13

「ねえシャーロット、あれからしばらく経つけど例の支援者は何も言ってこない?」

「はい、特には何も。お待たせしましたアップルパイです」

「ありがとう。……何もないならいいんだけど」


 シャーロットが丁重な手付きで皿を円テーブルに置いてくれる。

 ここはシャーロットの働くスイーツ喫茶。私は彼女に例の提案をして以来よく来るようになっていた。彼女はバイトは辞めないんだって。彼女の希望で私は冒険者ギルドのツテから食事付きの格安寮を紹介してあげたんだけど、それもせめて寮費は自分で稼ぎますからと押し切られたからだった。

 このゲームで皆から愛される真っすぐなヒロインは、逞しくも学業との両立を意気込んでいた。


 赤毛男が裏に居るかもとか、私の考え過ぎだったのかも。既にそのパトロンが学費として払った分は学生と支援者の間に入る支援団体に問い合わせて御礼状と共に全額返還の手続きも済んだ。たとえ相手が本当は善からぬ目的を持っていたとしても文句を言われないようにってわけ。


「ところでケイト様、この後はまた森に行かれるのですか?」


 シャーロットが身を屈めて小声で問い掛けてくる。


「勿論。最近は運が良くて、レアなドロップアイテムをよくゲットするのよね」

「充実しているのならいいですけど、怪我には気を付けて下さいね?」

「勿論」


 今はドレス姿の私が冒険者をやっているのをシャーロットは知っている。何度も顔を合わせるうちにもうこっちの性格もバレているから彼女と二人で話す時の口調はですます~なお嬢様言葉は抜き。向こうもその方が気楽そうだし。

 冒険者業は伯爵家の皆には実は内緒なんだと告げれば、彼女は秘密は守りますと請け合ってくれた。

 アレックスとの約束だった魔物狩りの際に世間話の延長でその話をしたら、二人だけの秘密じゃなくなったとか彼は非常にショックを受けてたっけ。

 元々必要なければ関わらないってそのつもりでもあったから、以来アレックスと二人では魔物狩りには出掛けてない。向こうからはまた行こうって魔法鳩を何度も送ってこられたけどね。

 まあその話はともかく、私もシャーロットなら口は固い、安心だと思って教えたんだけど理由はそれだけじゃない。


 この先必要なら彼女と魔物討伐に出掛けるからよ。


 ゲームシナリオ通りなら、シャーロットの能力覚醒はそろそろだ。


 彼女は近いうちに十八歳になるんだもの。


 これも時期のズレがないかと本人に聖なる力の有無を確かめたけど覚醒はまだだった。


 となれば、目が離せない。


 彼女の覚醒要因と言うか引き金が本来とは異なるだろう点が気がかりだから。彼女の覚醒は故郷で魔物に襲われ怪我をした両親を救いたいとの強い願いが成就したもので、その後奇跡の魔法を使う娘がいるって話が王都まで流れて聖女候補として見出された。


 しかしここは王都。彼女の故郷とは状況が異なる。近隣の森に魔物は出るけどここまで来るとは思えない。


 大事な人を癒したいとの強い気持ちが彼女の覚醒のトリガーだったから、似たような出来事が起こらなければ覚醒はしないかもしれない。


 聖女にならないなんて未来もあり得る。


 それは困る。世界が滅ぶ。


 それに、アレックス達メインキャラの力と彼女の聖なる力で邪悪な魔物を駆逐して、この世界を破滅から救うってのも将来的な流れだしね。


 そうならないよう、必要なら対策を練らないとならないから観察が必要なの。

 他にも理由がある。

 私を警戒してなのか、今日まで赤髪の男はシャーロットの前には現れていない。変装してとかもなさそうだ。

 しかぁーし、覚醒したら別。

 シャーロットは聖女候補から最終的には聖女になって、アレックスことアレクサンダー王子と政治的にもカップル万歳と認められる。候補だった時期、アレックスの身分を知る前から彼と共に魔物討伐に赴いていたって運命も二人の心をより強く結ぶ。

 だからこそ、敵はシャーロットを誰かと……アレックスと魔物討伐には行かせたくないはずだ。そうさせないよう邪魔をしてくるだろう。でないと、シャーロットがアレックスと恋に落ちるから。放っておくはずがない。私がそいつの立場なら。


 つまりヒロインをエサに監視していれば目当ての大魚が釣れるってわけ。ケケケ。


 話はズレるけど、この喫茶店にはアレックスとベンジャミンとも来るようになっていた。


 何故って……? あは、二人には何かと絡まれる。関わってこようとするのよねー。アレックスなんて魔物狩りの誘いをお断りしてるから余計に積極的にお茶飲みには参加してくるし。

 それに加えて、クズ父からはジョアンナが謹慎中は彼女の代わりをさせたいのか特にしつこいくらいに社交界に顔を出せと催促されて仕方がなしにそうしたんだけど、そうするとこっちの出席を知っていたみたいに二人が現れる。

 明るく華やかな舞踏会会場で目立つ美形男なんかと一緒にいたらこっちまで目立つから大抵は庭に出て衆目をやり過ごした。……無論、付いてきた二人と。二人ときたらジョアンナの金魚のフン達とどっこいよ。会場のどこに行くにもさりげなく付いてくる。


 鬱陶しいとは言え強引に避けたり排除したりしなかったのは、二人には、特にアレックスにはシャーロットと接する時間が一秒でも長く必要だと感じたからよ。

 彼と疎遠になると逆にシャーロットと会わせる機会を作れなくなる。

 私個人とは親しくなってもらわなくていいのに私個人の目的のためにはまだ距離を置けないとか、ああジレンマ。早く好き合ってくれたら肩の荷も降りるのに。

 故に私は頑張ったさ。


 その甲斐あって王道カップル二人はフレンドリーに話すようにまでなった。ベンジャミンの方も口数は少ないながらも関係良好そうだしね。


 ただまあ今だからこそ言っておくと、シャーロットに私冒険者やってまあーっすな秘密を打ち明けてから初めてアレックスとここに来た際は、彼は何でだかシャーロットを逆恨みしているみたいで無性に彼女にガンを付けていたし注文態度も悪かった。

 だからカスハラは駄目って脳天チョップしてやって叱ったらそんなんじゃないってめっちゃしょげた。ラブラブにならないといけない相手を威嚇とか駄目でしょ。全く私はいつからマッドドッグの教育係になったんだってあの時は本気で思ったわ。


 因みに、時々私の言動がガサツになるのは最早個性だと思われているのかアレックスもベンジャミンも指摘してこない。……裏ボスはつつくと後が怖いから放置でとか思われてないといい。


 話を戻すと、何故か三人は私が仲良しな彼らを眺めて村の長老のようににこにこしていると、どこか溜息にも似た安堵の息をつく。前世で舎弟達から顔色を窺われていた感じと似てるなーとは思うけど、よくわからない。


 そうして日は過ぎて行き、――とうとうシャーロットは私ケイトリンよりも一足先に十八歳になった。


 何ら変わりなく、健康に異常もなく、覚醒もなく。


 あらあらお変わりないですねー。いえいえそちらこそ全然お変わりなさそうでー……なんて脳内で白々しい貴婦人ごっこをやっている場合じゃない。


 まだ覚醒してないですとおおおっ!?


 懸念してた事態じゃないのこれーっ。

 私はスイーツの並んだ円テーブルに突っ伏して頭を抱えた。

 そんな私を気遣う声がする。


「ケイト、具合が悪いのか? 悪いなら無理をするなよ」

「屋敷に送っていくぞ。早いうちに医者に診てもらえ。また日を改めてでもエバートン嬢は責めたりしない」

「ええそうですよ。お気持ちだけでも嬉しいですのに、今日はわざわざこんな……っ。ケイト様は私のために無理を押してまで……っ」


 私を見下ろすのはアレックス、ベンジャミン、シャーロット、お決まりの三人だ。シャーロットなんて涙目。


「あー、いえ、ごめんなさいね。体調が悪いわけじゃなくて、ちょっと考え事を。突っ伏すのがたまの癖なの」


 たまにしか出ないものが果たして癖と呼べるのか誰も突っ込んでこなかったのは良かった。咄嗟の言い訳で言葉がおかしくなったのよ、うん。

 現在、彼らと集まるのが定番となったスイーツ喫茶では、私主催で実質的には数時間の貸し切りにしてもらっての誕生パーティーを開いていた。


 当然、シャーロットの。


 数時間ってのはそれまでは店も通常営業で気付かれないようにしていたからよ。そのいつもの仕事の流れで他の店員さん達にも協力を仰いで皆でおめでとーって祝ったら、本人にはサプライズにしていたのもあってか、シャーロットは感極まってさっきから鼻をぐすぐすやっていた。

 ほらアレックス、あんたの出番よ。ハンカチ差し出してやんなさい!

 ……待っていても動かなかったから、私がハンカチを差し出したわ。シャーロットはびっくり恐縮しながらも輝くとびきりの笑顔を私にくれた。いや私にくれてもねえ……ってチクショー可愛いぜロッティ!


 私は今じゃ彼女をシャーロット呼びじゃなく愛称のロッティで呼んでいる。


 男二人は未だに節度を保ってエバートン嬢呼びだけど。あああ私だけ距離詰めてどうすんだーっ!

 一つ言えるのは、どうやってこの聖女を覚醒させよかーって事よね。やっぱ私が一肌脱ぐしかない?

 それなら私に妙案がある……って、痛いだろうからホントは嫌なんだけど。


「アレックス様、つかぬ事をお訊きしますけど、一週間ロイ様をお貸し願えないでしょうか?」


 私に話しかけられてご主人様何なに~?なわんこのように嬉しそうにしたアレックスだけど、後半部分を聞くとピクリと眉を跳ね上げた。


「何故だ? あと貸しても一日だ」

「一日……」

「そもそも彼は僕の護衛をするための人員だからな」


 あ、笑顔だけど不機嫌になった。アレックスって実は結構心が狭いよねー。私とこうして会う時は絶対にロイを連れて来ない。応援してってお願いしたのにー。


「ところでロイを借りて何をするつもりなんだ? まっまさか好き過ぎて既成事実を作ろうと不埒な罠を!? 森の中、野外でなんて野生味溢れるハニートラップなら是非僕にしてくれ!」

「ケイト、こんなアホな男は無視していい。騎士が好きなら俺が騎士の制服を着たら駄目か!? 制服プレイが望みなら喜んで応じよう!」

「そんなわけねえだろがよ!! あんたらメイン男性キャラ失格だよ!!」

「ケイト様、メイン男性キャラとは?」

「はっ、ああいやっ、二人は食事で言うならメインディッシュみたいなイケメンでしょ、そんな風なニュアンスよ、あはは」

「そう、なのですか? わかるようなわからないような?」

「「メインディッシュ扱い……!?」」


 困惑するシャーロットの横では男二人が興奮したように椅子を倒して立ち上がる。もごもご口の中で呟いたからよくは聞き取れなかったけど「まだ可能性はゼロじゃない」的な事を言っていたと思う。今のたとえがどうして彼らの励みになったのかはわからない。


「変に勘繰って悪かったよケイト!」

「申し訳なかったなケイト!」


 揃ってテーブルに額を擦り付ける美青年二人の隠れた表情は弛んでいるに違いない。嗚呼、人気キャラの神オーラとか威厳がナッシング……。


「はー、いいですよもう。大袈裟にしないで下さいね。実はロイ様にはロッティと一緒に郊外の森にピクニックに付き合ってもらえないかをお願いしたかったのです。勿論彼女の護衛として。森なので魔物が出ますから、ロイ様に同行してもらえたら百人力でしょう?」

「ケイト、僕なら千人力だ。魔物討伐は得意だからな。護衛にピッタリだろう?」

「俺なら万人力だ。あらゆる最新の攻撃アイテムをも駆使すれば魔物の大群などイチコロだ。将来は護衛の中の護衛と呼ばれるようになる予定だ」

「え? あー、お二人は武芸に秀でているんですよね。お二人を誘うのも考えましたけど、そもそもお忙しい身でしょうしと除外したのです」

「「超弩級に暇だ!!」」

「あ、そうですか」


 左右から乗り出すようにして猛アピールされた。多忙だろうと変に遠慮なんてしなくて良かったらしい。まあ今日だって普通にここに来ているくらいだから時間は作れるんだろう。最初から二人に訊けば良かったかも。戦い慣れした二人が来てくれるのは素直に心強い。シャーロットの護衛面での死角がほとんどなくなるもの。


 こうして、シャーロットからの同意も得て、バイトも学校もない日に四人でのピクニック行きが決まった。でも残念、ロイ様なしかー。


 そんなわけでのシャーロット覚醒計画、開始。

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