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 シェフィールド伯爵家の屋敷ではもうジョアンナ達はケイトリンのほっぺは鉄のほっぺって何かの標語みたいに警戒して平手打ちはしてこないけど、相変わらず他の方法で嫌がらせはしてくる。勝手に部屋に入って物を隠すとか、壊すとか、汚すとか。

 あと、盗人に仕立て上げようとするとかも。

 ある日なんて手下のそばかすメイドにジョアンナの宝石をこっそり私の部屋に隠させて、私が宝石を盗ったって騒いだりした。

 勿論、私は犯人になんてならなかった。だってどこを探しても宝石は見つからなかった。

 うん、私がサクッと宝石を消したからね。

 魔法収納にガメたわけじゃない。鋼鉄体でゴリゴリゴリゴリ砕いて粉微塵にまでして目には見えなくしてやっただけ。粉は屋根部屋の小さな窓から撒いてやった。枯木に花が咲くわけはないけど、窓の下の草地だけ妙にキラキラして綺麗だってメイド達が喜んでたわ。

 お気に入りだった高価な宝石が知らぬ間に土に返ってご愁傷様。こっちは部屋を荒らされた挙句、服の中に隠したのねって疑われて素っ裸にまでされたのよ。十分でしょ。

 結局何も出なかったのもあって、私はさすがにやり過ぎだとか同情された。ジョアンナは私のプロポーションの素晴らしさと、後は株を下げて悔しそうにしていたっけねー。


 そんな風に勝手に家捜しされても私の秘密がどうして露見しないのか。つまり誰にもバレずに冒険者装備とかその他の荷物を所持していられるのかは、無論魔法収納能力のおかげね。


 何も対策を取らないままだったらかなり金銭面で痛手になる嫌がらせをされると知っているからこそ、前以て有効な能力をもらってたってわけ。


 更にはこの一件でジョアンナは一部のメイド達から冷ややかに見られ始めた。そんな横暴な令嬢に仕えていたらいつか自分も冤罪を着せられて屋敷を追われかねないってね。何人かはもっと良い職場を見つけたらしく伯爵邸を去ったわ。


 魔法収納はどこに行くにも手ぶらでOKだからかなり楽チン。魔物の残留物とか見つけた宝物なんかも東京ドーム百個分までは収納して持ち運べるって天の声から聞いてたから余裕で大量収集できる。換金所に持ってけばほっくほく! ただ、貧相な私の頭じゃドーム百個分が具体的にどれくらいか想像できないけど。


 まあそれはいいとして、私は今日も朝から冒険者として王都周辺の森に魔物狩りに出掛けていた。


 屋敷じゃいつも汚いメイド服で俯いてるケイトリンの存在なんてジョアンナが不機嫌な時の捌け口にしか必要とされないから、こっそり抜け出しても誰にも文句なんて言われない。仮に私を必要で捜しても見つからなかったらその時は諦めるみたいで行方不明なのかもなんて心配もされない。

 ……そこにチクリとした寂しさを感じないわけじゃあないけど。伯爵家じゃなくて庶民の家に生まれていたならまた全然違った第二の人生になったんだろう。家族団欒もできたのかもしれない。なーんて、今更考えても詮ない事だけど。


 そして、倒す魔物って言っても私でも倒せる程度のやつで決して強いのじゃないわ。それでも魔物の残留物はそこそこいいお金になるの。だ~からやめられない。


 これまで同様あんまり森の奥までは行かないようにして、低級魔物を追いかける。

 へっへ~スライムだぜー!

 スライムの中にはたまーにレアなアイテムを持ってるのがいたりするから面白い。

 茂みの前でスライムが止まった。


「よっしゃチャーンス!」


 最初は鋼鉄体で体当たりが妥当かな。スライムだとそれで大体決するし。

 私は勢いを付けて跳躍。


「覚悟ーっ」


 スライムがこっちに気付いてさっと避けた。


 避 け た。


 こいつはかなり想定外。稀に見る素早い固体だったらしい。ぶつかる相手のいなくなった私は勢いそのままに茂みに突っ込んだ。


「あ……?」


 そこは何とプチ崖って感じになっていて、鋼鉄だったせいで余計に茂みの枝をバキバキ折って茂みそのものを貫通しちゃった私は、必然――。


「――落ちるよねえええ~っ!」


 けど鋼鉄体だから落ちても平気。崖の高さも建物四階くらいだし。仮にデスルートが馬車の事故だったとしてそのプチ予行練習だって思っとけばいっか!


 なんて、そうは問屋が卸さなかった。


「人がいるうううーっ!!」


 ちょうど真下に馬に乗った男がいた。


 何でよりにもよってーーーっ!


 鋼鉄体のままじゃ下の男が死ぬかもしれない。


 でも鋼鉄魔法を解いたら私が死ぬかもしれない。


 けど、これはジョアンナ達にしたような仕返しとは次元が違う。誰かを死なせていいわけがない。

 私は魔法を解いた。


「頼むから避けてーーーーーーーーっっ」


 精一杯の受け身を取る。

 もしも奇跡的にニアミスでぶつからなかったら地面に衝突寸前で鋼鉄体になればいい。


 だけど、奇跡は起きなかった。


 だけど、奇跡は起きた。


 人にぶつかった。


 ただし、衝撃はあったけど私は何とその男に抱き留められていた。


 被っていたフードがバサリと外れて、向こうも私を受け留めた風圧でフードが外れた。上からじゃ顔が見えなかったけど若い男だ。


 互いにびっくり眼で見つめ合う。

 まるで時間が止まったようだった。


 ――うん、確かに私はフリーズしたからね。


「君は、妖精? ……ってああいやいや、大丈夫か? どうして崖上から落ちてなんて――」


 彼は私が誰かに突き落とされたとでも思ったのか険しい顔で崖を見上げた。しかしすぐにそうじゃなさそうだと悟ったのかこっちに目を戻すと再び案じる表情になる。


「君、どこか怪我をしていたりは?」

「…………」


 私は言葉を発せなかった。思考回路一時真っ白。それ程に絶句。


「君……? どうしたんだ? まさかどこか痛むのか?」


 私が黙ったまま固まっていたせいか相手の男は顔付きに焦りを滲ませた。

 私はここでやっと我に返った。


「あっ、だだだ大丈夫です。そっちこそ大丈夫ですか!? どこか痛くしてないですか!?」


 思わずがばりと顔を近付けて見える部分をあちこちと確かめてしまった。相手はびっくりしたのか動かなかった。焦ったのはこんな時、落ちられた人間の方が怪我の度合いが重いって聞くからだ。


 私はケイトリンには予期せぬデスルートが存在するのかもしれないと思い始めていた。


 何故なら、私が殺したかもしれなかった男は、王族だ。


 このゲームの一番人気男性キャラ。


 青年王子アレクサンダー。


 パンパカパーン!……どころか葬送曲が流れたよ。

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