第4話 生活の基盤2
「ふぅ、これで一丁あがりかな」
「ありがとうございます」
僕がお礼を返すと彼女はニカッと笑って満足そうに頷いた。
それと同時にさっきからの疑問を思い出した。
「そういえば如月さん見かけなかったんですけど自部屋にこもってるんですか?」
僕の背後には自分の部屋の扉があったが開けっ放しになっていてリビングとつながっていた。
振り返ってリビングを見やると彼女のダンボール箱は二箱だけだがまだリビングにあった。
「あ〜、叶ちゃん人を気遣いすぎちゃうタイプだから混雑しないために後で荷物取りに来るんじゃないのかな」
人を気遣いすぎちゃうタイプ?
先ほどの印象からは全く像が結べなかった。
「そういえば能星くんって叶ちゃんとあの面談以前に会ったことないんだよね。LINEで叶ちゃんから聞いたよ」
「そうなんですよ。僕もそれがすごい不思議で」
「ふーん、叶ちゃんの両親が何考えてるのか全然分からないなあ。だって普通、愛娘を得体の知れない狼のところにサシで預けようとしないでしょ」
「同感です。僕が狼かどうかには一考の余地があると思いますけど」
僕はわざと不満気な顔を作って答える。
そうすると彼女は悪戯な笑みを浮かべて
「まあ能星くんなら柴犬ぐらいが関の山かなあ」
「柴犬って」
そう僕が抗議していると対面にいる彼女が声を張り上げる。
「お~い、叶ちゃん!それ運ぶの手伝おうか?」
僕が後ろを振り向くとリビングには如月さんがいた。
「いや、全然大丈夫ですよ。これぐらい二往復ぐらいすれば運びきれますし」
「いやいやそう言わずにさ、手伝うよ」
「すみません、ありがとうございます」
「うん、手伝うよ、能星くんが」
「え?」
僕は疑問符を投げかけたけれど早乙女さんの顔を見るとまたしても悪戯な笑みを浮かべていて小さく嘆息した。
結局僕は早乙女さんに腕を引っ張られてリビングまで連れられてしまった。
如月さんは僕と早乙女さんの顔を交互に見て、最後に早乙女さんをねめつけた。
対する早乙女さんは「いや~美人ににらまれると凄味がありますね~」
だとか言ってあっけらかんとしている。
「早乙女さん、能星さんに対して失礼じゃないんですか?そんなこき使っちゃって」
「いや僕は全然大丈夫ですよ」
僕がそういうと如月さんは僕のことを数瞬だけ睨んで、嘆息した。
「それじゃあ能星くんの同意も得たことだし、行ってきな、お二人さん」
僕は近場にあった段ボール箱を抱えて短い廊下を渡る。
後ろに如月さんが続く形だ。
二階に向かう階段に足を乗せて一段ずつゆっくりと上って行く。
如月さんの部屋は二階に上がったところの右手側にあって、段ボール箱を抱えたまま引き戸を滑らすと、すぐに扉が開いた。
彼女の部屋は早乙女さんの部屋と瓜二つだったけれど早乙女さんの部屋の押入れの代わりとなるようにクローゼットがあった。
さらに部屋にはベランダへの入口があった。ここに関しては彼女の部屋だけにしかない点だった。
僕は抱えていた段ボール箱を床に降ろした。
彼女も同じようにする。
不意に彼女と目が合ってしまう。
僕は気まずくて何か声をかけようとするのだけれど、口の中で言葉が反芻しては消えていって言葉を上手く紡ぐことができない。
彼女も同様なようで僕から目をそらしながら口をもごもごさせている。
「……ぁの……」
蚊が鳴くようで、それでいてぼんやりとしている声が耳朶を打った。
僕は何かの拍子でもう一度目が合ってしまわないように横目で彼女のことを見やる。
そうしていると彼女は何かに耐えるように一瞬だけ強く目を瞑って、おもむろに口を開いた。
「すみません、さっきは色々と誤解してしまっていて」
「え?あぁ、あのことですか、別に全然気にしてないですよ」
恐らく先程の玄関でのやり取りのことだろう。
「あ、そうだったんですか……それなら良いんですけど」
「そういえば僕如月さんに聞きたいことが一つあって」
先程早乙女さんと話したことについて聞こうと思ったのだけれど僕の口から出たのは少し違う言葉だった。
「失礼かもしれないんですけど、僕が二人と許嫁関係を結んでいたのにどうして僕との……い、許嫁関係を解消しなかったんですか?僕の憶測ですけど社長令嬢なら同じぐらいの歳の相手を見つけるのに苦労しないと思うんです」
するすると流れるように言葉が紡がれていった。僕が本当に知りたいことはこれなのかもしれない。
言葉を受け取った彼女は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
僕は一度横目で見るのを止めて真正面で相対した。
また目が合った。でも今回は今までと違って気まずくない。
けれど彼女の目線はすぐに宙に向かって行ってしまった。
そのままの状態で彼女が口を開く。
「そのお話を聞いて能星さんは何になるんです?」
「何になるって言われたら……多分特に何にもならないです」
「だったら私が言う必要ないですよね」
彼女は少し声を上擦らせて答える。
「……そうですね」
彼女は目尻に涙を溜めていた。
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