第3話 メインキャラ達はお呼びでない
アレックスは私を軽々と抱いたまま颯爽と歩いてバルコニーを戻ると、会場の中でも足取りが一切乱れずに進んで行った。当然、私達に好奇の視線が集中する。
はあ!? ちょっと待て!
「あのっ私は大丈夫ですからっ、アレックス様、アレックス様ってば、下ろしてもらえませんか? は、恥ずかしいですし」
「僕はさ、将来結婚したら自分の奥さんの傷の一つも容認はできない質だろうなって、今そう思った」
「はい? え? それは将来の奥さんにそうしてあげるべきでは?」
運命のヒロインと出会うのはゲーム本来では私の死んだ辺りだって設定だからまだ先だけどな。それまで辛抱してくれ。
ふふっと笑んだだけでアレックスは何も言わなかった。
一方私は周囲に身バレを防ぐには、と気付いてささっと仮面を装着する。彼の方は仮面なしでも気にしていないようだった。
そんな彼は程なく会場の隅の方にいた仮面の男性を見つけて声をかける。
んん? 仮面で顔はわからないけど、あの引き締まって逞しい肩幅とか夜会服の上からでもわかる盛り上がった腕の筋肉とか胸板、そしてあのとても際立つ立ち姿勢、鍛え上げられた筋肉が醸し出す肉体美と言うか姿勢美……どこかで見たな。
「ロイ、応急処置の道具を持って付いてこい」
「まさかどこかお怪我を!?」
「いや、僕じゃなく彼女だ。靴ずれを起こしている」
「靴ずれ……」
ロイ、とアレックスは彼をそう呼んだ。
ふぁああああああ! ロイって騎士団長のロイ!? ご本人!? 嘘おおおーっ!! でも王子の身近にいるロイなんて彼しか考えられない。
私はついついガン見してしまった。釘付けだよもう。うっわ強くてカッコいいオーラが全身から出てる! テンションがめっちゃ上がるんだけどおおお!?
だがっ、ここで興奮してはあはあなんてしちゃったら不審者だ。堪えろ私っ。王子の腕の中にいるんだしロイからすれば怪しい女など即刻排除ってなるだろ。
何とか気を落ち着けていると、ロイが仮面越しに私を見つめているのに気付いた。護衛対象に密着している私を見定めているんだろうけど、ふあああ~ドキドキする!
頬どころか耳までを赤くしていたら、そんな私の僅かな変化を悟ったのかアレックスが顔を近付けてきた。
「ケイト? どうかした?」
小声で名前まで呼んでくる。
「ああいえ、お知り合いの方はとても鍛えているなあ、と」
「……ケイトは彼みたいなムキムキな男が好きなのか?」
「大っっっ好物で……ごぼごほ、ええと、ど、どちらかと言えば?」
「……。ロイ、明日からトレーニング時間を二倍、いや三倍にしてくれ。それから、やっぱりお前は付いて来なくていい」
「え、それでは手当て道具はどうすれば?」
「手配した部屋まで他の者に届けさせてくれ」
「わかりました」
丁寧に答えてはいるけどロイ様は困惑している。私でもそうなるな。だってアレックスの言動がよくわからない。キャラ設定じゃ出てこないけどまさかの気分屋なのか?
私の推しキャラを気分で振り回すなよとは思うものの、一緒に来なくて良かったって正直思う。気を抜いたら絶対ニヤけるし変な笑い声を出しそうだ。ロイ様に変な女って思われるのは嫌だもーん。
アレックスは廊下に出てすぐの部屋に私を連れていくと長椅子に下ろしてくれた。そして何と正面に片膝を突く。
「足を見せて」
私がうんともすんとも言わないうちに靴のままの足を彼の床に突いた方の膝に載せた。
「ええっとあのっヒール刺さりますって!」
「大丈夫」
そうしている間にロイじゃない男性が手当てのセットをアレックスの元に置いて出て行った。彼は早速と消毒液やら包帯やらの道具を手に取る。
「あとは自分でやりますので」
「コルセットが邪魔で屈めないんじゃないか?」
「それは……」
その通りだった。ジョアンナの嫌がらせか、メイド達にかなりキツく締められていて、前屈なんてしようものなら内蔵丸ごとおえっと出るな。けど、まさか、こんなハプニングが起きるとは予想だにしてなかったよ。コルセット云々もよく知ってるな。人気があるだけに実は女性関係色々経験済みなのかも。ゲームにはイメージを損なうからってんでただ出て来ないだけで。逆に派手な女性関係のキャラもいるから被らないようにって配慮もあるだろう。
そう思ったら少しの好奇心でこの世界の現実を掘り下げてみたくなった。
「それでは、手当てお願いします。……けれど、まさか、アレックス様はコルセットを脱がせた事がおありとか?」
私の靴を脱がせて手際よく手当てを始めるアレックスにストレートに問い掛けたら、彼は心外そうに顔を上げた。
「僕は将来の奥さんのコルセット以外を脱がせる予定はない」
お前もストレートだなっ!
「あ、ああそうなんですか。一途なんですね~」
「まあな、だから安心していい」
に~っこりと最上に微笑まれ私はホッと胸を撫で下ろした。
言外にお前には手なんざ出さねーよって言われたんだからな。
これは単なる顔見知りへの世話焼きか。こんなん他の令嬢にしてみろって、絶対誤解を招く。優しい男は時に罪作りだよな。
彼はこの先ヒロインとフォーリンラブなんだから私は誤解しないけどな。
手当てが済んで少し履きにくかったけど靴を履き直す。
「手当てありがとうございました」
「歩けそう?」
「はい、何とか。アレックス様のおかげです。このお礼は必ず。けれど今は持ち合わせがありませんし……あ、このイヤリングなんて売れば高いと思いますし、どうかこれで」
高価なイヤリングを無くしただあって継母からはどやされるかもしれないけど、別に構わない。そもそもケイトリンの生母の装飾品をガメてるのは向こうも同じだ。心は全く痛まない。
だけど耳から外そうとしたらその手を止められた。
「そういう見返り欲しさに君を助けたわけじゃない。それにこう言うと自慢とか厭味っぽいけど、お金には困ってないんだ」
まあな、正体は王子殿下だもんな。
でもこのまま借りを作りっ放しはなあ、私の性格上もやもやする。
「んーその顔、ケイト的に何かお返ししないとスッキリしないなら、どうだろう、今度一緒に街を見て回らないか? そのついでに魔物狩りの道具を揃えてもいいし」
「街を? 私がいてはかえって不自由では? 歩くの遅いですし」
「いや好都合なんだ。ちょっとどうしても、男一人で入るのは目立つだろう……スイーツの喫茶店って。お一人様できる男性もいるだろうけど、僕にはまだ難易度が高いというか何というか……」
頭に手をやり意味なく撫で付けたり触ったりしながらやや照れたように赤くなるアレックスのこれはきっと本心だろう。
「だから、それじゃあ駄目かな?」
極めつけに再びの上目遣いでのお伺い。
子犬系の可愛さというかあざとさ炸裂だなおいっ。彼の場合ゲーム内でもわかっててやってるのか天然なのかグレーゾーンな時があるから読めない。
でも借りを返すにはOKするしかないよな。
「わかりました。それで良ければ」
「良かった! それじゃあその足を治癒魔法で治せる者を連れて来るから少し待っていてくれないか」
「え、いえそこまでして頂かなくても結構です。自然治癒に任せます」
「それではしばらく日が開くじゃないか。お店だって閉店してしまうかもしれないだろう?」
何も一年二年開くわけじゃないんだし、店を心配し過ぎだよあんた……。
「えーと、そこまで経営状態がまずいお店なんですか? でしたらあまり美味しくないのかもしれませんよ?」
「えっ……あー、そこは大丈夫。王都屈指の人気店だから」
え、じゃあなんで閉まるなんて無駄な心配を?
怪訝にしていると、下手な言い訳をして気まずくて変な汗を掻いている男みたいな様子の彼は意を決したようにこっちを見る。
「実はその、僕は君が」
「私が?」
キョトンとしてみせたら彼はうぐっとたじろいだ。何か重大発表を前に怖気付いたみたいに。それでも何とか言葉を絞り出す。
「僕はその、君を初めて見た時から……あー」
その先が続かない。
私にまた座るよう促した彼は一旦窓際まで行ってスーハーと深呼吸さえ繰り返している。え、まさかまさかの持病あり?
「アレックス様? 具合が悪いのでしたらそこのベッドで少しお休みになられたら如何でしょう?」
「は!? ベッド!? まだ早い……っていやいやいやっ何でもないっ、何でもっ。別に具合は悪くないよ」
「はあ、大丈夫ならいいですが」
窓の傍で狼狽して振り返っていた彼だったけど私の所まで戻ってくると、屈み込んで目線を合わせてきた。
「ケイト、どうか治癒魔法で足を治させてほしい。そうしたらすぐにでも一緒に出掛けられるだろう。僕の頼みを受け入れてくれないか」
足が何日と痛むよりはすっきり治してもらえた方が楽で得だ。
「いいですけど、治癒魔法は高いんじゃ……」
「あはは、そこは僕の部下だから心配は要らないよ」
彼は明るく言って「本当に待っていてよ?」と念を押すと急ぐように部屋を出て行った。
三秒くらい戻って来ないかを慎重に見極めてから、私は盛大に頭を抱えた。
「ふうぅー、メインキャラと居るのって存外ハード!」
キラキライケメンオーラで目がしぱしぱする。正直彼が戻って来る前にこのまま帰ってしまいたい。けどこのまま帰ったら後々の災いの元だよなあ。王子の命令を無視したとかで断罪されそうだ。
「はああ~~~~。どうしてこんな厄介な状況に……。ランカスター公爵は本当に来るのかも謎だし。それにさっきのお姫様抱っこジョアンナが見てたら面倒だよなあ。帰ったらあのイケメンは誰よアバズレとか言われるんだろうなー」
あいつはしつこいから今から憂鬱だ。
すると、部屋の扉が開く音がして私は意外に早いお戻りで、と慌てて顔を上げた。
「――って誰っ!? どちら様だよ!?」
仮面舞踏会だから仮面装着は仕方ないにしても、いきなり一人で居る部屋にひょっこりと現れるのは心臓に悪い。
しかもアレックスくらいに長身の男性が。ちなみにロイ様はもっとタッパがある。
「あ、ええと、この部屋は使っている部屋なので静かにゆっくり休憩したいなら他を当たって下さい。すぐに私の連れも戻って来ますし」
僅かな警戒と牽制を込めて「連れ」なんて言葉も使った。アレックスは連れじゃないけどな。男を追い払うだけだし、本人に聞かれてなきゃ大丈夫だろ。
しかし、予想に反して仮面の男はズカズカと部屋に入ってきた。
「え、聞こえなかったんですか? この部屋は私達が使っていて……」
背筋が寒くなる。男は足を止めない。
明らかに私の方に向かってくる。
相手の行動に追い付かない理解と切迫感とで長椅子の上から動けない私の前に、ぬぅと男が佇んだ。
私の顔は自分で鏡を見なくても蒼白になっているってわかる。
ああ今すぐ鉄バットがほしい。この動きにくい夜会ドレスが恨めしい。だがしかし、若い娘への不埒が目的なら大人しく従うふりをして相手が気を抜いたところで急所に膝蹴りでもお見舞いしてやるよ。直接手を使わなきゃならないならその時は覚悟を決めるしな。何であれ、再起不能にしてやる。
息を詰めて相手の次の行動を見極めていると、彼は何故か私の傍を指差した。
警戒しながらも示された先を目で追えば、長椅子の上には私の着けていた仮面が。
あれ、これたった今似たようなのをどこかで……?
内心訝りながら男へと目を戻す。
その仮面へと。
「あっ、それっ、その仮面はっ!」
何と私と彼の仮面は誰がどう見ても同じデザインだった。
「なら、あなたがランカスター公爵!? きっ奇跡のようにお若いですね!」
姿勢だけでもアレックスと同じくらいの青年期の男にしか見えない。公爵は何かの不老魔法を使っているとか?
「それは、曾祖父だ。俺はベンジャミンだ」
彼はそう言ってゆっくりと仮面を外した。
若々しい美貌が現れる。
髪の色は銀って部屋に来た時からわかってはいたし、肌の色も中東とかインドの人みたいにこんがり褐色って見てわかったけど、その顔立ちは一際目を惹いた。
アレックスのルビーみたいに赤い瞳とは対照的な青いサファイヤみたいな瞳だった。
鼻も真っすぐで高いし掘りも深い。銀の睫は長いし眉は凛々しく太い。精悍さの窺える頬から顎。唇は……形が良くて柔らかそうでキスの虜になりそう。
……って、ゲームファンのコメント欄にあったっけ。
「くっ、この世界の男連中は無駄に美形が多いなっ」
「は?」
「ああいや、いえっ、びっくりしただけです。急に現れたものですから」
何という事でしょう、彼は、いや彼も、メイン男性キャラの一人だった。
異国の王女を生母に持つ、実はその異国での王位継承権もある男性キャラ。
ベンジャミン・チャンドラ。
本来は最後にアラハバードも付くんだけど、それは母親の母国での身元がバレるからって隠している。母親は実家から出奔してきた女性なんだよな。そうして彼の実父と恋に落ちたって設定だ。
きっとランカスターの家名を使っていないのは、彼自身が実父との縁を拒んでいるからだろう。実父と生母との間の昼ドラ的な泥沼劇があったせいだ。ゲームの中で彼が「実父などいない」ってそんな身の上を主人公に吐き出していたのを思い出した。
しかし、それがまさかなあ、ランカスター公爵の関係者とは思わなかった。青天の霹靂だよホント。
ゲームでもそこまでは語られていなくて、彼の財力は密かに母親が異国の協力者から彼女自身の資産を移してもらっているから保たれている上に、彼自身でも若くして貿易ビジネスを展開して成功しているからだ。
聡明でやり手だってのもあるだろうが、ランカスター公爵はこの曾孫をとりわけ気に入っていると考えていい。でなきゃ普通は貴族の娘と引き合わせようなんてしないで放っておく。
でも私には貴族の娘としてのメリットなんてないぞ?
ランカスター公爵本人にどうして婚姻を承諾したのかいつか訊いてみたい。まあ婚姻の前に婚約だけどな。
「私はケイトリン・シェフィールドです」
「ああ、知っている」
「そ、そうですか。まあそうですよね」
最終的に婚姻を目的にして同じ仮面まで用意してるんだからこっちの素性を知らないはずがないか。でも無口タイプなのかいちいち会話がブツ切れて気まずいなっ。
「とっところで、どうしてこの部屋に?」
「ああ、会場で見かけた。だから追ってきた」
「なるほど」
目立ってたよなそりゃさ。
「遅れてしまい悪かった。直前までここに来るか迷っていたんだ。曾祖父は俺を婚姻でこの国に縛り付けるつもりだろうから」
「ああ、だから探しても見当たらなかったんですか」
彼は私の足元を見下ろして悔いるように顔を歪めた。
「ずいぶん探したのだろう? 本当に済まなかった、靴ずれまで作らせて。屋敷まで送る」
「ああいえ、それには及びません。まだ人を待っていますし」
「……さっき出て行ったあの男か」
え、急に声音が低くなったよおお? こ、怖いんだけど。
「シェフィールド嬢、あなたはじきに俺の婚約者となるんだ。他の男など気にするな」
「え、それは……少々難しいかと」
アレックスがただの街の青年ならそれも可能だけど、彼は王子殿下だ。不敬はできるならしたくない。
「何故だ? 後々問題になるなら、それは俺が責任を持って対処する。大事な婚約者の一人も護れない男と思われたくはないからな」
「そっそんな事は思いませんよ! なので顔合わせは済みましたし今夜はこれで気を付けてお帰り下さい! ね?」
この人もアレックスが実は王子だって知ったらこんな風には言えないだろうよ。こっちとしても胃が痛くなりそうなそんな気まずい局面を見たくないからさっさと帰ってくれ。頼むから。
「無理な相談だな」
「何で!? あ、いえ何でですか? 目的は果たしたでしょう?」
「少しも親しくなっていない」
「へ?」
「将来の夫として、まだプラスポイントを稼いでいない」
「え? え? プラスポイント? ポイント生活はまあお得ですけど……ってああ違う違う。どういう意味ですか?」
「母からの助言で第一印象が大事だと」
「あ、へええ、なるほど」
「だから、俺のせいで怪我までしたあなたを、俺はきちんと屋敷まで送り届けたい。送らせてはくれないだろうか」
凛としていた表情がここで急に眉尻を下げてしゅんとなる。え、何か罪悪感が。そんな切実な顔をしないでくれよ!
「わ、わかりました。でもその前に私――わああ!?」
その前にアレックスと無難に話をしてからって言おうとしたのに、ベンジャミンってば話途中で私を抱き上げた。
「ははっ良かった。では行こう!」
「――っ」
うっかりときめくところだった。彼のファンがギャップ萌えに沈む理由に納得だ。
無邪気にくしゃりと笑った顔が普段は厳しい顔付きと雲泥の差なんだよ。普通に可愛いんだからな。
「ままま待って下さい。本当に待って! もうすぐ彼が戻っ――」
「――ケイトを下ろせっ!」
ああぁほらぁ~厄介な事態になったよー。
部屋を出もしないうちに、いつの間にか戻ってきていたアレックスが怒りの形相で立っているじゃないかっ。
彼の背後には治癒魔法の使い手らしきローブの人と何やら不穏なものを感じたのか騎士団長のロイまでいる。はああロイ様カッコイイ!
うっかり仮面なしなのを失念してとろーんな目で彼を見つめていたら、アレックスとベンジャミン二人は敏感にもそれに気付いてどうしてか揃ってロイを睨んだ。キッと睨まれたロイは「はい?」とわけがわからず目を白黒させている。
アレックスとベンジャミンの二人はまた互いを睨むと会話の続きを始めた。
「……今、何と言った? ケイト、だと? シェフィールド嬢を?」
「それが? 彼女本人からの承諾はもらっている。何か文句が?」
「承諾……。シェフィールド嬢、俺もあなたをケイトと呼んでも?」
わーっほだされるからコロッと優しいのに顔付きを変えるなーっ。
「あ、ど、どうぞ」
「俺の事もベンでいい」
「わかりました」
「ケイト!? どうしてそんな奴に優しくするんだよ!」
アレックスが衝撃を受けたようにしたけど、ベンジャミンはそれを見てフッと余裕っぽく口元を笑ませた。
「優しく? 当然の権利だ。俺は彼女の夫になる」
「はあ!? 夫だって!?」
「俺と彼女は近いうちに婚約する。そして結婚もな」
アレックスは私を傷付いた目で見てくる。
「ケイト、それは本当なのか? その男と婚約を?」
「あ~……はい。家の方針で。今夜も本当は彼との顔合わせのために来たんです」
まあ思っていた相手とは全く違ったけどな。けど私はラッキーとほくそ笑んでいた。これで分別のあるだろう王子は婚約者のいる女とは余計な関わりを持とうとはしなくなるはずだ。街に一緒に行って魔物狩りした後はもうバイバイできるだろ。
ベンジャミンの方も追い追い考える。結婚相手がランカスター公爵じゃないならこの縁談も進められないよな。
しかもそれがメインキャラのベンジャミンなら尚更だ。世界が崩壊する。
だけど、だが、されど、王子は挑発されると燃える質だったらしい。
「はっ、婚約者になる予定なら、まだ婚約者ではないんだよな。僕と変わらない立場で偉そうにするな」
アレックスはズカズカ私達の前まで来ると、有無を言わさずに私をベンジャミンから奪還した。
「彼女は僕が責任を持つ。君はさっさと去るがいい」
「何だと? 何物も俺とケイトを引き離す事は不可能だ。……たとえ貴様がこの国の王族だったとしても、な」
ピクリとアレックスの頬が痙攣する。
えっ、何だよこの臭わせ発言は? もしかしてベンジャミンはアレックスの本当の身分を知っている……? けどどんな情報網で? アレクサンダー王子の情報はこの国のトップシークレットなはずだよな?
「ははっ、もしも本当にそうだったら君はケイトと婚約も結婚もできないだろう。尻尾を巻いてアラハバードに帰るといい」
「何、だと……?」
アラハバード。ベンジャミンの母親の母国がそこだ。彼の容姿からそっちの方の国の出身だろうなーとは予測が付くけど、アラハバード国だけじゃなく他にも幾つか周辺国がある中でアラハバードを断言する時点で、アレックスの方もベンジャミンの秘密を知っていると考えられそうだ。
えーっ、このメインキャラ二人はどんな接点のあるどんな関係なんだよ!
まあそこは私には関係ないし薮蛇はしたくないから突っ込まないけどもっ。
「二人共に落ち着いて下さい。と、とりあえず下ろしてもらっても?」
「そんな、ケイト~」
「アレックス様、お願いします」
目を潤ませて懇願してみたら、不承不承ってぎこちない動きだけど下ろしてくれた。
うん、さっきまで不可解に思っていたアレックスの言動に何となーく理解が追いついた。どんなに鈍い子でもわかると思う。
アレックスは私に惚れかけている……んだと思う。
ベンジャミンも責任感からなのか私に執着している模様。
ヒロインを巡って恋の火花をバチバチ散らすならわかるけど、ここは違うだろ、ここはっ。
だって私だぞ! ヒロインでも悪役令嬢でも転生メイドでもない、脇役な殺されキャラ、ケイトリン・シェフィールド伯爵不遇令嬢様なんだぞ!!
このまま二人の気持ちをエスカレートさせたら、駄目だ。
私のひっそり薔薇色人生計画が世界ごと木っ端微塵と消えるな。
私は二人から等しく距離を取る。
焦るあまりか、私は追い縋ろうとする二人に「そこでそのままいろ!」と転生前の口調でピシャリと命じていた。
二人はあっさり言う事を聞いてくれた。と言うかその場で固まったので結果動けなかっただけなようだったけど。
「大体どうして二人は私なんですか? 知り合ってめっちゃ日が浅いのに」
おずおずとして大人しめのケイトリン嬢として問えば、二人は幻覚でも見ていたのかもとパチパチと瞬きしてからこう
「「え……顔?」」
と。
よりにもよって声をハモらせて。
ハイ、とっとと縁を切ろうと思った。
未練は元からだけど、ナシ!
「顔、ね、顔……」
ケイトリンが美少女なのは否定しない。この容姿に惚れる男は少なくないだろう。薄幸だけどな。
だからって、これは褒められたと受け取る女子はどれくらいいるんだろうな。
急速冷凍の私の眼差しから失言を悟ったゲーム内人気一位と二位の男キャラは、だらだらと嫌な汗を掻いた。
「ケ、ケイト、とりあえず足の治癒をしないか?」
「そ、そうだ。その方がいい」
本音を言えば私はもう猫を被るのも面倒臭くなっていた。でもトラブルのリスクは冒せないと我慢する。
「そうですね、ならお願いします」
痛いままはやだったしそこは素直にローブの人に治してもらった。
「ありがとうございます。魔法使い様」
丁寧に頭を下げてお礼を言うとローブの人は小さく「いっいえ」と照れたようにした。顔はローブの下で見えないけど声はまだ少年っぽい。そういやゲームには美少年魔法使いキャラもいたっけなー。まさか……この子?
ま、仮にそうでも関係ないか。
「アレックス様も、ご自身の部下の方をわざわざ私のためにありがとうございました。スイーツのお店へは明日にでも行きましょう。そちらの都合が良ければ、二時に街の時計塔の下で待ち合わせにしませんか?」
「わ、わかった。……よっしゃ喫茶店デート! ふぉー!」
アレックスはまるで従順な犬みたいに首を振る。その後に嬉しさのあまりか心の声が駄々もれだったけどな。キャラ崩壊に気付けよ主役!
「こほん、ベン様もお忙しいのに来て下さっただけではなく、案じて下さり感謝致します」
「いや。婚約する身として当然の事をしたまでだ」
ベンジャミンもキリッとして格好良く畏まっている。はいい~当然!? さっきは会場に来るの迷ってたとかほざいてなかったお宅!?
はあ、もういいや。何か疲れた。私はヒールの高い靴で颯爽と二人の間をすり抜けて部屋の扉前まで歩いて、くるりと一度振り返る。
「それでは皆様、ご機嫌よう」
「えっ送るって!」
「待ってくれ送る!」
私はにっこりとした。眼差しはとっても鋭くも。
「いいえ、結構です」
バタンと強めに扉を閉めても再度凍り付いた二人は追いかけて来なかった。
こうして私は気楽に一人帰路に就く事ができた。
帰りの馬車の中ではもう十八歳を待たずに家を出てしまおうかなんて考えた。
でもケイトリンの死亡フラグはあのシェフィールドの屋敷にいてこそ①②③のどれかってわかり易いものになるわけで、他の生活をしていたらどんなイレギュラーなイベントが襲い掛かってくるか想像もできない。
天の声が言うにはケイトリンは十八歳と二ヶ月の頃に必ず一度どんな形であれ死亡イベントに遭遇しないとならないんだってさ。
屋敷を出ても他の形でそれは顕れる。逃れられない運命ならできるだけイージーモードを求めるのは当然だ。故に私はまだ独立準備もあるけど我慢して伯爵令嬢をやっているわけだ。でなきゃ死亡回避のために鋼鉄体能力をもらった意味だってない。
「はあ、とは言え死亡フラグはそこまで心配しなくてもいいか。今考えるべきは……」
例のメインキャラ二人だ。
ヒロインにじゃなく私に惚れるなんてのは以ての外。
王道ルートとしては、アレックスはヒロインと結ばれるのが彼の結末だし、ベンジャミンは失意の中で母親の母国のアラハバードへと行き、そこの王位を継ぐ運命だ。でないと将来的にこの国を継いだアレックスの統治に影響が生じてしまう。ゲームじゃヒロインが他のキャラと結ばれるルートも存在するが、それはそれ。あたしはあくまでも王道ルート達成を目指す。
だって、私の転生したこの世界では標準の結末が最優先なんだとさ。
それも天の声が説明してくれた重要事項の一つだ。
それに、アレックスといて悪女ジョアンナからヒロインが味わう予定の嫌がらせを代わりに私が受けなくちゃならなくなるなんざ超絶嫌だ。堪忍袋の緒が切れてグサリとジョアンナを殺りかねない。そうなってもこの世界はフリーズするだろうな。
私は世界の崩壊と同時の転生人生の終わりを避けたい。
「まずは、どうにか諦めさせる。そのためには……よしっ明日は地を出すか」
今夜ちょっと乱暴な態度取っちゃった時、思い切り固まってたもんなあの二人。淑やかな女性に囲まれて育っただろうアレックスなんて特にがさつ令嬢に幻滅するだろう。
顔が好きって宣言はある意味馬鹿正直ねって良い方にも受け取れるけど、そもそもマジ恋じゃないよな。中身無視じゃん。そこからしてやっぱりアレックスの運命はヒロインじゃんな。
そう思ったら気持ちが軽くなった。
今夜は心配事なく安眠できそうだよ。
シェフィールド伯爵家に到着して、どうせ手を貸してくれる人間もいない私は心からウキウキした気分を堪えられずに馬車を勢いよく飛び降りた。勿論足首を捻るのは御免だからヒールの高い靴を脱いでな。
夜空には銀の月が浮かんでいる。
「しっかりお休みなーアレックス。初デートだからって興奮で眠れなくて色濃いクマを作ってくるなよー」
らったった~とスキップさえして屋敷に入る私は、そういやベンジャミンのチャンドラって名前は異国の言葉で月って意味だったっけなんて思って「ベンも良い夢を~」と月に向けて手を振った。
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