第8話 早乙女 律
「すみません、もしかしてこれ聞かない方が良かった感じですか?」
顔を赤くして黙りこくっている僕らに気を遣って如月さんが声をかけてくる。
僕はどこか遠いところを見つめながら黙りこくることを継続していたのだけれど、早乙女さんが赤らんだ顔を横にぶんぶんと振って否定したのが横目に見えた。
「いや、全然そんなのじゃないからいくらでも聞いていいけどね」
彼女がふんと鼻を鳴らしながらそう答える。
「だったら二人は付き合ってないんですか?そんなに仲がよさそうなのに」
「うん、全然そんなのじゃないよ」
彼女は赤みが引いた顔に困り顔を浮かべて答えた。
僕と早乙女さんの関係はなんなんだろう。知り合い以上友達未満だけれど許嫁関係を結んでいる。
よく考えれば考えるほどよく分からないややこしいものだった。
そしてこれからの距離感についても考えなきゃいけない。
そう僕は考え込みながら彼女らと共に店を出て家路についた。
家に帰ると早乙女さんが先導して家の扉を開けた。
彼女は靴を脱いで上がり框に足を引っかけるとすぐに二階に駆けていく。
僕と如月さんは顔を見合わせてお互いにクエスチョンマークを浮かべていたのだけれど、途端に気恥ずかしくなってお互い顔を背けた。
「本当は早乙女さんとはどういう関係なんですか」
顔を背けたまま彼女は詰問するように僕に問いかけてくる。
「本当にさっき言った通りですよ」
そう僕が答えると彼女は「そうですか」と諦めたように言って、嘆息した。
僕にはそれがひどく癪に触ってもう一度彼女に言葉を向けた。
「いや、本当に何もないですからね」
言ってから思ったけどこんなこと言うとむしろ怪しさが倍増しているような気がする。
「はあ、分かってますよ」
彼女は苛立ちをほんのり醸し出しながら答えて、二階へと向かっていった。
僕は一階の自部屋に戻ってから何をしようかと考えて、早乙女さんにLINEを送ってみることにした。
彼女の様子がなんだかいつもと違うような気がして、僕らしくないような気がするけど、心配していた。
最初の一文は何を送ろうか悩んで、数文字打っては消す作業をしばらく続けていたけれど最終的に当たり障りのない『こんにちは』という文を送った。
いや、スタンプとかの方が良かったか?とかいろいろな考えが頭の中で渦を巻くけれど過ぎ去ったことは仕方ない。
ーー早乙女 律ーー
あたしは二階の自部屋に入る。
すぐさまフローリングの床にうつ伏せになって、あたしは自分のしたことを後悔して足をバタバタさせた。
さっきの出来事を思い出すと、頬の温度はどんどんと上がっていった。
多分、顔は真っ赤だ。
いや、そっか。そうだよね、普通に女友達と半分こするノリで半分こしたけどよくよく考えれば間接キスだもんね。
あたしがそんなどうしようもない事実を掘り起こしていると誰かが階段を登ってくる音が聞こえた。多分、叶ちゃんだ。
引き戸を滑らして部屋に入っていく音が聞こえた。多分叶ちゃんもあたしと同じように自分の部屋にいても特段何かするということはないのだろうけれど、あたしたちには今後のことを考えるためにプライベートな時間が必要だった。
その時LINEの着信音が鳴った。
スマホを取り出して確認すると相手は能星くんだった。
『こんにちは』だとかいうメッセが飛んできた。
悩んだ末に絞り出した言葉なんだろうけれどあたしはそのおかしな五文字に苦笑してしまう。
『なに、急に』あたしがいつも通りのフリック入力で打った文はぶっきらぼうに飛んで行ってしまう。
あたしがひやひやした気持ちで黄緑色の背景を見ていると、新しく、白い吹き出しが通知音と共に飛び出してきた。
『いや、なんかいつも通りじゃなかったから』
いつも通りじゃない?
いや、まあ色々あったけどあたしそんなにおかしいことしてたっけか。
『と言うと?』
あたしはもう一度フリック入力をした。
白い吹き出しがポン、と飛び出る。
すぐに返信が返ってきた。
『いつも母さんに茶化されてもなんも反応していなかったのに今更なんでかなって思って』
多分、能星くんが言っているのは、能星くんのお母さんがあたし達のことをお似合いだとか言っていた時のこと……だと思うけど。
あの時は正直たまに会う友達ぐらいの関係で、茶化されても平気だったけど今同棲している状態で叶ちゃんに彼氏彼女だとか言われるとあたしも意識してしまうというか。
『もし聞かれたくないことならごめん』
通知音と一緒に飛び出てきた新しい吹き出しに、あたしは少し申し訳なくなってしまう。
別に聞かれたくないことでもないけれど、このことを言って変に能星くんを意識させすぎても申し訳ないような気がしてあたしは話を変えた。
『というか、なんでラインだとタメ語なの?』
あたしの吹き出しに小さな既読マークがついたまま返信は返って来なかった。
許嫁はふたりいる。 ほしうみ @hosi_umi
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