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「――相手の家はランカスター公爵家だ」
ランカスターって、ちょっと待って嘘でしょ? まだその話が出てくるのは先のはず。
十八歳の誕生日にそのランカスター家との婚約が決まったって急にそう言われるんじゃなかったっけ?
伯爵の指示でケイトリンの誕生日に実母亡き後じゃ初めての誕生パーティーが開かれて、彼女としては心底戸惑っていた最中、唐突に婚約が決まってショックを受けるって話だったはず。
更には三ヶ月の内に結婚のために屋敷を出るはずだった。それなのに二ヶ月目、結婚直前で殺されてしまったから婚姻は成立しなかった。
「ええとお父様、私はまだ十七なのですが?」
本来縁談が持ち上がる十八じゃない。まだ十七と約半年よ? なあ何か計算ミスってない?
「もう、だ。十七で婚約者もいないのは貴族令嬢としては些か遅いだろうに」
「最近は晩婚化が進んでいるみたいですよ~」
伯爵は何故かじっと見つめてきた。
「お前は、この家にお前が必要だと?」
ぐっ、きっつ~。反論してやりたいけど、我慢だ。後腐れなくこの家を出るまでの!
「とにかく、話は進めておく。用件はそれだけだ。下がっていい」
「……わかりました。それでは失礼致します」
私はドレスの裾をつまんで淑女の礼を取って部屋を後にした。最初からケイトリンには拒否権はない。この点はゲームと同じだ。
この体になってから、ゲーム内では名前だけで詳しいプロフィールの出てこなかったランカスター公爵が少し気になって私独自に調べたところ、彼は十年も前に奥方を亡くしてからは独り身で、ケイトリンとは半世紀以上、およそ六十の歳の差がある老人だった。
地位も名誉も資産もあるが、まるっと爺さん。
世の中歳の差なんて気にならないカップルもいるけど、ケイトリンのは別ものだ。枯れ専で恋したならともかく、一度も会った事のない相手だし。
まあでも、悪くない縁談だと思う。老い先短い旦那様だし、金持ち未亡人になるまで夜はベッドを共にしないでどうにかやり過ごして、介護の必要があるならその時は仕方ないから面倒を見るわ。私だってヨボヨボ爺さんを放り出す程鬼じゃない。
何故シェフィールド伯爵が事前に意思確認みたいな真似をしてきたのかは知らないけど、当分は何も起こらないと思う。だからと言って気は抜けない。少なくとも十八までに完璧に独立準備を進めておかなくちゃ。
……そう楽観視していたのが間違いだった。
「は? マスカレードおおお?」
「左様にございます」
数日後、また屋根裏部屋を訪れた五十執事の口から、今度は近々ある
強制参加よ強制参加。
「え、でも夜会用のドレスなんて持ってないですけど」
「今から採寸させて頂いて、旦那様が用意していた物に手直しを加えれば間に合うでしょう。それと、ランカスター公爵家の方も会場にいらっしゃるとの事で、揃いの仮面を着用されている方を探して合流なさって下さい。まあ、当人同士の顔合わせですね」
マジかー……。けど七十過ぎて八十近いお爺さんなんだし目印の仮面なんて必要ないと思うけど。そんな年齢の人はほとんど来ないから見たら一発だもの。
ああでも仮面舞踏会は素性を隠してってのが醍醐味だから、どこのお爺さんかまではバレないように顔を隠す必要があるのかも。
仮面舞踏会って場を借りての初顔合わせなんて、かえって面倒よね。とは言え密会しろとか言われても猛烈に嫌だけど。何でわざわざそんな面倒な真似しないとならないんだか。まるでまだ内々の話で身近な人間に気取られたくないみたいじゃない。
もしかして、ジョアンナ? 格上の公爵家に嫁ぐだなんて分不相応だわって暴れそうだもの。そうなったらそうなったでじゃあそっちが七十過ぎの爺さんに嫁げばいいって言ってやるけど。
あれ、え、もしかしてだからケイトリンは殺されたの? そういう妬みで?
ゲーム内じゃさらっとしていて細かな動機までは語られてなかったけど、何がしかの理由を付けないとならないならその線が最もありそうだ。
今まで見下げて侮蔑の対象だったのが急にハイクラス貴族の一員になるなんて聞かされて、しかも急ぐように結婚するもんだからジョアンナも焦ったのかもしれない。早く手を下さなければと。で、①②③のうちのどれかではあるけど足の付くお粗末展開の殺人をやらかした。
そうは言ってもまだ起きてもないあれこれを憶測したところで意味ないか。今を考えよう。どれだけ嫌でも行かなきゃならないんだろうから行くしかない。
そんなわけでやってきました仮面舞踏会当日。
「なんっで私があんたのような下等な者と同じ馬車なのかしら!」
「お父様の言い付けだから、私に怒ってもどうしようもないわジョアンナ」
「何か引っ掛かる言い様ね」
「え? 思い過ごしよ。私はただ……」
舞踏会会場へと向かう馬車の中。目を潤ませて言葉を濁してみせればジョアンナは腕組みして舌打ちした。こんな悪女上等ってな態度、私とジョアンナしかいないから堂々と取れるんだろうな。
到着すると予想通りジョアンナとは別行動だった。彼女はさっさと馬車を降りて別の馬車で来ていたメイド数人を連れて行ってしまった。
言うまでもないけど私には誰もいない。伯爵からは私にも一人は付き添わせるようにって言われていたけど、やっぱり伯爵の目が届かないここじゃジョアンナの意思決定のが効力は強い。口裏を合わせるように言ってきたから快く承諾したわ。いても煩わしいもの。
気分転換に一夜限りの恋人を探すなんて目的の者もいる仮面舞踏会。ランカスター公爵との顔合わせが目的の私はともかく、ジョアンナには継母の強い希望で決まったらしい婚約者がいるけど、彼女はイケメンには目がない。大方この仮面舞踏会にも火遊びできるイケメンを探しに来たんだろう。
さて、お揃いの仮面を頼りに会場内を歩き回って探したものの、一向にランカスター公爵は見付からなかった。
「ふうぅー、ヒールの高い靴は長時間はキツイ……足いた~。疲れた~。公爵も歳だろうし急にぎっくり腰とかになって来れなくなったのかも」
靴ずれの足が痛くなってきたからと、私は一人バルコニーに出て仮面を外して涼んでいた。ちょうどいい高さの手摺に凭れ掛かって夜風を首筋に当てる。屋内の熱気に少し汗ばんでいた体は気化熱で少しの涼を得た。そのまま手摺に肘を突いてぼんやりと夜の庭を眺める。
「会えないで帰ったら怒られるかなー」
でも、私は会場内をちゃんと探した。居なかったラングドシャーだかランカスターだかのご老人の方が悪い。
キィ、とバルコニーに出る扉を開ける音がした。
ああその扉少し油を差した方がいいんじゃない? こっちとしては人の出入りに気付けたからいいけどね。
折角の休憩を邪魔されて何だよと内心舌打ちしながらも振り返る。
「お、結構涼しいな」
ふぅーとやや暑さに疲れたような息を吐き、仮面を外しながらの一人の男性のシルエットがそう呟いた。
私が勝手にバルコニーを占有する権利はないし、知らない男と二人きりなんて気まずいし醜聞になりかねない。そんな話が伯爵の耳に入ったら婚約を控えた未婚の娘がふしだらだって雷が落ちるだろう。仕方がない、譲ろうか。
逆光もあって相手の顔はよく見えないけど誰かなんて関係ない。大体社交界に知り合いなんていないもの。
私は相手をほとんど見ないままに軽く会釈して横をすり抜けようとした。
息を呑む気配がした。
「あっ、――君! 待ってくれ、君はっ……!」
「え?」
予想に反して慌てたように手首を掴まれた。私を取り逃がしてはかなわないとでも言うように。
「君は、もしかして森の時の!」
「え、森? いきなり何――」
全く以ての無礼千万にキレかけて睨み上げた私は、ようやく相手の顔を認識して大きく目を見開いた。
げえーーーーっ、この男はっっ!
――アレクサンダー王子!
「やっと、やっと会えた。見つけた。この一年ずっと君を探していたんだ!」
あーっ、仮面を外すんじゃなかった……っ。
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