第6話 昼食へ

僕が深い思考の沼にどっぷりと浸かっていると、目の前で何か動いているのに気付いた。

手だ。

ハッとして現実に戻ってくる。


「お~い、能星くん、眉間にしわ寄っているけど大丈夫?」

早乙女さんが僕の目の前で手を振っていた。


「え、あぁ、すみません」

どうやら僕はしかめっ面をしていたらしい。

僕は焦って眉間を揉んだ。


「何か考え事してた?」


「そうですね、考えれば考えるほどこの許嫁関係。特に僕と如月さんの許嫁関係がおかしいような気がして」


「う~ん、確かに私も叶ちゃんに関してそこまで分かっているわけじゃないから、何とも言えないけどいま考えても意味ないんじゃない?」


「まあそれはそうですけど……」

どことなく釈然としない気持ちが僕の中を渦巻いていた。


「本当に知りたいんだったら叶ちゃんに聞くのが一番だと思うけど」


「それは……ちょっと家庭の事情もあるでしょうし」


「ヘタレか」


「いや、そんな言うなら早乙女さんが聞いてきて下さいよ。蜜月の日々を過ごしたんでしょう?」


彼女は恥ずかしさからか頬を朱に染めて

「ちょっ、人の発言掘り起こすのやめてよね。叶ちゃんは家庭の事情もあるだろうしあたしも聞かないよ」


「ヘタレじゃないですか」


「い~や、これは気遣いだね。断じてヘタレなんかじゃない」


「じゃあ、僕も気遣いじゃないですか」


「ぐぬぬ……」


そんなやり取りをしていると真横から声がかかってきた。


「二人とも随分仲がいいんですね」

如月さんだった。いつの間にか一階に降りてきていたらしい。

僕らは横を向いて、真正面で相対する。


「あ~、まあね。あたしと能星くんの仲だもんね……って叶ちゃん目、真っ赤に腫れてるけど大丈夫?能星くんに泣かされちゃった?」

早乙女さんは悪戯な笑みと共にとんでもないことを言ってきた。

それは冗談にならないのでやめてください。切実に。


「そうですね、さっき、泣かされちゃいました」

彼女はあっけらかんと言う。いや、言ってしまった。


「え、本当に?」

早乙女さんは本当にそうだとは思っていなかったみたいで心底驚いて聞き返した。


「はい」

何の気もなしに如月さんが答える。


僕はもうどうにでもなれと思ってどこか遠いところを見つめていると早乙女さんが打ち殺さんかという勢いで睨んできているのが横目に見えた。

これまた横目で如月さんの方を見やると、ハッと何かに気づいたように口に手を当てて申し訳なさそうに僕にアイコンタクトをしてきていた。

もう少し先を見据えて欲しかった。本当に。

睨んだまま早乙女さんが口を開く。


「能星くん。ちょっとお姉さんとお話しようか」


「いや、誤解……でもないんですけど」


「ほうほう、とりあえず経緯を話してもらわないと」


僕は如月さんに目線を向けたが彼女は指で小さくバッテンを作った。

どうやら答えてはいけないらしい。

今も睨んでいる早乙女さんに僕が何を言っても無駄なような気がして、口を噤みながら如月さんに助けを求めていると彼女が代わりに口を開いた。


「ごめんね、早乙女さん。これはあんまり話したくない事なの」


「被害者の叶ちゃんが言うなら仕方ないなあ。ここは一つ見過ごしてやりますか」

早乙女さんは心底残念そうにため息をついて、僕を睨むのをやめた。


「被害者って、あたかも僕が加害者みたいに言うのどうなんです?」


「い~や、これは加害者だね、女の子を泣かすなんて何があっても罪だよ」


「はあ、そうですか」


僕が嘆息していると誰かのおなかの音が鳴った。

みんなが顔を見合わせる。


如月さんが恐る恐る挙手した。

彼女は恥ずかしさからか耳まで真っ赤になっている。


僕は時刻が気になってスマホの電源を入れるとデジタル表示で12:30が示されていた。早乙女さんも同様にスマホを取り出している。おそらく同じことを考えていたのだろう。


「もうこんな時間だったんだ。みんなどうする?どこか食べに行く?」

早乙女さんが聞く。


「そうですね、どこか近くにお店でもあれば」

これは僕だ。

僕はマップアプリを開いて近くにある飲食店を探す。


「あ~、ここから500mぐらいのところにファミレスがありますね」


「じゃあそこで。叶ちゃんもいいよね」


如月さんは少し迷った後に頷きを返して同意する。


「じゃあ、行こっか」

僕がポケットにスマホをしまっている間に早乙女さんが先導して短い廊下を渡り、靴を履いた。

僕と如月さんは一足遅れてしまったけれど、靴を履いて、外に出る。

辺りは三月の中旬にふさわしい寒々しさと暖かさが共存する不思議な空気に包まれていた。

先頭の早乙女さんが振り返って口を開く。


「ごめん、能星くん。道案内頼める?」


「はい」

僕はさっきしまったばかりのスマホを取り出して電源をつける。

僕が道案内をしながら僕ら三人は目的地まで移動し始めた。


「この角を右に曲がれば、見えてくるはずです」

僕がそう言って右に曲がると、道路の右手側沿いにファミレスがあった。


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