22.ブレイクタイム(2)
「予選通過まであと1勝!」
ハイタッチしてホテルに移動した後で、ようやく開会式が行われる。
「なんで最初にやらないんだ?」
杷の疑問に無田が答える。
「朝だと他の県から来るチームが揃わないからだよ。第1試合は県内のチームの組み合わせが優先されるって参加要項にも書いてある」
「融通が利くんだな」
「それがオープン大会のいいところだね」
主催者や来賓の挨拶が済み、ようやく始まったレセプションが終わったのは外がすっかり暗くなった後だった。3人を家に迎え入れた杷は彼らが風呂を使っている間に部屋を片付け、布団を運び込む。
「お先」
まだ十分くらいしか経っていないのに間嶋が濡れた髪をふきながら戻ってきたので、「そっち持って」と一緒に布団の端を持ち上げた。
「待てよ、その向きだと幅が足りない」
「じゃあこっち?」
パズルの要領で人数分を敷き終えるなり、間嶋は髪を乾かす作業に戻った。
「ドライヤー借りたいんだけど」
「どうぞ」
電源の入る音がして、ぬるい温風が杷の後ろ髪をゆらしていく。着替えを用意しながら、間嶋にたずねた。
「あんまり嬉しくない?」
「熱い風呂は苦手」
「――ああ、そう」
杷は話を合わせるように頷き、寝巻にしているスウェットとタオルを胸に抱えて下に降りた。脱衣所を出てきた無田と行き会うと、彼はほくほくとした幸せそうな笑顔で手を挙げた。
「旅館気分」
杷は手を打ち合わせ、予告してやる。
「夕飯は牡蛎鍋だよ」
「豪華すぎない?」
「勝ててよかったよな。負けてたらやけ食いせざるを得ない」
「乾杯だね」
無田が階段を上がっていく音を背に、脱衣所のカーテンを閉めて服を脱いだ杷は「お邪魔します」と風呂のドアを開けた。
中では湯舟に忍部がゆったりとひとりで浸かっていた。知り合いの大工に特注で依頼した檜材の浴槽は横幅が2400cmを越える広さで、ちょっとした旅館のような風情がある。もちろん祖父の趣味ではあるが、酒造りが行われる冬季には蔵人のひとたちが泊りがけで仕事をするので彼らの慰労にという理由もあった。
バスチェアに腰を下ろし、シャワーを頭から浴びる杷に忍部が声をかける。
「どうだい、初勝利の気分は」
「あんまり実感わかなくて。最初から本気で来られてたら負けてたかもしれないですし」
手探りでシャンプーを手に取り、濡らした髪を泡立てる。
忍部は「まあね」と天井を仰いだ。
「次の対戦相手を見たけど、あれならまず勝てる。となると俺たちが1位抜け、Gいわては予選リーグ2位のチームで行われるLSDにまわることになる」
シャワーで髪を洗い流し、顔を洗ってからボディタオルに手を伸ばす。子どもの頃からずっと、上から順番に体を洗うのが杷の作法なのだ。
「気づいてたかい? 間嶋のラストストーン、相手のNo.2ストーンに当たって外へ押し出すようにコントロールされてた。あれがなければ1点止まりだったはず」
ああ、と杷は足の指の間を擦りながら相槌をうった。
「2点盗られるリスクがあるなら2点取れるチャンスがなければ割に合わないとか言ってました」
「はは、たまらないな」
忍部は苦笑した後で、ふいに表情を消した。
「俺はたまに思うんだ。間嶋は本当は、負けたいんじゃないのかって」
「――――」
ぴくりと杷は踵を擦る手を止め、忍部を見た。
「どうして?」
「俺、学校で機械知能系を専攻してるんだけどね。あれはプログラム通りにしか動かない。けど、たまにバグや配線のミスなんかで思いもよらない反応をしたりするんだ。そういう時に俺は機械の“生”みたいなものを感じる。予定調和から逸脱した予想できない結果ってやつにね」
忍部はこちらに向き直り、浴槽のふちに肘から先を預けるようにして寄りかかる。
「あいつ、勝っても嬉しそうな顔しないだろう? 誰よりも練習して、誰よりも勝つことにこだわっているのにだよ。当たり前のように投げて、当たり前のように勝つ。そういう一切のゆらぎが欠けている人間味のない自分をあいつ自身が1番嫌ってるんじゃないかってね」
シャワーで体の泡を落とした杷は、忍部の反対側に身を沈ませた。湯気に溶けた檜の澄んだ香りに包まれる。
「間嶋を追い出した花巻CCの連中も、チームになじめないあいつがちょっとでも落ち込んだり、動揺したりするところを見せればそれで満足して受け入れられたかもしれない。でも、あいつにはそれができない。他人はそれを可愛げがないという」
「今のチームはそれで問題ないのに」
「おや、久世くんも案外ドライだね」
少しからかうような忍部の微笑み。
杷は首をすくめ、口元まで湯のなかに沈み込んだ。
「まあ、君の言う通りこれはチームの問題じゃなくて間嶋個人の問題だから。あいつがちゃんと勝ってくれる限り、俺はなにも言わないよ」
「…………」
長湯をようやく切り上げたふたりが並んで廊下を歩いていると、台所から祖母の呼ぶ声がした。
「さっちゃん、ちょっといーい?」
「行ってきます」
「俺も手伝うよ」
ふたりは台所に寄り、下準備が済んだ具材と出汁の香る土鍋をテーブルに並べていく。
『――次はスポーツニュースです』
つけっぱなしだったテレビにスケートリンクが映ったのに気づき、杷はどきりとして報道番組が流れている画面を見た。
『カナダ、セントジョーンズで開催されているフィギュアスケート四大陸選手権の
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