17

 ああ、どうしてこんな事に……。

 私が一体何をしたってのよ。とりわけ何もしてないからこそ疑問しか湧かない。


 覚醒してすんごく苦しい中で世界からの二度目の警告が起こるなんて。


 二度目のこの警告中はスローモーションの極みってやつで時間が麻痺したようなものらしく大して苦しくないけど、世界が壊れる何かが現在進行形で起きているらしかった。

 今回は天の声は何も語りかけてこない。もうこっちで勝手にやれって? 何で警告受けたんだかわからないってのに不親切よね。


 全てが止まり、私と敵の男だけは動ける奇妙な世界の中、私は感情もわかりやすくそいつを睨みつける。


「ねえあなた、今何が起きてるのかわかる?」

「何がって、さあなあ。俺にもそこがさっぱりだよ。あんたに人工呼吸しただけなんだがなあ?」

「人工呼吸? ああ溺れたから。私を掴んだ誰かがいたなって最後に感じたけど、何だあなただったの。ありがとうと言っておくわ。ぶっちゃけ嫌ーマジで死ぬのーって半分泣いたわよ」

「危機感ないなあ」


 私の言い方が軽かったのか男は片眉をくいっと上げて薄い呆れみたいなものを滲ませる。カチンとこなかったは小馬鹿にした感じじゃあなかったからだ。


「んー、こんな世界崩壊とかそこに全人類の生死が懸かってるとか、馬鹿げたあり得ない現象に巻き込まれてると、そこのところの感覚も鈍ると言うか何と言うか」

「ああなるほど」

「けど死にたくないってのは本当よ」

「へえ、そうか」

「だから、人工呼吸までして助けてくれてホントありがとうよ!」

「……ああ、いや」


 わざわざ水中にまで飛び込んで私を助けてくれた理由はわからないけど、彼の献身のおかげで息を吹き返したのは事実なようだし素直に感謝ね。

 男がどこか気を取り直すようにふーと息を吐く。


「しっかし何だつまらないなあ、普通ならえっ人工呼吸!? どうしよう恥ずかしくて気まずいわドキドキってならないか?」


 私は盛大に顔を歪めてやった。感謝の念も半減だ。それだけで向こうも立つ瀬のない失言なのを悟ったらしい。一瞬無のスマイルになった。


「ところで、私を助けたから警告が出たとか?」

「それは違うだろ。もしも警告が出るとするなら、あんたが本来の死ぬタイミングで助けた場合だろうな」

「なるほど。じゃあどうして警告が?」


 ちらと男は止まっている三人を見やった。

 そして何かを合点したのかにやーりと口元を緩める。


「何か気付いたの?」

「まあな。うんうん、少しわかる気がするなあ」

「自分だけわかったからって得意にならないでよ。優位に立って世界を壊すつもりなんだろうけど、そうはさせないわよ」


 男はこの上なく譲れない面白いものを見つけたようにまじまじとこっちを見つめて満足の笑みを浮かべた。


「ハハハ! それはさぞ楽しい余生を過ごせそうだなあ~」


 私は腹を立ててるってのにその煽るような余裕顔がムカつく!


「ま、悪ふざけはこのくらいにして、今回の警告は先の予期せぬ俺達のキスを目の当たりにさせられて、彼らの感情が大きく揺らいだせいだろうな」

「はああ!? 人工呼吸はキスにカウントしないわよ!」

「そこは人それぞれ感情に折り合いの付け方が異なるからなあ。ま、俺はカウントするタイプだなあ~?」

「この……っ、ふざけるのもいい加減にして!」


 ハハハハ、と彼はまた心底愉快そうに笑って目尻に涙さえ滲ませる。完全私をおちょくって楽しんでいる。世界崩壊の邪魔にはならない小者と思われているに違いないわ。


「ホンット見ときなさいよ。私の目の黒いうちは世界壊させないから!」

「ハハハ勇ましい事で。ああそうそう、今決めたんだが、俺は世界を壊すが、その前に一つ欲しいものができたから、それを手に入れて楽しむまでは壊さないようにしようと思う」

「……はあ? いきなりな方針転換には、油断を誘う罠かって猜疑心しか湧かないわよ? 騙されないんだから」


 男はにーっこりとしてわざとらしく顔を近付けてきた。そうするとメインキャラにも劣らない顔の良さが際立って、私は内心ちょっと身構えてしまった。脳内で急いで推しのロイ様をカムバックさせる。


「うーん……まあそこは追い追い、だな」

「はあ?」


 何が可笑しいのか私を見据えて上機嫌にのたまう。


「で、話の続きだがな、メインキャラ達は人工呼吸に嫉妬して強い感情を持ってしまい、本来の筋道から逸れかけているんだろうな。あはぁ~、あんたは罪作りだなあ~?」

「え、まさかそこまではないでしょー。運命のヒロインだってすぐ隣に居るのよ? まだ恋になるには早いだろうけど徐々に彼女に惹かれてくれてるはずだわ」

「あらゆる可能性を考えておいて損はないと俺は思うが?」


 一理ある。


「だとしたら、どうしろって言うの?」

「まあ俺の考えを述べると、あんたへの思慕をこれ以上募らせる前にスッパリ諦めさせるのが得策だろうな」

「どうやってよ。それができたらこれまで苦労してない」


 敢えて推しのロイ様を好きだって伝えたのに効果ないし。

 すると男は自らを指差した。


「ここに、彼らと渡り合えるくらいに格好の美男子がいるじゃないか。いっそ恋人って設定にすればいい」

「…………」


 否定はしないけど、美男子って自分で言う普通?

 彼はこっちの気持ちをわかっているかのようににやにやとした。


「恋人がいる方が確かに諦めも付くかもね。その相手も、現状じゃそうよね、あなたが適任よね。はー。敵から塩を贈られた気分」


 深い溜息をついた私は周囲の状況を改めて把握すると、時が通常速度で動けば再来する苦痛へのそれも含めた覚悟を決めて叫んだ。


「世界! 警告は理解したわ! これから回避のための策を実行するから、もう戻して!」


 直後、急激な息苦しさが戻ってきて時が正常に進み始めたのを感じた。


 そうして、暫く咳込んだ後、私は赤毛男に抱き付いたってわけ。好きって愛を叫んだってわけ。


 恋人でもいれば彼らも自然と諦めてくれるだろうって踏んだの。相手のいる女性に横恋慕とか、ジェントルマンな彼らはしないだろうから。これで当面の懸念はなくなるわね。

 赤毛男の方も偽告白に応えるように私の髪を撫で、優しげに両目を細めた。

 ……ふ、イケメンの微笑みは破壊力抜群。

 青や赤、緑色とかの鮮やかさとはまた違った印象的な、その上質な黒曜石みたいな彼の瞳を見つめた私は不覚にも目を逸らせなくなった。だって凄く素敵な星の夜みたいなんだもの。いつまでも見上げていたいような。


「あなたって、綺麗な目してるわよね…………って、アハハ不躾だったかしら」


 ポツリと心の声が出て、自分の声に我に返って柄にもなくあたふたとした。ったく敵を褒めてどうするのよ!

 くっくっと男が低く咽の奥で笑う。


「ああ、本当に面白いなあんたは。……本気になりそうだ」

「は?」


 最後の部分が聞こえなかったから聞き返したら、何か?って顔をされた。ああはいはいどうせこき下ろした発言でもしたんでしょ。

 ところで、これくらい親密なのを見せておけば私を諦めてくれるって期待して三人の佇む方に目を向ければ、大きな危険が迫っていた。

 

「きゃあああっ! ドラゴンが来てるじゃないのーっ!」


 ろくろく彼らの表情なんて見てる暇もない。皮肉にも絶妙なタイミングでドラゴンが降下してきていた。


 そうよ、すっっっかり、忘れてた、ドラゴン!


 無駄な演出になったなと、視界の片隅で男が額を押さえるのが見えた。

 全く同感よ! やりたくもない告白演技までしたってのに。

 タイミング最悪っ、赦さんっ、ドラゴンーっ!!






 そんなドラゴンは突っ込んでは来ているものの、幸いにも理性的じゃなく、単に痛みに悶えて飛び回ってたら彼らの元に接近したって感じだった。


「ふー、一先ずはドラゴン退治だな。このまま帰ったら街中まで追いかけて来そうだしなあ。ハニーは戦えそうか? 溺れたんだし体力消耗しているだろう? 休んでいても別に構わないぞ?」


 ハ、ハニー!? 鳥肌ーっ。うぐぐでも我慢よ我慢。恋人演技には不可欠だもの。


「アハハダーリンってば、そっちこそ本当はもうヘバりそうなんじゃない~? 若そうに見えて何かジジ臭いし。後は私に任せて帰っても構わないわよお~?」

「ハハッ俺はまだ二十歳だ。ハニーこそ実は中身は五才児だろ? ああ、だから子供っぽくて可愛いのかあ~」

「へへへへ~」


 ガキ臭いだとぉう? へっ、言ってなさいよ。赤毛男とある意味呑気にこんな軽口を叩き合えてるのも、私の注意喚起でアレックス、ベンジャミン、シャーロットの三人は協力して無傷でドラゴンをやり過ごしていたからだ。

 一旦地上から離れたドラゴンは空を飛んでまたこっちに戻ってきた。パニクってても何だかんだで魔物の本能は人間の気配には敏感なのかも。どこかへ飛んで逃げていくって様子もない。何にせよ幸いだった。手負いのドラゴンが王都になんて飛んでったら大混乱だもの。

 森の中へと退避した三人を見失ったドラゴンは今度はこっちにやってくる。私と赤毛男は高度をかなり低くしてきたドラゴンと対決姿勢だ。


「ケイト! こっちに来るんだ! ドラゴンなら僕は前に戦った経験がある。君はエバートン嬢と安全な場所に隠れていてくれ!」

「アレックスの意見には賛同だ。エバートン嬢と避難して、ドラゴンは俺達男性陣に任せてほしい!」


 赤毛男を心底歓迎できない相手と見做したアレックスとベンジャミン双方の表情は極めて険しい。だけど必要なら共闘はするって潔さだ。

 シャーロットだけは男達の不和に困惑している。

 彼女からすると全員好い人だろうから、どうして仲が宜しくないのかわからないのね。


「……って言っているが、ハニーはどうする?」


 突っ込んできたドラゴンの巨体を私と男は左右に跳び分かれてやり過ごす。ドラゴンは再び上空だ。私は赤毛男と互いに合流すると口角を上げてやる。


「愚問ね。私か避難するわけないでしょ? だから宜しくダーリン」

「ふうん? 俺に背中を預けてもいいのか?」

「少なくとも現状じゃ仕方ないもの。それに敵の敵は味方って言うし?」

「……」


 ドラゴンは未だ上空で、赤毛男はそれを見上げながらふと真面目な眼差しになった。


「さっきは、どうして俺を庇った? 俺が消えた方が都合が良いだろうに」

「否定はしないけど、敵だからって見殺しにはしたくなかったのよ。あなたはロッティを助けてもくれたし、死地に押し出すのはフェアじゃない。まあ、貸し借り無しにしたって思って」

「そうか」

「……なーんて偉そうに言ったけど、後味悪い記憶って大抵何故かずっと残るでしょ。それがストレスで大往生できなかったら嫌だもの」

「大往生って……。もっとその前に色々とあるだろう、良い相手と結婚して贅沢な暮らしをしたいとか」

「ううん特には」


 即答したら呆れたのと感心したのとが混ざった目で見られた。

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