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 アレックスは私を軽々と抱いたまま颯爽と歩いてバルコニーを戻ると、会場の中でも足取りが一切乱れずに進んで行った。当然好奇の視線が集中する。


「あのっ私は大丈夫ですからっ、アレックス様、アレックス様ってば、下ろしてもらえませんか? は、恥ずかしいですし」

「僕はさ、将来結婚したら自分の奥さんの傷の一つも容認はできない質だろうなって、今そう思った」

「はい? え? それは将来の奥さんにそうしてあげるべきでは?」


 運命のヒロインと出会うのはゲーム本来では私の死んだ辺りだって設定だからまだ先だけど。それまで辛抱して。

 ふふっと笑んだだけでアレックスは何も言わなかった。

 一方私は周囲に身バレを防ぐには、と気付いてささっと仮面を装着する。彼の方は仮面なしでも気にしていないようだった。


 そんな彼は程なく会場の隅の方にいた仮面の男性を見つけて声をかける。


 んん? 仮面で顔はわからないけど、あの引き締まって逞しい肩幅とか夜会服の上からでもわかる盛り上がった腕の筋肉とかパッツンパッツンの胸板、そしてあのとても際立つ立ち姿勢、鍛え上げられた筋肉が醸し出す肉体美と言うか姿勢美……知っている気がする。 


「ロイ、応急処置の道具を持って付いてこい」

「まさかどこかお怪我を!?」

「いや、僕じゃなく彼女だ。靴ずれを起こしている」

「靴ずれ……」


 ふぁああああああ青の騎士団長ロイ様ご本人キターーーーッ!!


 私はついついガン見してしまった。釘付けよもう。強くてカッコいいオーラが全身から出てる! テンションがめっちゃ上がるーっ。

 だがしかしっ、ここで興奮してはあはあなんてしちゃったら不審者よ。堪えろ私っ。王子の腕の中にいるんだしロイ様からすれば怪しい女なんて即刻斬って捨てるわよ。


 精神統一、煩悩退散、と何とか心を落ち着けていると、ロイ様が仮面越しに私を見つめているのに気付いた。護衛対象に密着している私を見定めているんだろうけど、ふあああ~っ心の波形が乱される! 振り切っちゃったらどうすんべ。


 頬どころか耳までを赤くしていたら、そんな私の僅かな変化を悟ったのかアレックスが顔を近付けてきた。


「ケイト? どうかした?」


 何故か耳元に囁いてきたし。


「ああいえ、お知り合いの方はとても鍛えているなあ、と」

「……ケイトは彼みたいなムキムキな男が好きなのか?」

「大っっっ好物で……ごぼごほ、ええと、ど、どちらかと言えば?」

「……。ロイ、明日から僕のトレーニング時間を二倍、いや三倍にしてくれ。それから、やっぱりお前は付いて来なくていい」

「え、それでは手当て道具はどうすれば?」

「手配した部屋まで他の者に届けさせてくれ」

「わかりました」


 丁寧に答えてはいるけどロイ様は困惑している。私でもそうなるわ。だってアレックスの言動がよくわからない。キャラ設定じゃ出てこないけどまさかの気分屋なの?

 私の推しキャラを気分で振り回すなよとは思うものの、一緒に来なくて良かったって正直思う。気を抜いたら絶対ニヤけるし変な笑い声を出しそうだもの。ロイ様に変な女って思われるのは嫌だもーん。


 アレックスは廊下に出てすぐの部屋に私を連れていくと長椅子に下ろしてくれた。そして何と正面に片膝を突く。


「足を見せて」


 私がうんともすんとも言わないうちに靴のままの足を彼の床に突いた方の膝に載せた。


「ええっとあのっヒール刺さりますって!」

「大丈夫」


 そうしている間にロイ様じゃない男性が手当てのセットをアレックスの元に置いて出て行った。彼は早速と消毒液やら包帯やらの道具を手に取る。


「あとは自分でやりますので」

「コルセットが邪魔で屈めないんじゃないか?」

「それは……」


 その通りだった。ジョアンナの嫌がらせか、メイド達にかなりキツく締められていて、前屈なんてしようものなら内蔵丸ごとおえっと出そう。けど、まさか、こんなハプニングが起きるとは予想だにしてなかった。コルセット云々もよく知ってるわよね。人気があるだけに実は女性関係色々経験済みなのかも。ゲームにはイメージを損なうからってただ出て来ないだけで。逆に派手な女性関係のキャラもいるから被らないようにって配慮もあるんだろう。


 そう思ったら少しの好奇心でこの世界の現実を掘り下げてみたくなった。


「それでは、手当てお願いします。……けれど、まさか、アレックス様はコルセットを脱がせた事がおありとか?」


 私の靴を脱がせて手際よく手当てを始めるアレックスにストレートに問い掛けたら、彼は心外そうに顔を上げた。


「僕は将来の奥さんのコルセット以外を脱がせる予定はない」


 お前もストレートだなっ!


「あ、ああそうなんですか。一途なんですね~」

「まあな、だから安心していい」


 に~っこりと最上に微笑まれ私は「そうですか」とホッと胸を撫で下ろした。


 言外にお前には手なんざ出さねーよって言われたんだから。


 これは単なる顔見知りへの世話焼きね。でもこんなの他の令嬢にしたら絶対誤解を招くわよ。優しい男は時に罪作り。

 彼はこの先ヒロインとフォーリンラブなんだから私は誤解しないけどね。

 手当てが済んで少し履きにくかったけど靴を履き直す。


「手当てありがとうございました」

「歩けそう?」

「はい、何とか。アレックス様のおかげです。このお礼は必ずや。けれど今は持ち合わせがありませんし……あ、このイヤリングなんて売れば高いと思いますし、どうかこれで」


 高価なイヤリングを無くしただあって継母からはどやされるかもしれないけど、別に構わない。そもそもケイトリンの生母の装飾品をガメてるのは向こうも同じだ。心は全く痛まない。

 だけど耳から外そうとしたらその手を止められた。


「そういう見返り欲しさに君を助けたわけじゃない。それにこう言うと自慢とか厭味っぽいけど、お金には困ってないんだ」


 まあね、正体は王子殿下だもんね。

 でもこのまま借りを作りっ放しは私の性格上もやもやする。


「んーその顔、ケイト的に何かお返ししないとスッキリしないなら、どうだろう、今度一緒に街を見て回らないか? そのついでに約束していた魔物狩りの道具を揃えてもいいし」

「街を? 私がいてはかえって不自由では? 歩くの遅いですし」

「いや好都合なんだ。ちょっとどうしても、男一人で入るのは目立つだろう……スイーツの喫茶店って。お一人様できる男性もいるだろうけど、僕にはまだ難易度が高いというか何というか……」


 頭に手をやり意味なく撫で付けたり触ったりしながらやや照れたように赤くなるアレックスのこれはきっと本心だろう。


「だから、それじゃあ駄目かな?」


 極めつけに少し頼りなさを醸しながらの再びの上目遣い。

 わんこ系の可愛さというかあざとさ炸裂っ。彼の場合ゲーム内でもわかっててやってるのか天然なのかグレーゾーンな時があるから読めない。

 でも借りを返すにはOKするしかない。


「わかりました。それで良ければ」

「良かった! それじゃあその足を治癒魔法で治せる者を連れて来るから少し待っていてくれないか」

「え、いえそこまでして頂かなくても結構です。自然治癒に任せます」

「それではしばらく日が開くじゃないか。お店だって閉店してしまうかもしれないだろう?」


 何も一年二年開くわけじゃないんだし、店を心配し過ぎでしょ……。


「えーと、そこまで経営状態がまずいお店なんですか? でしたらあまり美味しくないのかもしれませんよ?」

「えっ……あー、そこは大丈夫。王都屈指の人気店だから」


 え、じゃあなんで閉まるなんて無駄な心配を?

 怪訝にしていると、下手な言い訳をして気まずくて変な汗を掻いている男みたいな様子の彼は意を決したようにこっちを見る。


「実はその、僕はずっと君が……」

「私が?」


 キョトンとしてみせたら彼はうぐっとたじろいだ。何か重大発表を前に怖気付いたみたいに。それでも何とか言葉を絞り出す。


「僕はその、君を初めて見た時から……あー」


 その先が続かない。

 私にまた座るよう促した彼は一旦窓際まで行ってスーハーと深呼吸さえ繰り返している。え、まさかまさかの持病あり?


「アレックス様? 具合が悪いのでしたらそこのベッドで少しお休みになられたら如何でしょう?」

「は!? ベッド!? まだ早い……っていやいやいやっ何でもないっ、何でもっ。別に具合は悪くないよ」

「はあ、大丈夫ならいいですけど」


 窓の傍で狼狽して振り返っていた彼だったけど私の所まで戻ってくると、屈み込んで目線を合わせてきた。


「ケイト、どうか魔法で治させてほしい。そうしたらすぐにでも一緒に出掛けられるだろう。僕の頼みを受け入れてくれないか」


 足が何日と痛むよりはすっきり治してもらえた方が楽で得だ。


「いいですけど、治癒魔法は高いんじゃ……」

「あはは、そこは僕の部下だから心配は要らないよ」


 彼は明るく言って「本当に待っていてよ?」と念を押すと張り切るように部屋を出て行った。

 三秒くらい戻って来ないかを慎重に見極めてから、私は盛大に頭を抱える。


「ふうぅー、メインキャラの隣って存外ハード!」


 キラキラオーラで目がしぱしぱする。正直彼が戻って来る前にこのまま帰ってしまいたい。けどこのまま帰ったら後々の災いの元だ。王子の命令を無視したとかで断罪されそうよ。


「はああ~~~~。どうしてこんな厄介な状況に……。ランカスター公爵は本当に来るのかも謎だし。それにさっきのお姫様抱っこジョアンナが見てたら面倒だわ。帰ったらあのイケメンは誰よアバズレとか言われるんだろうなあー」


 あの娘しつこいから今から憂鬱だわ。

 すると、部屋の扉が開く音がして私は意外に早いお戻りで、と慌てて顔を上げた。


「――って誰っ!? どちら様!?」


 仮面舞踏会だから仮面装着は仕方ないにしても、いきなり一人で居る部屋にひょっこりと現れるのは心臓に悪い。

 しかもアレックスくらいに長身の男性が。ちなみにロイ様はもっとタッパがある。


「あ、ええと、この部屋は使っている部屋なので静かにゆっくり休憩したいなら他を当たって下さい。すぐに私の連れも戻って来ますし」


 僅かな警戒と牽制を込めて「連れ」なんて言葉も使った。アレックスは連れじゃないけどハッタリは時に有効だもの。男を追い払うだけだし本人に聞かれてなきゃ大丈夫でしょ。

 しかし、予想に反して仮面の男はズカズカと部屋に踏み込んできた。


「え、聞こえなかったんですか? この部屋は私達が使っていて……」


 背筋が寒くなる。男は足を止めない。

 明らかに私の方に向かってくる。


 相手の行動に追い付かない理解と切迫感とで長椅子の上から動けない私の前に、とうとうぬぅと男が佇んだ。


 私の顔は自分で鏡を見なくても蒼白になっているってわかる。

 この動きにくい夜会ドレスが恨めしい。だがしかし、若い娘への不埒が目的なら大人しく従うふりをして相手が気を抜いたところで急所に膝蹴りでもお見舞いしてやるわ。直接手を使わなきゃならないならその時は覚悟を決めるし。何であれ、再起不能にしてやるんだから。


 息を詰めて相手の次の行動を見極めていると、彼は何故か私の傍を指差した。


 警戒しながらも示された先を目で追えば、長椅子の上には私の着けていた仮面が。


 あれ、これたった今似たようなのをどこかで……?


 内心訝りながら仮面の男へと目を戻す。


「あっ、それっ!」


 何と私と彼の仮面は誰がどう見ても同じデザインだった。

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