18

 ギィジャアアアアアアーーーーッ!!


 ドラゴンの叫びだ。


「「ケイト!」」


 シャーロットに安全そうな茂みに隠れてもらってから駆け戻ってきたらしいアレックスとベンジャミンがこっちに走ってくる。


「来ないで! 私はいいから二人はロッティを何があろうと護って! そこ頼んだからっ!」


 いつにない剣幕の私の怒鳴りに、さすがに二人は足を止める。

 有難い事に心配のあまり躊躇いが見て取れるけど、もたもたしてないでヒロインを護りに戻ってね。

 言うべき事は言ったし。私は私でドラゴン相手に忙しくもう二人に構っている暇はない。視線を外してドラゴンを正面にする。


「ケイト無茶するなよ!」

「エバートン嬢は俺達が責任持って護っておく!」


 二つの足音が遠ざかった。戦闘における的確な状況判断がきちんとできている。彼らもこうしてみれば格好いい男達なのよね。


「ねえダーリン、できればドラゴンを拘束してほしいんだけど、頼める?」

「拘束か。まあできない事もないな」

「じゃあ私があいつを地に落としたら頼むわ!」


 ドラゴンは私達へと接近し、私は意識が飛んで一度解けてしまっていたチート鋼鉄体へとチャラララーンと華麗に変身! 見た目には何も変わらないけどー。

 滑空してきた、その痛さで理性の半分無くなったガタガタのドラゴンの口元にこっちから助走を付けて突撃してやった。


 グギャアアグガグググググーーーーッ!


 目論見通り残りの牙ももれなく砕け、ドラゴンは激しく首を振って私を空へと放り出す。そこですかさず体勢を変えてドラゴンの脳天に鋼鉄体キーック!

 ンギャアッて短い悲鳴の直後、ドスーーンと轟音を立てて顎から落ちたドラゴンはその巨体故に大地を震わした。


「拘束して!」

「了~解」


 頼もしいのか不真面目なのか微妙な返事と同時にドラゴンは大地に拘束された。確かサブイベントで入手できるレアアイテムの大口径魔法鎖で。ぶっとい鎖で束縛されたドラゴンは当然身動きが取れない。私はそこを狙い撃ち。

 ってか悔しいっ、レアアイテムまた先超されたーっ!


「そのまま湖に沈んでなさいよーーーーっ!」


 八つ当たりの感情もろとも攻撃をぶっ放す。

 溺れる直前で魔法収納に入れておいた湖水をドラゴン目掛けて放出してやった。開放口を狭く限定しての超絶勢いのある水鉄砲。放水攻撃は見事にドラゴンを直撃、尚且つ干上がっていた湖へと押し流しそのまま湖底へと連れていく。そこで一気に水を戻したから湖は元のようにあっという間に満水になった。

 ブクブクブクブクとドラゴンからの空気が水面を泡立てている。


「ふんっ、さっきはよくも。このまま湖の藻屑と消えて」

「あー、貴重な魔法鎖が……。わかっていたら他の方法にしたのになあ、ハニーは酷い」

「表彰ものの王都の救い手になったんだし、ケチケチしない!」

「……釣り合わない。埋め合わせはしてもらう。今度洞窟探検に付き合ってくれ」

「ケチ! …………ってああわかったわよ、行くわよっ。だからそんな人をろくでなしみたいな目で見ないでよねっ」

「ならいい」


 何よ変なの、ころっと嬉しそうにして。

 それより、ドラゴンは片付いたーっと湖に背を向けた。

 草地を一歩二歩三歩と歩いた私は、背後から膨れ上がる殺気を感じた。大きな水音の後で飛沫がパラパラと降ってくる。ハハハ天然湖水のシャワーだわ。魚とか水草とかも一緒だけどー。

 ベシャリと頭に落ちてきた水草の切れ端をかなぐり捨て私はゆっくりと振り返って瞬いた。ほうほうほう、半分くらいはこの程度じゃ死なないだろうとは思ってたけど、まさかあの強力縛鎖を断ってくるとはお主結構やるのう。レベルは予測よりもちょい上だったんだろう。これは中々手強い。負ける気はないけどね。


 湖底から空中にまで一気に飛び出してきたドラゴンは、明らかに怒りで強さが増幅されている。


 しかも頭の血流も良くなって理性を完全に取り戻したのか、私の顔をちゃんと認識しているようだった。お前えええーっ!っ感じで全ての牙を砕いた私を憎々しげに見下ろしてくる。

 とは言え接近戦は危ういと悟ったようで降りては来ない。滞空したまま睨んでくるだけだ。

 多少頭は回るのか、こっちが木と跳躍を使っても届かない高さからだけの攻撃に集中するようで、早速火球攻撃が始まった。

 怒りで最初の頃よりも威力も大きさも倍増だ。


「あの高さだと空中戦か。飛行アイテムあったっけかなー」


 どうするべきか。忍耐比べで焦れたドラゴンが降下してくるまで待つ? いや駄目だそれだと夜になる。前と違って夜に屋敷にいないのがバレたらジョアンナみたいに謹慎を食らうわ。こっそり抜け出せなくはないけど面倒よ。

 当初の予定通り夕方までには帰りたい。

 ならここから街まで戻る時間も考慮してサクッと倒さないと間に合わない。

 私は横目で赤毛男を見やった。

 彼は空飛ぶ剣を持っている――って、何だかこっち見てにっこにっこしてるんだけど?


「ハニーどうする? 一緒に飛んで近付くか、それとも俺が落としたところに決定打を打ち込むか、そっちのしたいように任せるぞ」


 私のバット愛を知らないはずなのに、決定打とか打ち込むとか、こいつの言葉のチョイスが憎い。偶然なんだろうけどね。

 会話中にもドラゴンは大火球攻撃をしてきてたけど、私は飛んでくる火の球を前後左右にと避けながら思案した。返事を待つ間、赤毛男は火球をいとも容易く魔法剣で切り裂いている。底知れないわ。


「火球斬り、楽しそうね」

「この剣の力を試したくてな。ドラゴン相手にならちょうどいい」

「うっわ~試し斬りってやつか。何か悪党みたい」

「みたい、か。そっちの頭じゃ俺はもうとっくに悪党認定じゃないのか?」

「半々よ。偽恋人やってくれるし、そもそもまだどんな人間かも知らないし。完全に悪党判断ができない」

「……ハニーは……馬鹿だろ」

「何よって怒るとこだけど、ははっ、よく言われるわ。まあ天才よりは気楽よ。注目されなくていい」

「稀有……」


 和んだのか何だか柔らかく息だけで笑われた。

 うん? 何このふわふわしたぽややーんな空気は? 私がおかしくてそう感じているだけ?

 依然周囲じゃドガンバガンと火球が地面を抉って樹木を燃やしてるんだけども。シャーロット達は平気よねって少しだけ心配になったけど、あの二人が付いてるなら大丈夫かと思い直す。


「それで、ハニーはどうしたいんだ?」

「あなたと相乗りはお断り」

「残念、釣れないな」

「飛び道具買っとくんだったわ。石でも投げる? いや届かないか。ノックして飛ばすならともかく」


 イライラする。こんな時はそう、千本ノックでもして思い切りバットを振り回したいっっ! この際鉄製でも木製でもプラスチック製でもいい。文句は言わない。


「――ってそうよバットじゃない!」

「バット?」


 閃いたわよ保留にしていたチートボーナス三つ目えええっ!


「おおーい天の声聞こえてるーっ! 聞こえてるよねーっ! チート三つ目決めたわよ!」


 天の声はうんともすんともまだ言ってないけど、絶対聞いてるわよね。私は大きく息を吸い込んだ。天の声たる存在を一応は知っている赤毛男は「チート三つ目?」と怪訝そうしている。


「どんなものでも打ち返せるバットほーーしいーーーーっ!!」


 ドラゴンの攻撃の最中、私は堂々と天に腕を掲げた。


「オッケ~」


 何かの聖なる気が集まるかのように、私の掌には光が満ちフィットするグリップが現れ、最終的に銀虹色のスラリとした鉄でも木でもプラでもなさそうな見事なバットが顕現した。その間は一秒にも満たない。


「よっしゃこれで心置きなく――打てるわ!」


 私はちょうど飛んできた火球目掛けて銀虹色の魔法のバットを両手で握ると構えてやや引いた。片足が自然と少し浮き上がる。次の瞬間には全身を乗せるようにして腕を振り抜いた。ビュン、と空気摩擦の音が鳴る。


 ――カッキイィィィーン!


 しかも何故か火球なのにクリーンヒットしたみたいな小気味の良い音がして、打火球は鋭いライナーになってドラゴンへと飛んでいく。


 まさか自らの火球か返ってくるとは予想もしていなかったドラゴンはもろに食らって全身を火達磨にした。火属性にある程度は耐性があるはずだろうに翼が焼けて体が落下する前に凄まじい火力により絶命。デカい図体は塵に――一部は灰になって消えていく。


「えっ……、まさか威力増し増し効果も付与されてたの!?」


 何て恐ろしいバットよこれは。握ったバットを見下ろす私は自分でも少し背筋が寒くなったわ。


「ま、とりあえず魔法収納に入れとこーっと」


 けどそうする前にバットは端から塵のようになってあっという間に消えてしまった。

 え。

 えーっ、一回こっきり!?

 焦ってバットよ出てこいって念じると良かったまたちゃんと出たーっ。そんな事にホッともして気持ちを改める。


 ドラゴン討伐完了~っ。


「これでいつでも素振りできるー。ずっとこれを欲してたのよね。整う~っ」


 バットは心の安定剤だと思ってて、いつか素振りしなくても良くなる日が~なんて思ってたけど、うん、やっぱこれは私の薔薇色の人生にゃ欠かせない相棒だわ。


 趣味、生き甲斐、そんなような物。


 これからは、ううんこれからも宜しくね。


 にしししと一人上機嫌の私は、華奢な令嬢がバットを、この世界から見ると棍棒にも似たヘンテコな武器を豪快に振り回す様が端からどう見えるか考えもしなかった。地球だったら野球選手か不良ってなっただろうけど。





 アレックス、ベンジャミン、シャーロットは、やっぱりケイトリンが心配で三人の総意で遠目ながらも湖畔の見える森に少し入った場所まで戻っていた。

 そこで男二人が防御結界を張ってシャーロットを護っていたのだが、アレックスとベンジャミンは遠目に見えていた戦闘とその決着に陶然として揃って呟いた。


「「軍女神……っ」」


 と。

 護られていたシャーロットはシャーロットで頬を赤らめて唇を動かす。


「素敵です。救国の勇者様……っ」


 と。

 顛末を最も間近で見届けた更にもう一人は、


「はっはははっははははははははっ! 豪快っ! ハニー最高だな!!」


 腹の底から笑い過ぎて涙が出たらしい。





「ちょっと、笑い過ぎよっ。魔物を倒して森の平穏を守ったこの私に猛烈失礼でしょっ。お詫びにその魔法剣よこしなさいよっ」

「いいぞ、ほら」

「えっ……じっ冗談よ。私にはもうこれがあるから」

「何だ。恩を売れたのに」

「あなたね……、本当に惚れた相手にはそう言う事言わない方がいいわよ」


 こっそり忠告してやったけど、男は「ああそこは心配なさそうだ」ってまだ笑っている。……へえ、惚れた相手いるんだ。

 まあ私には関係ない関係ない。うん。


「そうでなくても、敵に無防備に武器渡そうとするとか、あなたも大概馬鹿なんじゃないの?」

「ああそうかもな。世の中、愚か者も必要なんだと得心したよ」


 こっちをやけに意味ありげに見つめてくる。暗に私が愚か者って言いたいんでしょそれ。いい根性よねホント。


「そんな性悪じゃロッティは落とせないわよ」


 男はきょとんとした。


「落とす? 俺があのピンク髪のお嬢さんを? 何故?」

「は? あなたは彼女に自分を好きにさせて、世界の破滅を引き起こすつもりなんじゃないの?」


 彼は目を点にしたかと思えばまたもや腹を抱えて大笑いした。


「なるほど、考えもしなかった。試す価値はあるかもな」


 何てこったい。私は余計な気を回していたらしい。


「あー、今の忘れてっても無理よね。まあ私がそれもさせないけど」


 ふん、と強気でいたら傍まで寄ってきた男から髪の毛先を指で掬われた。


「何よ枝毛チェック? どうせ屋敷じゃそこまで満足にケアしてもらえてないですよ」


 そうか、と彼は呟いて何かを考えたようだった。


「……なら、俺の屋敷のメイド達に毎日トリートメントしてもらうか?」

「何で毎日そっちの屋敷で? って言うか屋敷? メイド達? もしかしてお金持ちなの?」

「好いた女を囲って贅沢させるくらいの甲斐性はある」

「言い方。ロッティは囲わせないわよ」

「……今の俺の恋人はあんたなはずだが?」

「偽の、でしょ。口に気を付けて」

「それはハニーだろ。ほら彼らが戻って来たようだぞ」


 森の方から足音と話し声が近付いてくる。私は口をつぐんだ。確かに偽恋人だって悟られたら演技がすっかり無駄になる。

 ここで一つ疑問が浮かんだ。

 そもそもどうしてこの男は、偽恋人としてメインキャラ達の気持ちがヒロインに向くように協力してくれるの?


「ねえ今更だけど、そっちとしちゃ彼らの好意が私に向いてる方がシナリオが崩れて好都合なんじゃないの? 何か裏がある……?」

「裏? いや、単にライバルは少ない方がいいなって思ったから買って出たんだが?」

「ライバル?」


 変に小難しい顔になっている私を見つめ、彼は苦笑を浮かべて「にっぶ」と小さく呟いた。


「まあ、心配ならハニーが俺の屋敷に住んで傍で見張っていたらいい。あのお嬢さんを俺が屋敷に連れ込んでちょっかいを出さないようにな。そうすればこの世界は滅びないかもしれない。その間くらいは」


 彼はどこか面白がるように、こっちの反応を試すように目を細めた。底の見えない黒い黒い、それでいてずっと見ていたらうっかり引き込まれて呑まれてしまうような目を。


 その闇に捕まったら逃げられない気がした。


 だけど、ブラックホールの中は暗いだけなのかって疑問にも似たものが込み上げる。

 闇の中に秘めた光はないのかって。人間の心はブラックホールよりも奥深いから。


 毛先に口付けられて我に返った。ちゅって吃音に思いの外びっくりしてしまった。毛先を取り返して睨んでやる。


「ロッティは渡さないけど、敵と同居とかそれも御免よ。寝首を掻かれたくないもの」

「へえ、そうか。まあしかし、少なくとも寝首の無事は保証するよ。別に命を取りたいわけじゃない」

「私は邪魔な敵なのに甘い奴ね。まっ、何であれ同居はお断り。私は独りが気楽なの」

「独り、なあ。しかしながら人の気持ちは変わるものだろう?」

「知ったような口を」

「ああ、知った口だからな。だからもう百回くらいは俺との同棲を考えてみてくれ」


 同棲ってチョイスは違うでしょ。


「あ、そういえばそっちの名前、知らないんだけど」

「くっくっ、素直じゃないな。ハニーは普通に名前教えてくれと言えないのか?」

「う、うるさいわね。知りたいの」

「ははっ、案外素直」


 腹が立って睨んでやったけど、今日は何度もそうしたから余り効果はなさそうだった。


「ジュリアス・コールドウェル。……名もない男の名だ」


 彼はそう言うとくるりと背を向けた。


「じゃあまたな、愛するハニー、ケイトリン・シェフィールド伯爵令嬢。番犬達に噛み付かれたくないから今日は帰るな~」

「番犬? よくわかんないけど、私は負けないから。それから、名もないなんて言わないの。ちゃんと覚えたわよ、――ジュリアス。私の脳みそは結構優秀なんだから」


 名前呼びしたせいなのか何故か目を丸くして振り返った彼へと、トントンとこめかみを示してみせたら、彼は一つ瞬いてからまた堪え切れなくなったように笑った。何故笑うっ。素面なのに笑い上戸なの?


 こうして、この世界の生涯の敵たる男との因縁はより深まった……気がする。


 もう会わない事を願いたい。

 あー、でも洞窟探検行くって言質を取られたからなあ。それに恋人と全然会わないのも不審がられるだろうし、恋人演技を見せつける必要があるわよねえ。はー、また会うのは避けられないか。

 ただね、気が重いって反面、私の心の一部は期待に跳ねるように高鳴った。

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