3

 ジョアンナは私をビンタしたその手をもう片方の自分の手で庇うようにして悶絶している。金魚のフン達は何が起きたのかまだわかっていないからか、慌ててジョアンナの周りに駆け寄った。

 一方、私は駆け寄ろうとしていたそばかすメイドの腕を掴んでやや真剣な目を向ける。


「ねえ、確認したいんだけど、私って今何歳かわかる?」

「は、はあ? いきなり何よ。十六でしょ。頭どうかしちゃった?」


 そばかすメイドはこっちの手を振り切るとジョアンナへと駆け寄った。

 十六歳。良かった私の記憶の通りね。なら今は十八歳で殺されるおよそ二年前か。


 そのうちジョアンナはひいひい泣き言を言うように「痛いいいーっ手が、手があああぁぁぁ……っ」とメイド達へと訴えてその手を見せた。既に真っ赤になっている。


 指の骨の一本くらいは砕けたかもね。暫くは利き手が使えないかな。お気の毒様。


「お嬢様これはどうなされたのですか!?」

「ケイト、ケイトよ! ケイトの顔が鉄のように硬かったのよ!」


 信じられないって顔付きでジョアンナは私を見てくる。他方、メイド達は不可解そうにした。だって今までジョアンナはケイトリンに頬が腫れる程に何度もビンタをしているものね。メイド達からすれば常のように何の変哲もないビンタ光景でしかない。

 私は敢えて打たれた頬をとても痛かった~って顔をして手で押さえると涙目になる。大成功で嬉し泣きよ。因みにこっちは痛くも痒くもない。

 メイド達も単にジョアンナが私の頬骨にでも指が強く当たって不運にもこうなったと判断したらしく、こっちの頬がどうかしてるって風には考えてないようだった。ま、フツーそうでしょ。


「ジョアンナお嬢様、早く手当てしましょう」


 結局メイド達から口々にそう言われて、痛みに悶えるジョアンナは従うしかない。彼女は自分でも不可解そうにはしていたけど泣きながらしっかりこっちを憎々しげに睨むのは忘れずに退散した。

 その場に一人残された私はようやく一段落と息をつく。


 一体全体何が起きていたのって?


 お察しの通り、私は鋼鉄体になれるってチート能力を発動しただけ。ビンタされる直前にね。


 これでいつでもビンタへのカウンターアタックができる。

 加えて、このケイトリンが辿るデスルートには、馬車の事故やらギロチン処刑やら殴られたり刺されたりして死ぬやら、人間の体が軟らかいがために訪れる死があるから、鋼鉄体になればたとえ馬車で崖下に転落しても死なない。ギャグ漫画よろしく人型の穴が地面に深く開くかもしれないけど何とかその穴から這い出る事さえできれば生きていられる。ギロチンだって降ってきた刃が逆に砕けて終わる。周りにいた処刑人やら他人事と野次を飛ばしていた見物人達に飛び散った破片がぶっ刺さるかもね。撲殺刺殺だってされる心配もない。


 ケイトリンが十八歳と二ヶ月の時に起きるその死亡イベントさえ回避できれば、私は一人この家を出て長生きできる。


 そうは言っても独立するには色々と準備か要りそうだから、もうしばらくはこの屋敷で無難に立ち回っていくしかないんだけど。


 その日のうちに、ジョアンナは右手に包帯ぐるぐるだった。

 だけど彼女は自分の代わりに今度はメイド達に命じて私をビンタさせた。

 カンカンカンカーーーーン! 勝者っケイトリーーーーン!

 勿論、チートな私には効かない。

 こっちも命令とは言え何度もケイトリンに嫌がらせを実行してきた相手に情けを掛けてやる義理もないから遠慮なく鉄の女になったわよ。

 まあジョアンナ程には思い切ってはいなかったらしいメイド達は利き手を少し痛めたくらいで終わったけどね。

 それには私もどこかホッとしてもいた。


 その件が継母にまで伝わるのは時間の問題だった。


 しかも誇張されてケイトリンが最愛の娘ジョアンナや彼女の侍女達に暴力を振るって怪我をさせたとか何とか。

 継母は顔やら額やらに青筋を立ててその日の夜に屋根裏部屋に乗り込んできた。呼び付けるんじゃなくわざわざ足を運んだ。

 ははーあ、手には鞭を持ってるし、私の血で他の部屋が汚れるのを嫌がったってわけだ。


「ケイトリン! お前っわたくしの可愛いジョアンナに怪我をさせたのだって? 何て性根の腐った娘なのっ。わたくしがきちんと躾けないといけないみたいね」


 そう言った継母は邪悪で酷薄な笑みを浮かべた。


「お、お母様、少しもそんなつもりはなかったのです!」

「口ではどうとでも言えるわ!」


 そこは同感同感。


「いや、お母様やめてーっ」


 その夜、屋根裏部屋では継母がビシバシ何度も何度も鞭を振るった。痛っとかぎゃっとか醜い悲鳴が上がったけど、それらは全て継母のものだ。鋼鉄ボデイにまんまと鞭が弾かれて跳ね返ったその先が何度も継母本人に当たったおかげでそうなった。危うく失笑しそうになったっけ。

 私はチートの他に服の下に仕込んだケチャップを上手い具合に滲ませて不自然じゃないように見せたから継母は疑いは持たなかった。本当なら血糊が欲しかったけど、そんなもの劇場でもないここじゃすぐに手には入らない。興奮でケチャップ臭さに疑問を持たれなかったのは幸いだった。


 ぜえはあ息を切らして腕が相当疲れただろうボロボロの継母へと私は敢えて這い寄って、ごめんなさいもうやめてと彼女のドレスの裾をケチャップ塗れの手で握り締める。


 高いドレスが駄目になった上に、忌み嫌っている継子から汚された腹立ちに激怒した継母は、こっちの予想通りに動いてくれた。


「その汚い手をさっさと放して頂戴っ! この疫病神っ……――アアアアアアア! 足がっわたくしの足がアアアアアアア!」


 継母は思いっ切り私を踏み付けた。鉄宜しく硬いものを。足首辺りからグギッと嫌な音がしたのは聞こえた。

 見れば確かに少しおかしな角度に曲がっている。


「アアアアアアアアアアアアアア!」


 継母はその場にうずくまって、部屋の入口で控えていたメイド達が顔色を変えて駆け込んでくる。


「奥様! ああっ何て事でしょう足首の骨がっ!」

「ひいいいんっ痛いいいいっ、医者を早く呼んでえええっ!」


 継母の元に残って介抱する者と医者を呼びに走る者とに分かれた。

 メイドから両脇を支えられて立った際にまた変に動かしたようで娘同様獣みたいな絶叫を上げて、後はひいひい言いながら連れて行かれたよ。私はハラハラする演技をしながらも見えない位置でべっと舌を出してお見送りしてやった。


 これで暫くはちょっかいを出して来ないはず。清々した。私はヒロインのような善人でも聖人でもないし、ジョアンナのような悪女じゃないから殺したいとまでは思わない。

 また何かしてきたらやり返しはするけどね。


 とりあえずは一時的にとは言え平和に過ごせるようになり、私はその間にこのゲームの知識を使って独立資金を稼ぐ事にした。


 まず、変装して王都の情報屋に行った。価値ある情報を売るためと、そこから独自のコネクションを築くために。

 更には、その情報を売ったお金で投資もした。

 この先価値の跳ね上がる土地をキープしたり鉱山会社の株を買ったりと色々ね。

 その他に、しっかり体を鍛えたら鋼鉄体を活用して冒険者をしようとも計画している。剣とか槍とかの正統派武器の扱いは得意じゃないけど鋼鉄体で体当たりするだけでそこそこ魔物にダメージを与えられるから。

 そこまでできたら、このゲーム世界に隠された宝物を探しにも出るつもりでいた。


 そして私は幸運にも冒険者ができるくらいにケイトリンの体を元気にする事ができた。


 稼ぎも順調順調~。このままデスルートを鋼鉄体でやりすごしてトンズラバイバイハッピー人生を送るぞ~!

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