HERO

「ルイスがいるとはいえ、神様が相手だから何がおこるか分からない。

 何かあったらお前がこの場所を守るんだ、自分の身を守りながらな――できるか、ヘルト」


「父上、私は――」


 私は父上の言葉を聞いて緊張きんちょうから息を飲んだ。

 何故ならそれは神様が何かをしてきてノアさんや杏香きょうかに危険が迫った時、刀を手に闘えるかと私へ覚悟の有無うむを問いかける言葉だったから。

 まだ子供だから無理だと言っても恐らく父上は否定しないのだろうと思ったが、私の答えは初めて父上の闘いを目にした時から決まっていた。


「――闘えます・・・・、まだ未熟みじゅくなので父上の言うようにできるかは分かりませんが。

 私は最強の剣士デュラン・ライオットの二番弟子! 必ず父上の期待に答えて見せます!!」


 そう言うと父上はうれしそうに笑みを浮べた後、私の頭をなでてから背中を向けた。


「無理はするなよ、ヘルト――俺は天幕やルイス達よりもお前の方が大事だ。

 守り切れないと判断したら、何もかも捨てて逃げろ。約束だぞ」


「――はいっ!!」


 私へ最後に父親としての言葉を残した後、父上は先に大江おおえ山へ向かった母上の背中を物凄ものすごいスピードで追いかけだした。

 今の私では残像ざんぞうしか見ることができない父上の全力を目に焼き付けながらいつか超えてみせると決意をすると鯉口こいくちを切り、いつでも刀を抜けるようにしてから周囲の警戒けいかいを始める。


「イヤァッ! ――私の中に入ってこないでッ!! お願いめてェッ!!!」


「ッ!? ――もう大丈夫だから!! だから深呼吸をして!!」


 私がれない警戒をし続けたことで大量の汗をかき、緊張しすぎて死にそうになっていると杏香が悲鳴ひめいを上げた。

 私は警戒をルイスさんに任せてから杏香へけ寄ると、震える背中を優しくなでながら声をかけ続け。

 震えが止まるまでそうしていると、五分ほどかけてなんとか杏香は落ち着きを取り戻した。


「ハアッ、ハアッ――名前はヘルトだったわよね。今、どうなっているの?」


「……それは、その」


 私は何かを悟っているような表情の杏香に本当のことを言おうか悩んだが、言わなくても思い出すかもしれないと考えて口を開いた。


「――守天しゅてんおじさんは君が拾った宝玉に体を乗っ取られた、それをなんとかするために父上と母上が向かったけど。今どうなっているかは分からない」


「……そう、なの。ありがとう、教えてくれて」


 そう言った私はもしかしたらまた泣き叫ぶかもしれないと思って身構えたが予想とは違い、杏香は声を上げず静かに涙を流した。

 私はその姿を目の当たりにして稲妻いなづまが体を貫いたかのような衝撃を受けた――そして杏香のため何かをしてあげたいと思ってその体を抱きしめた。


「なっ、何すんのよヘルト!! はなしなさ――」


「悲しい時は思いっきり泣いていいんだ! 無理して自分を押さえ込むな!! 君が落ち着くまで私はここにいる!!! ――だから、安心してくれ」


「――い、って、えっ」


 私は父上から剣を習い始めたばかりの頃。何時まで経っても父上の剣技を身につけることができず、よく物置ものおきへ閉じこもっていた。

 そうしていると迎えに来た母上が私を抱きしめながら言ってくれたことをそのまま杏香へと言ったが、私の抱擁ほうようで落ち着かせることができるかは分からなかった。

 だが理屈を頭が考えるよりも速く体が動いてしまったため、もうこうなったらヤケクソだと思いながら杏香の背中をなでた。


「……パパ、ごめんなさい。私のせいで――うわああぁぁぁんッ!!!!」


「……酒呑童子しゅてんどうじ、許せない」


 ヘルトは大声を上げて泣き始めた杏香の姿に怒りを燃やしたが、今の自身ではどうすることもできないと理解していたため。己の弱さを恨みながらその拳を握りめた。

 そうして杏香を抱きしめていると強い気配を感じ取り、杏香を背中にかばいながら刀を抜いた。


「――なるほどな、あの剣神の子供だけあって勇気があるな。だが、勇気だけでは力の差はどうしようもないぞ?」


「……ヘルト、逃げろ。お前じゃ、どうしようも――ガアッ!?」


「フハハッ、負け犬は黙っていろ」


https://kakuyomu.jp/users/kokubyouyamana/news/16817330666849239604


 気配の正体が酒呑童子だとその姿を目にして悟ると、何時おそいかかってきてもいいよう構えを取ったが。

 その行動を見た酒呑童子ははなで笑い、足下で逃げるよう言っているルイスさんを踏み潰した。


わしはただ剣神への人質が欲しくてここに来ただけだ、抵抗しなければ痛い目に合わなくてすむぞ?」


「……例え力でおとっていても私も剣士、守るべき人がいる状況であきめることはできないッ!!」


「守る? このわしを相手に?? クハハッ――生意気なまいきな」


 私がそう返事をすると酒呑童子は青筋を立てながら姿を消したが、残像と気配だけを頼りになんとか振り下ろされた金棒かなぼうを受け流したが体勢を崩されてしまった。

 それでも諦めず再び振り下ろされた金棒へ刀を振るったが吹き飛ばされてしまい、たなに体を叩きつけられた。


「ッ!? ――ゲホッ、ゲホッ」


「その年頃にしては中々やるが、これで終わりだ。あっけな――何ィッ!?」


 全身が燃えているかのような痛みで私は止めどなく涙を流しながらもさやを支えにして立ち上がり、震える体で刀を構えた。


「――まだだッ! まだ私は闘えるぞッ!!」


「クソ生意気な小僧こぞうめ! 次で終わりにしてやる!!」


 巨大な砲弾のように見える金棒が迫ってくる中、私は先程の攻撃を一応は受け流せたことから酒呑童子は技術が自身よりも未熟ではないかと思い。震える体で金棒を受け流してからその勢いを利用した反撃をこころみた。

 するとその一撃で酒呑童子の腹を切り裂くことができたのを目にし、私は後の先が取れるのならばなんとかなると判断し。挑発ちょうはつのためたんを酒呑童子の顔へと飛ばした。


「――かかってこい!! 酒呑童子ッ!!」


「き、貴様アアアアアアッッッ!!!!!!!!!」


「……すごい」


 そうして酒呑童子の攻撃を受け流し続けていたが、やがて体力の限界がきて天幕の外に吹き飛ばされた。

 意識が飛びそうになりながらもなんとか体勢を立て直そうとしていると、誰かが私の体を受け止めた。


「――あっぱれ見事と言うしかないな、よくここまで頑張った。後は任せろ」


「……はい。お願い、します」


 受け止めてくれたのは知らない人だったが何故か悪い人ではないと感じ、優しそうなおじさんにを後のことを任せて私は意識を手放した。

 ――守りたいものを守り切れた事実をみ締めながら。







「――何者だ貴様は!! その小僧をよこせ!!!」


「断る。私はお前のような卑怯者ひきょうものに息子を人質に取られて剣神が負けるなどという、つまらん結末は遠慮えんりょしたいんでね」


 黒神はそう言いながら優しげな笑顔を浮べ、自身ができなかったことをげたヘルトを心の底から尊敬そんけいしていた。

 そして水を差すようにヘルトをうばい取ろうと飛びかかってきた酒呑童子を重力でち落とし、そのまま動きを封じた。


「な、なんだこれは!?? ――まさか重力をッ!!!!」


「そう、あやつっているとも」


 黒神はそう言いながらも十年後、恐らくこのヘルトという少年も己の前に立ちふさがるのだろうと予測して気持ちが高ぶった。

 ウィンクルム連邦国がほろぼされてからここまで気持ちが高ぶったことはなかったためおどろいたが、あまりにも愉快ゆかいで悪くない気分だった。


「――お前は黒神!? なんでお前がここに!!」


「……遅かったな、剣神。私がいなければやばかったぞ」


 少ししてデュランが来ると黒神はそう言いながら酒呑童子を重力から解放し、その後の一部始終いちぶしじゅうを見届けてからヘルトをデュランへと手渡した後。

 その場を去ろうとしたが「待てッ!」と呼び止められたため立ち止まった。


「なんだデュラン、見て分かる通り。私はその子に危害を加えてないぞ? 」


「あぁ、分かってる。そんなことよりもどういう風の吹き回しだ、ヘルトを助けるなんて」


 黒神はその問いへどう答えようか悩んだが、簡潔かんけつに言うのが一番だと判断して口を開いた。


「……十年後、私は今の世界に戦争を仕掛しかける。その時闘う人間は一人でも多い方がいい、そう判断しただけだ」


「俺の前でそんなことを言うなんていい度胸してるじゃねぇか……今回だけは見逃す、だが次はない。

 この世界を、いや――アリスの愛する・・・・・・・世界を壊そう・・・・・・ってんなら、死ぬ覚悟をしろ」


 黒神はその言葉を聞いて思わず高笑いしそうになったがなんとか耐え、再び歩き出した。


「ではまた十年後によろしく頼むよ、剣神」


「……一昨日おとといやがれ、黒神」


 そう短く言葉を交わした二人は別々の方向へ向かって歩き出すのだった。

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