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王子はこっちを覚えてたの? 通りすがりも同じだったからもう忘れてるもんだとばかり。
でも何で私を探してたわけ?
まっまさか、あの時本当は怪我をしていて、王族を害したってその咎を償わせようと?
「あっあの時は申し訳ありませんでした! こっちも強引に金で解決しようとしたのも悪かったとは思いますが、怪我していたならあの時にハッキリそう言ってくれたらよかったんですよ」
脳裏に牢獄行きからの処刑ルートが浮かんだ私が人生計画丸潰れだーっと青くなって訴えると、相手はキョトンとしてから半端な立ち位置だと気付いてか、バルコニーの奥へと私の手を引っ張った。痛くはないけど簡単には放さないって強さで。
「誤解させたみたいだな。怪我なんてしていないよ。ただ、あのあと森では君を全然見かけなかったから……」
「ああ、より実入りの良い所に狩り場を変えたからですねそれは」
あなたが居たら嫌でそこを避けていたんだとは言わない。言ったら不敬罪で人生終わる。
「そうだったのか。道理で……」
「あのー、ところで手を放してもらっても?」
彼は掴んだままだったのを悟ってか、僅かに力を緩めたけどまたすぐに元に戻した。つまりは、放してくれなかった。
え、何で?
「そうだ、その、ところで……僕の名前を覚えてるか?」
「へ? アレクサ……ごほごほっ、アレックス・キャンベル様、でしたよね」
危なーっ、アレクサンダーって言うところだった。
「そうだ。アレックスだ。アレックス・キャンベル。覚えていてくれたのか。良かった!」
彼はとても喜ばしそうに微笑んだ。プリンススマイル全開。
彼はにこにこにこにことして、私を見つめてくる。しかも手を離してもくれない。
「あのーキャンベル様?」
「あ、え、うん。僕はキャンベルだ」
様子がおかしいけど、どうしたんだろう?
「その、さ、……君の名前を教えてくれないか? あの時に次の時にはと約束してくれただろう」
「あ、あー、そうでしたね」
やや畳み掛けるようにして言われた。次なんてないと思っていたあの時の自分に鼻フックだわ。
どうせここで言い渋って逃げても無駄だろう。この仮面舞踏会は招待状が必要な集まりだ。王子の権力をチラ付かせて主催貴族から送り先リストを手に入れて調べればそのうち私に辿り着く。それ以前に教えなかったら王族を欺いたなって処刑されるかもしれない。アレクサンダー自身は優しいけど彼の回りは違うから。
「ケイトリン、です」
「ケイトリン嬢か。……家の名は?」
やっぱそこ来ますよね、答えなきゃ駄目かー。
「シェフィールド、です」
「ああ、君は伯爵家の令嬢なのか」
「ええ、はい」
「ふふっ、まさか伯爵令嬢が森で一人で狩りをしていたなんて、かなり予想外だよ。そりゃあ王都の街中を捜しても見つけられなかったはずだな」
「そ、そうですか。運動不足を解消したかったので」
「なるほど」
あ、納得しちゃうのかー。まあいいけど。すぐに名前と爵位が繋がるのは凄いわ。さすがは王族。国内の貴族達のプロフィールは全部頭に入っているんだろう。
私が不遇の身の上なのまでは知らないとは思うけどね。
「あ、ですが冒険者しているのは誰にも内緒にして下さいね。はしたないって怒られてしまいます」
「そんな事はないと思うが。むしろ素晴らしい才能だと言われると思う」
それはお宅が魔物狩り好きだし得意だからよ。しかも男で王子だし。他の貴族連中は半分もそう思わないわよ。でも言ってもわからないタイプだったっけこの無駄に爽やかにカッコ良く我が道を貫く王子様は。彼が広めれば皆確かにそうかもと頷いてしまうカリスマ性がある。
そうなると家族に金を溜め込んでいるのを悟られかねない。それは絶対的に避けたい。
「……その、私が恥ずかしいので目立ちたくないのですっ。お願いします二人だけの秘密にしておいて下さいませんか?」
「二人、だけの……」
「あのっ、もし良ければレアなアイテムをお譲りしますからお願いします!」
「えっいやいや秘密は守るがそういうのは要らないからっ、ただ君と今度魔物狩りに行けたらなあって考えていただけだ」
「へ?」
「だから今度、お忍びで森に狩りに行かないか?」
あはっ、冗談きついわよー。これ以上関わりたくないー。
「ええとあの、キャンベル様」
「アレックスと」
「え、ですが」
「アレックス」
彼はそう言って頬を膨らませたリスみたいにこっちをじいーっと見つめてくる。え、これは承諾しなきゃ駄目なやつじゃないの? それにそうしないと手も放してくれない気がする。はー、王子なんて身分に生まれると多少の無理は通せると普通に思うのかも。彼はなまじ顔が良いだけに女性から無下にされた経験もなさそうだし。私は心の中ではあ~と深い溜息をついた。
「わかりました。ではアレックス様と」
表情を明るくした彼は「アレクとか呼び捨てでもいいからな!」ともっと無理目な呼び方を推奨してくると、今度は私にも何か言ってほしそうな顔をする。
まさか……。頬が引き攣りそうになった。
「わ、私の事もケイトリン、もしくはケイト、とお呼び下さい」
ぱあっと花が咲くように彼は笑った。
「ああ、ケイト!」
呼び捨て……っ、いきなり親密だなおいっ!
よりにもよって王子と望んでもないのに親しくなってしまい辟易とした。
しかし、一歩の踏み込みの大きいフレンドリー展開で終わりじゃなかった。
アレックスは掴んでいた私の手をやっと放してくれると、ごくごく自然に彼の両手でその手をまた握った。
「改めてお願いするよ。ケイト、今度一緒に狩りに行こう?」
「……えーと」
「駄目か? 頼むよケイト。ケイト……?」
向こうの方が背は高いのに、顔の角度が彼を上目遣いにさせている。
…………もう、何なんすかね?
「わ、かりました。ただし、周囲にバレるリスクはそうそう冒せないのできっちり一度だけですよ?」
「ああ、わかった! ありがとうケイト、楽しみにしている。うーんでは、後日こっそりお伺いの魔法鳩を送る。日程が良ければサインして鳩に持たせてくれ」
「わかりました」
人気のアトラクション施設に行けるって聞いた子供みたいにやけにはしゃいだ王子様は、どうしてか続けて期待の目をこっちに向けてくる。
「ケイト、君は今夜は誰かパートナーと来ていたりするのか?」
「いえ、妹と一緒の馬車では来ましたけれど、別行動なので一人です」
ランカスター公爵と落ち合う予定だとは告げなくてもいいわよね。実際本人が来てるのかもわからないし。
「そうか、ならもう少し休んだら会場に戻って一曲踊らないか?」
「え、誰が誰とです?」
「ケイトが僕と」
「ええと、申し訳ないですけど、他の方を探して下さい。実は慣れない高いヒールを履いたら足が痛くて」
断る理由は明明白白、超絶面倒臭いから。足が痛いのも事実。
それともう一つ。単に踊れないからだ。
このケイトリンには習った記憶がない。やった事があれば体が覚えているものだけど、転生前だって学校の授業以外じゃ社交ダンスとは縁がなかったし。
何より、私と踊れば彼は恥を掻く。王子に恥を掻かせたと後々になって断罪されるのも理不尽だからそもそも踊らないのがベストな選択だろう。
「足が? ――大変だ、赤くなっているじゃないか!」
「え、――え!?」
私の言葉を疑ったのか足元に視線を下げたアレックスは顔色を変えた、かと思えば何と私を両腕で抱え上げた。
俗に言うお姫様抱っこだ。
「手当てをしないと!」
キラキラしたメイン男性キャラの心髄が今ここに降臨……!
ああああ何故にこうなるーーーーっ!
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