第2話
「え? なんでこんなところに狼族が寝転がってるんだ?」
思わずそんな言葉が口をついて出た。
シィグの目の前には狼族がコロンと転がっている。しかし、ここはまだラビッター王国側でウォルファ王国には入っていない。両国のちょうどど真ん中辺りで、大きな森のど真ん中でもあった。そんなところになぜか狼族の男が仰向けで転がっている。
「おいおまえ、何してる」
少し離れたところから声をかけてみるが反応がない。迂闊に近づきたくはないが、もし弱っているのなら捕まえる絶好の機会じゃないだろうか。
そう考えたシィグは、そろりそろりと狼族に近づいた。手を伸ばせば触れる距離になっても狼族の目が開くことはない。心なしか耳も尻尾もしょぼんとへたれていて、相当弱っているらしいことが見て取れる。
「もしかして行き倒れか?」
狼族は個々の能力が高く一人で長距離を旅することもあると聞いていた。それなのに、ウォルファ王国から近いこんな森の中で行き倒れるなんてことがあるだろうか。
「それに、旅人にしちゃあえらく軽装だよな」
周囲を見ても荷物らしきものは見当たらない。格好も旅人というより貴族のようなちょっと洒落た感じに見える。まさか、そんな格好で旅に出たんだろうか。「いやいや、あり得ない」とシィグは頭を振った。
「もしかして追い剥ぎに遭ったとか?」
小柄な兎族はいろんな種族に狙われるせいで追い剥ぎに遭う確率も高い。だが、体が大きく強い狼族を襲う奴はいないはずだ。
首を傾げながらもシィグは狼族の側にしゃがみ込んだ。体は大きいものの、兎族で見慣れている真っ白な耳や尻尾だからかあまり怖さは感じない。髪の毛もキラキラした銀色で、灰色が多いと聞いていた狼族とは異なる見た目をしている。「弱ってる奴を捕まえるのは卑怯者のすることだけど」なんて思いながら、ぴくりとも動かない男の頬を指先でツンツンとつついてみた。
「ん……」
小さな声にシィグの肩がビクッと震えた。「いや、怖くなんてないし」と独り言で言い訳しながら、もう一度つんつんとつつく。
「んー……」
なんだ、ちゃんと生きているんじゃないか。
「おい、ここで何してんだ?」
声をかけると、今度はゆっくりと瞼が開いた。黒や茶色が多い兎族では見たことがない淡い飴色の目がぼんやりとシィグを見る。
「こんなところで何をしてる」
「…………ぃて、」
「は? 何だって?」
「……ぉなか、すぃて、動けなぃ」
まさかの答えに、シィグは「何だそりゃ」と黒目を丸くした。空腹のあまり地面に寝っ転がってしまう狼族なんて聞いたことがない。そもそも寝転がったところで空腹が紛れるはずがないのに何をやっているんだか。
思わずため息をついてしまった。とはいえ、見つけてしまったものは仕方ない。相手が狼族だったとしても、このまま通り過ぎるのは夢見が悪くなる。
「空腹で行き倒れるとか、まったくどんな狼族だよ」
変な奴だなと思いながらカバンを漁った。
「取りあえず、これ食えよ」
取り出したのは王宮から持ち出したパンと干し肉だ。何とか起き上がった狼族は、差し出された食べ物に飴色の目をパチパチと瞬かせている。
「食べていいの?」
「空腹で動けないんだろ? ほら、いいから食え」
シィグの言葉に男の顔がパァッと明るくなった。そうして受け取ったパンを小さく千切っては口に運び出す。その様子に「いいとこの坊ちゃんみたいだな」と思った。
(格好もそんな感じだし)
そんなお坊ちゃん狼族が、なぜこんな森のど真ん中で行き倒れていたんだろうか。しかも空腹でという理由がよくわからない。
「で、何でこんなところにいるんだ?」
「んん、」
食べていたパンを慌てて飲み込んだ男が「ちょっと家出してきたっていうか」と答えた。
「家出? こんな森にか?」
「気がついたら森の中だったんだ。外に出たことがほとんどないから、道に迷ったっていうか」
「へぇ」
外に出たことがないという言葉に、フードの中の耳がピクピク動く。「こいつも俺と似たような境遇なんだろうか」と思いながら、行儀よくパンを食べている狼族をチラチラ見た。
「あぁ、おいしかった。ありがとう」
「干し肉も食べていいからな」
「うん、ありがとう」
馬鹿丁寧に頭を下げる姿は、やっぱりいいところのお坊ちゃんにしか見えない。「外に出たことがない」という言葉も相まってますます気になる。狼族と仲良くする気はないと思いながらも、どうしても気になったシィグは思い切って「おまえさ」と尋ねることにした。
「そんな格好で家出とか、無謀すぎるだろ」
シィグの言葉に男が自分の格好を見た。そうしてシィグを見てから「そっか」と口にする。
「そういう格好じゃないと駄目だね。失敗したなぁ」
「そもそも、そんないい格好してたら追い剥ぎに遭うぞ?」
狼族ならそんな目に遭うことはないが、こんな間抜けな奴なら襲われてもおかしくない。
「これが一番地味な服だったんだけどなぁ」
「それに食料も何も持たずに森に入るなんて自殺行為だ」
「部屋に食べ物を置いてなかったんだ」
「それなら金を持って出ろよ。それで旅支度を済ませればいい」
「お金も持ってないんだ。あ、でも代わりにこういうのは持って来た。売ったらどうにかなるかなと思って」
そう言ってゴソゴソしている胸元を見ていると、キラキラしたネックレスが出てきた。王族のシィグも見たことがないような大粒の宝石がいくつも並んでいる豪華な代物だ。よく見ると、ネックレスを掴んでいる右手の指にも宝石がいくつもついた指輪がある。
「おまえ、相当な金持ちのお坊ちゃんなんだな」
「あぁ、ごめん。名乗りもしないままで」
そう言って男が背筋をピシッと伸ばした。
「僕はアージル。ウォルファ王国の王子です」
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