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「なら、あなたがランカスター公爵!? きっ奇跡のようにお若い佇まいですね!」


 姿勢だけでもアレックスと同じくらいの青年期の男にしか見えない。ロイ様程じゃないけど公爵はムキムキバキバキの肉体派なのかも。それか何らかの不老魔法を使っているとか。


「それは、曾祖父だ。俺はベンジャミンだ」

「へ!?」


 ベンジャミンって言えば……。仰天する私の前で相手はゆっくりと仮面を外した。

 若々しい美貌が現れる。


 髪の色は銀って部屋に来た時からわかってはいたし、肌の色も中東とかインドの人みたいにこんがり褐色って見てわかったけど、その顔立ちは一際目を惹いた。


 アレックスのルビーみたいに赤い瞳とは対照的な青いサファイヤみたいな瞳だった。


 鼻も真っすぐで高いし掘りも深い。銀の睫は長いし眉は凛々しく太い。精悍さの窺える頬から顎。唇は……形が良くて柔らかそうでキスの虜になりそう。

 ……って、ゲームファンのコメント欄にあったっけ。


「くっ、ホントこの世界の男連中は無駄に美形が多いっ」

「は?」

「ああいえっ、びっくりしただけです。急に現れたものですから」


 何という事でしょう、彼は、いや彼も、メインキャラの一人でした。


 異国の王女を生母に持つ、実はその異国での王位継承権もある男。


 ベンジャミン・チャンドラ。


 本来は最後にアラハバードも付くんだけど、それは母親の母国での身元がバレるからって隠している。母親は実家から出奔した身で彼の実父と出会い恋に落ちたって設定だ。

 きっとランカスターの姓を使っていないのは、彼自身が実父との縁を拒んでいるからだろう。実父と生母との間の泥沼劇があったせいだ。ゲームの中で彼が「父などいない」ってそんな身の上を主人公に吐き出していたのを思い出した。


 しかし、それがまさかランカスター公爵の関係者とは思わなかったわ。


 ゲームでもそこまでは語られていない。そもそも設定されてもいないのかもしれない。この世界に生きてみないと知る事もない秘密なのかもね。

 ベンジャミンの財力は密かに母親が異国の協力者から彼女自身の資産を移してもらっているから保たれている上に、彼自身でも若くして貿易ビジネスを展開して成功しているからだ。

 聡明でやり手だってのもあるだろうけど、ランカスター公爵はこの曾孫をとりわけ気に入っていると考えていい。でなきゃ普通は貴族の娘と引き合わせようなんてしないで放っておくはずよ。

 でも私と婚姻を結んだところで向こうにはメリットなんてないわよね?

 ジョアンナならわかるけど、ケイトリンはいつ家系図から抹消されてもおかしくない不遇令嬢なんだし。

 ランカスター公爵本人にどうして婚姻を承諾したのかいつか訊いてみたい。まあ婚姻の前には婚約だけど。

 私は腰の引けていた姿勢を正した。


「こほん。改めて初めまして、私はケイトリン・シェフィールドと言います」

「ああ、知っている」

「そ、そうですか。まあそうですよね」


 最終的に婚姻を目的にして同じ仮面まで用意してるんだからこっちの素性を知らないはずがないか。


「とっところで、どうしてこの部屋に?」

「会場で見かけた。だから追ってきた」

「なるほど。目立ってましたか」

「ああ、とても」

「……」

「……」


 無口タイプなのかいちいち会話がブツ切れで気まずい。

 どうしよう間が持たなくて胃にきそうって思っていたんだけど、たぶんそれは向こうが緊張していたからだった。


「遅れてしまい済まなかった。直前までここに来るか迷っていたんだ。曾祖父は俺を婚姻でこの国に縛り付けるつもりだろうから」

「ああ、だから探しても見当たらなかったんですか」


 彼は私の足元を見下ろして悔いるように顔を歪める。


「ずいぶん探したのだろう? 本当に済まなかった、俺のせいで靴ずれまで作らせて。屋敷まで送る」

「ああいえ、それには及びません。まだ人を待っていますし」

「……さっき出て行ったあの男か」


 え、急に声音が低くなったよおお? こ、怖いんだけど。


「シェフィールド嬢、あなたはじきに俺の婚約者となるんだ。他の男など気にするな」

「え、それは……少々難しいかと」


 アレックスがただの街の青年ならそれも可能だけど、彼は王子殿下だもの。無礼や不敬はできるならしたくない。


「何故だ? 後々問題になるなら、それは俺が責任を持って対処する。大事な婚約者の一人も護れない男と思われたくはないからな」

「そっそんな事は思いませんよ! なので顔合わせは済みましたし今夜はこれで気を付けてお帰り下さい! ね?」


 この人もアレックスが実は王子だって知ったらこんな風には言えないでしょうよ。こっちとしても胃が痛くなりそうなそんな気まずい局面を見たくないからさっさと帰ってちょ。頼むから。


「無理な相談だな」

「何で!? あ、いえ何でですか? 目的は果たしたでしょう?」

「少しも親しくなっていない」

「へ?」

「将来の夫として、まだプラスポイントを稼いでいない」

「え? え? プラスポイント? ポイント生活はまあお得ですけど……ってああ違う違う。どういう意味ですか?」

「母からの助言で第一印象が大事だと」

「あ、へええ、なるほど」

「だから、俺のせいで怪我までしたあなたを、俺はきちんと屋敷まで送り届けたい。送らせてはくれないだろうか」


 凛としていた表情がここで急に眉尻を下げてしゅんとなる。え、何か罪悪感が。そんな切実な顔をしないでよ!


「わ、わかりました。でもその前に私――わああ!?」


 その前にアレックスと無難に話をしてからって言おうとしたのに、ベンジャミンってば話途中で私を抱き上げた。


「ははっ良かった。では行こう!」

「――っ」


 うっかりときめくところだった。彼のファンがギャップ萌えに沈む理由に納得だ。

 無邪気にくしゃりと笑った顔が普段は厳しい顔付きと雲泥の差なんだもの。普通に可愛いんだからもー。


「ままま待って下さい。本当に待って! もうすぐ彼が戻っ――」

「――ケイトを下ろせっ!」


 ああぁほらぁ~部屋を出もしないうちに厄介な事態になった。

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