第4話
「よっ、お疲れ〜。」
振り返ると奴がいた。営業部の河村。同期入社の彼は、僕とは対照的に性格も明るく顔もイケメンの部類に入る。女子社員からの人気も高い彼と陰気な僕。そんな僕達が何故に親友なのか、社内の七不思議のひとつだ。
「なんだよ。仕事の邪魔すんなよ。」
「あんまり根詰めんなって。ほら。」
河村が缶コーヒーを寄こしてきた。ブラックと微糖。僕はブラックの方を手に取った。よく冷えている。
「山田さぁ、お前ここんとこずっと会社に寝泊まりしてるって本当?」
「ああ。もう1年は帰ってないな。」
「マジかよ。」
「1年は言い過ぎか。11ヵ月くらいかな。」
「変わんねぇよ。」
僕は再びパソコンに向かった。画面の中では大きな剣を構えた勇者が、悪のドラゴンに対峙している。
「新作?」
「そ。今度はRPGだってよ。」
「他人事みたいに言うなよ。お前が作ったゲームだろ。」
この会社でアプリゲームの開発に携わって、もう10年になる。これでもそれなりにヒットを飛ばしてきた。アイデア力とPCスキルには自信がある。
「お前のゲーム、凄ぇ人気だよ。俺のツレもみんなやってる。」
「光栄だ。」
勇者はドラゴンにとどめを刺した。ドラゴンの苦悶の表情が爆炎に包み込まれ消えていった。
「なぁ、何で家に帰らない?由美さんも健太くんも待ってんだろ。会いたくないのか?」
僕は缶コーヒーの残りを喉に流し込む。缶を置く音が、オフィスの喧騒に掻き消された。
「会いたいよ。でも仕方がないんだ。早くローンを返さなきゃな。」
「帰れないのに何で家なんて買ったんだよ。」
「こんなことになると思ってなかったよ。」
背後に目をやる。河村もそれに倣う。僕の背中から生える、黒いコード。それは壁に繋がれている。
「もはや充電器すら壁の向こう側だよ。社長様のナイスアイデアだな。」
「山田...。」
「河村、労働基準法って知ってるか?」
「いや、俺は知らないな。」
「僕もだ。」
部長がこちらを睨みつけている。はいはい、仕事しますよ。
「お前はいいよな。外回りの営業にはこんなもん付いてないもんな。羨ましいよ。」
「違う。違うんだ。」
河村は左のポケットに手を突っ込む。戻ってきたその左手には、コードに繋がれた無機質な黒い何か。何だ。見覚えはあるが、何故か思い出せない。無意識のうちに勝手に思考が停止している様な感覚があった。
「モバイルバッテリーだよ。これも社長様のナイスアイデアだ。今日から俺も、お前たちの仲間入りだ。」
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