルーするほど長く入れてしまい、バイススキップの桔梗に小言を言われていた。

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