26.決勝トーナメントⅠ(2)
●準決勝 13:30~ 2番シート
・LOLz(東京)
リード
セカンド
サード
スキップ
・チーム無田(岩手)
リード(S) 無田龍臣(高校2年)
セカンド 忍部蓮(高専3年)
サード 久世杷(高校2年)
フォース 間嶋斗馬(高校2年)
ジッパーのない頭から被るタイプの赤いジャケットにチーム名のロゴマークが
「東京って感じ」
「なんだそれ」
間嶋が突っ込む。
「都会っぽくない?」
杷は彼らのユニフォームを示して言った。
背中には選手の名前と所属協会名が直線的な字体のアルファベットで表記されている。Gいわてと同じく公式試合の規則にも適応するユニフォームだ。ただし、
「盛岡は地方だが、べつに田舎ってわけじゃない」
「それはそうだけどさ。選手の雰囲気もGいわてとは全然違うな」
「企業に所属してるGいわてと違って、LOLzは完全に個人のチームだからね。同じ大学の仲間同士で、卒業してからもそのまま活動を続けてる」
杷の疑問に答えてくれたのは無田だ。
「へえ」
その情報力に感心した杷だったが、続けて彼の話を聞いているうちに表情が消えていく。
「スキップの友安選手なんて前日が夜勤で行きの新幹線で仮眠しただけで昨日の予選に出たらしいよ。終わった後はレセプションにも出ずにホテルで爆睡してたって」
「え? なんでそこまで知ってるの?」
「SNS見れば全部本人がつぶやいてるよ。俺もフォローしてもらってるし、ネット上で何度かやりとりしたことあるから」
無田は「なに当たり前のこと言ってるの」とでもいいたげな顔だ。情報化社会に遅れまくっている杷はその筒抜け具合にたじろいだのだが、彼は気にもせずに続ける。
「あとはこの大会で1番本気って言えるチームかもね」
「本気?」
「久世くん、前に俺に聞いたでしょ? チームの目標はあるのかって」
「ああ、例えばオリンピックとか」
「それ」
きょとんと杷は目を瞬いた。
「LOLzはオリンピック代表を目指してるって公言してる。勝ちにこだわってくるチームだから、隙を見せたら一気にもってかれるよ」
無田は杷の背を鼓舞するように叩き、反対側のハウスへと送り出した。相手チームの邪魔にならないようにエンドラインの後ろに下がると、後から来た友安が眠たそうな顔で「どーも」と挨拶した。均整のとれた長身に活発な印象を与えるランダムカットの茶髪という若々しい外見の男だ。防寒のための手袋は滑らかなグレー。
近くで見ると、ユニフォームの左上腕部にスポンサーと思しき企業のクレストがついている。
ああ、これは負けられないだろうなと杷は思った。よほど期待されているのだろう。
「よろしくお願いします」
杷が礼儀正しく頭を下げると「そんなかしこまらなくていいよ」とばかりに手を振り、ぴたりとブラシをハウスに置いた。
(入れてくる)
ガードストーンの時とは明らかに異なる、ハウス中心部へのドローショットを要求。リードの高坂は小さく頷き、目標地点へと赤いストーンを投げ込んだ。
(綺麗なドローショット。センターガードを置かずに直接中へ入れてきたけど、俺たちはどうする?)
ハウスの前に進み出て、杷は無田を伺った。Gいわての時は初対戦の先攻という状況を生かして最初から攻めたが、この試合は条件が違う。
『LOLzは相手に合わせて戦術を変えてくる。昨日今日とこっちの試合を見られてるから、対策されてるはずだ』
昼飯時に言われた無田の言葉で思い出す。Gいわて戦の終わり際にフェンスの外からこちらを見ていた赤いユニフォームの男。杷はシートの脇に立つサードの桔梗を見た。少しけだるげな雰囲気のある仏頂面が記憶と一致。なるほど、あれは偵察だったらしい。
(たぶん、うちじゃなくてGいわてのだな。あれで目を付けられたってことか。うちはどっちかというとハウスにストーンを溜めていくドローゲームになりがちだから、最初からハウスにストーンを入れてテイクゲームに持ち込みたいってことなんだろうな。まだ序盤だし、調子を見る意味で乗っても構わないとは思うけど――)
だが、無田は「いつも通り!」と叫んでコーナーを指差す。
「りょーかい!」
よいしょ、と杷は腰を折ってシートのかなり端にブラシを置いた。滑り出した無田の手を離れたストーンは緩く回転しながらハウスの斜め左上に停止する。
「!」
間を置かず、友安のブラシがそのコーナーガードをつんつんとブラシで突っついたので杷は目をみはった。先ほどと同じく高坂は軽く頷いただけで彼の指定通りの場所にストーンを投げる。フリーガードゾーンルールによってリードが投げ終わるまではガードストーンを弾き出すことはできないが、ウィックしてずらすのは許されている。
「イェップ、イェップ!」
その狙い通り、スイーパーの陣口と桔梗が運んだストーンはコーナーガードをコツンと軽くサイドに押しやるとその反動でハウスの縁に触れる形で止まった。12時と1時の間だ。
ちょっと今までにない展開に、杷はもう一度無田の意向をうかがおうと顔を上げる。
「もう1回!」
高く人差し指を掲げ、ハウスの端を指差す無田に「りょーかい!」と答えた杷はさっきと同じ場所にブラシを置いた。だが、無田が再び置いたストーンをセカンドの陣口が直後にテイクアウト。もの凄い音を立てて弾き出していったので、バーに当たったストーンがいきおいよく跳ね返ったほどだ。
(貫禄すごいな)
裕に120kgは越えているであろう堂々とした体格から放たれる陣口のテイクショットは間違いなく今大会でナンバー1のパワーだ。
「ナイショ!」
両手を挙げて待ち受けた友安は、体ごとぶつかってくる陣口に半ば弾き飛ばされている。
杷はハウスに向かう無田と軽くタッチしてスイーパーの位置につき、忍部のデリバリーに合わせてストーンを追った。
(自分たちは率先して中に入れてテイクゲームを誘い、相手が乗ってこなかった場合は即座にガードストーンを壊して前を空ける。たとえハウスの中にストーンを積まれていても、セカンドに入っている陣口選手のあのパワーがあれば一掃だ)
案の定、忍部がせっかくNo.1の前につけたストーンを陣口はあっさりと叩き出してきた。それも後ろにある自分たちのストーンごと、ためらいもなくだ。
「あのチームでやっかいなのはフォースの間嶋だ」
桔梗が腕を組み、軽いため息をついた。
「やつに回るまでにどれだけ追い詰めていても、最後の2投で一気に状況をひっくり返される。まるで機械のように正確無比なショットコントロール。チーム無田は彼が投げなかった初戦をのぞいた3試合全てのLSDで中心から10cm以内に止めている。あちらが後攻のエンドでは必ず1点以上を取られると思って間違いない」
「ピンボールマシーンかよ」
高坂が呆れたように舌を出した。馬鹿にしているというよりはおののいているといった方が近い。
「いったい何食ったらそんなにうまくなるんだ? Gいわて戦はお前、全部見てたんだろ。どうだった?」
「俺の目算ではショット成功率92%。トップレベルでも85%が目安とされるところ、こんな数字を叩き出されたらGいわてもたまったもんじゃない。あれを逃した花巻CCは大損害だな」
「どうして辞めたんだろうな」
「さて、単なる相性の問題かあるいはあの類まれな才能を花巻CCの方で持て余したか。いずれにしても、カーリングで最も難しいのはチームの維持だと昔から言われている通りというわけさ。数年前、国内には敵なしとまで言われた鶴見選手のラジアンでさえ全盛期は長く続かなかった」
「ああ、サードの湯浅が結婚を機に活動を辞めたんだっけ」
「潔い選択だよ」
友安はハウス前に残った赤いストーンの後ろに忍部がストーンを回り込ませたのを見て、ためらいなくレイズテイクショットを指示する。
「いずれにしても優勝候補のGいわてを蹴落としてくれたチームだ。大切に相手をさせてもらおう」
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