10

 いつの間にか戻ってきていたアレックスが怒りの形相で立っている。

 彼の背後には治癒魔法の使い手らしきローブの人と何やら不穏なものを感じたのか騎士団長のロイまでいる。はああロイ様カッコイイ!

 うっかり仮面なしなのを失念してとろーんな目で彼を見つめていたら、アレックスとベンジャミン二人は敏感にもそれに気付いてどうしてか揃って騎士団長を睨んだ。キッと睨まれたロイ様は「はい?」とわけがわからず目を白黒させている。

 アレックスとベンジャミンの二人はまた互いを睨むと会話の続きを始めた。


「……今、何と言った? ケイト、だと? シェフィールド嬢を?」

「それが? 彼女本人からの承諾はもらっている。何か文句が?」

「承諾……。シェフィールド嬢、俺もあなたをケイトと呼んでも?」


 わーっほだされるからコロッと可愛いやつに顔付きを変えるなーっ。


「あ、ど、どうぞ」

「俺の事もベンでいい」

「わかりました」

「ケイト!? どうしてそんな奴に優しくするんだよ!」


 アレックスが衝撃を受けたようにしたけど、ベンジャミンはそれを見てフッと余裕っぽく口元を笑ませた。


「優しく? 当然の権利だ。俺は彼女の夫になる」

「はあ!? 夫だって!?」

「俺と彼女は近いうちに婚約する。そして結婚もな」


 アレックスは私を傷付いた目で見てくる。


「ケイト、それは本当なのか? その男と婚約を?」

「あ~……はい。家の方針でする予定でして、今夜も本当は彼との顔合わせのために来たんです」


 まあ思っていた相手とは全く違ったけどね。だけど私はラッキーと内心ほくそ笑んでいた。これで分別のある王子様は婚約者のいる娘なんぞとは余計な関わりを持とうとしなくなるでしょうよ。約束した通り街に一緒に行って魔物狩りした後はバイバイできそうね。


 ベンジャミンの方も追い追い考える。結婚相手がランカスター公爵じゃないならこの縁談も進められないとか難癖を付けてね。


 されど、計算外にもアレックスは挑発されると燃える質だった。


「はっ、何だ、あくまでも予定か。ならまだ婚約者ではないんだよな。僕と変わらない立場でそう偉そうにするな」


 アレックスはズカズカ私達の前まで来ると、有無を言わさずに私をベンジャミンから奪還した。


「彼女は僕が責任を持つ。君はさっさと去るがいい」

「何だと? 何物も俺とケイトを引き離す事は不可能だ。……たとえ貴様がこの国の王族だったとしても、な」


 ピクリとアレックスの頬が痙攣する。

 えっ、何この臭わせ発言? もしかしてベンジャミンはアレックスの本当の身分を知っている……? けどどんな情報網で? アレクサンダー王子の情報はこの国のトップシークレットなはずだけど?


「ははっ、もしも本当にそうだったら君はケイトと婚約も結婚もできないだろう。尻尾を巻いてアラハバードに帰るといい」

「何、だと……?」


 アラハバード。ベンジャミンの母親の母国がそこだ。彼の容姿からそっちの方の国の出身だろうなーとは予測が付くけど、アラハバード国だけじゃなく他にも幾つか同一民族の周辺国がある中でアラハバードを断言する時点で、アレックスの方もベンジャミンの秘密を知っていると考えられそうだ。


 えーっ、このメインキャラ二人はどんな接点のあるどんな関係なのよ!

 まあそこは私には関係ないし薮蛇はしたくないから突っ込まないけどもっ。


「二人共に落ち着いて下さい。と、とりあえず下ろしてもらっても?」

「そんな、ケイト~」

「アレックス様、お願いします」


 指を組んで懇願してみたら、不承不承と下ろしてくれた。

 うん、さっきまで不可解に思っていたアレックスの言動に何となーく理解が追いついた。どんなに鈍い子でもわかると思う。


 アレックスは私に興味を持ち始めている……んだと思う。


 ベンジャミンも責任感からなのか私に執着している模様。


 ヒロインを巡って恋の火花をバチバチ散らすならわかるけど、ここは違う、ここはっ。


 だってヒロインでも悪役令嬢でも転生メイドでもない、脇役な殺されキャラ、ケイトリン・シェフィールド伯爵不遇令嬢様なのに!!


 このまま二人の気持ちをエスカレートさせたら危険だわ。

 天の声が言ってたじゃない。この世界には最低限満たさないとならない展開があるって。


 男キャラ達はヒロインに愛を捧げないとならないのも、その一つ。


 これじゃあ私のひっそり薔薇色人生計画が世界ごと木っ端微塵と消えちゃうわ。

 私は二人から等しく距離を取る。


 焦るあまりか、私は追い縋ろうとする二人に「そこでそのままいて!」とピシャリと命じていた。


 二人はあっさり言う事を聞いてくれた。と言うかその場で固まったので結果動けなかっただけなようだったけど。


「大体どうして二人は私なんですか? 知り合ったばかりですよ」


 問えば、二人は一旦キョトンとしてからこうのたまった。


「「え……顔?」」


 と。

 よりにもよって声をハモらせて。


 ハイ、とっとと縁を切ろうと思った。

 未練は元からだけど、ナシ!


「顔、ね、顔……」


 ケイトリンが美少女なのは否定しない。この容姿に惚れる男は少なくないだろう。薄幸だけど。

 だからって、これは褒められたと受け取る女子はどれくらいいるだろうか。

 急速冷凍の私の眼差しから失言を悟ったゲーム内人気一位と二位は、だらだらと気まずそうに汗を掻いた。


「ケ、ケイト、とりあえず足の治癒をしないか?」

「そ、そうだ。その方がいい」


 本音を言えば私はもうお行儀良く猫を被るのも面倒臭くなっていた。でもトラブルのリスクは冒せないと我慢する。


「そうですね、ならお願いします」


 痛いままよりは、とそこは素直にローブの人に治してもらった。


「ありがとうございます。ヒーラー様」


 丁寧に頭を下げてお礼を言うとフードローブの人は小さく「いっいえ」と照れたようにした。顔はフードの下で見えないけど声はまだ少年っぽい。そういえばゲームには美少年魔法使いキャラもいたっけねー。まさか……この子? ま、仮にそうでも関係ないか。


「アレックス様も、ご自身の部下の方をわざわざ私のためにありがとうございました。スイーツのお店へは明日にでも行きましょう。そちらの都合が良ければ、二時に街の時計塔の下で待ち合わせにしませんか?」

「わ、わかった。……よっしゃ喫茶店デート!」


 アレックスはまるで従順な犬みたいに首を振る。その後に嬉しさのあまりか心の声が駄々もれだった。キャラ崩壊に気付け主役!


「こほん、ベン様もお忙しいのに来て下さっただけではなく、案じて下さり感謝致します」

「いや。婚約する身として当然の事をしたまでだ」


 ベンジャミンもキリッとして格好良く畏まっている。はいい~当然? さっきは会場に来るの迷ってたとか言ってたわよね?


 はあ、もういいや。何か疲れた。私はヒールの高い靴で颯爽と二人の間をすり抜けて部屋の扉前まで歩くとくるりと一度振り返る。


「それでは皆様、ご機嫌よう」

「えっ送るって!」

「待ってくれ送る!」


 私はにっこりとした。


「いいえ、結構です」


 バタンと強めに扉を閉める。再度凍り付いた二人は追いかけて来なかった。

 こうして私は気楽に一人帰路に就く事ができた。


 帰りの馬車の中ではもう十八歳を待たずに家を出てしまおうかなんて考えた。


 でもケイトリンの死亡フラグはあのシェフィールドの屋敷にいてこそ①②③のどれかってわかり易いものになるわけで、他の生活をしていたらどんなイレギュラーなイベントが襲い掛かってくるか想像もできない。


 天の声が言うにはケイトリンは十八歳と二ヶ月の頃に必ず一度どんな形であれ死亡イベントに遭遇しないとならないんだって。


 屋敷を出ても他の形でそれは顕れる。逃れられない運命ならできるだけイージーモードを求めるのは当然だわ。故に私はまだ独立準備もあるけど我慢して伯爵令嬢をやっているわけ。でなきゃ死亡回避のために鋼鉄体能力をもらった意味だってない。


「はあ、とは言え死亡フラグはそこまで心配しなくてもいいか。今考えるべきは……」


 例のメインキャラ二人だ。

 ヒロインにじゃなく私に惚れるなんてのは以ての外。

 王道ルートとしては、アレックスはヒロインと結ばれるのが彼の結末だし、ベンジャミンは失意の中で母親の母国のアラハバードへと行き、そこの王位を継ぐ運命だ。でないと将来的にこの国を継いだアレックスの統治に影響が生じてしまう。ゲームじゃヒロインが他のキャラと結ばれるルートも存在するけど、それはそれ。私はあくまでも王道ルート達成を目指す。


 だってこの世界では標準の流れが最も世界の有り様に余裕を持たせられるって言うんだもの。


 脇役ケイトリンが死なないって改変を一番弊害なくできるんだって。


 それも天の声が説明してくれた重要事項の一つね。

 それに、アレックスといて悪女ジョアンナからヒロインが受けるはずの嫌がらせを代わりに私が受けなくちゃならなくなるなんて展開も起きかねない。それは超絶嫌だもの。こっちの堪忍袋の緒が切れてグサリとジョアンナを殺りかねない。そうなってもこの世界は終わるわね。


 私は世界の崩壊と同時の転生人生の終わりを避けたいの。


「そのためには、気持ちを冷めさせるのが手っ取り早いわよね。よしっ明日は地を出そう!」


 淑やかな女性に囲まれて育っただろうアレックスなんて特にがさつ令嬢には幻滅するだろうから。


 顔が好きって宣言はある意味馬鹿正直ねって良い方にも受け取れるけど、そもそもマジ恋じゃないでしょ中身無視って。そこからしてやっぱり二人の運命はヒロインよね。

 そう思ったら気持ちが軽くなった。

 今夜は心配事なく安眠できそうよ。


 シェフィールド伯爵家に到着して、どうせ手を貸してくれる人間もいない私は心からウキウキした気分を堪えられずに馬車を勢いよく飛び降りた。勿論足首を捻るのは御免だからヒールの高い靴を脱いで。


 夜空には銀の月が浮かんでいる。


「しっかり休んでねアレックス。初デートだからって興奮で眠れなくて色濃いクマを作ってこないようにー」


 らったった~とスキップさえして屋敷に入る私は、そう言えばベンジャミンのチャンドラって名前は異国の言葉で月って意味だったっけなんて思って「ベンも良い夢を~」と夜空に向けて手を振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る