第9話:後悔は、役に立たない




 誰もエスコートせず、フレドリックは王家主催の夜会へと来ていた。

 入口で名前を告げ、会場へと足を踏み入れる。豪奢なシャンデリアの明かりがフレドリックを迎えた。

 会場内にはドレスの華が咲き誇っている。

 今年の流行は、淡い色ではなく濃い色味のようで、いつもよりも会場に入った瞬間に目がチカチカした気がした。


 公爵家のフレドリックが入場する頃には、他の爵位の貴族は殆ど入場している。

 混雑を避ける為、爵位の低い者ほど早く来場して待つのである。


 他の夜会とは規模が違い、招待客が多い。

 招待状が無い代わりに、受付には貴族名簿が置かれてあり、そこで名前を告げる仕組みになっている。

 勿論平民は入れず、貴族のエスコートがあっても、元貴族であっても、ここで止められてしまうのだ。


 そして妊娠出産、療養中、自領の災害などの正当な理由があれば、前もって連絡をして欠席する事も可能である。

 突然の病欠は、それを証明する医師の診断書等を後日提出すればお咎め無しにはなる。但し、当然心象は悪くなる。自分の体調管理も出来ない、管理能力が低い者とみなされるからだ。



 フレドリックは会場中程まで行き、周りを見渡した。伯爵位の者が多く集まっている場所で、シャーロットを探していたのだ。

 一際ひときわ目を引く美貌を持つシャーロットが居れば、すぐに判るはずだった。

「……居ない?」

 いくら探しても、麗しく愛しい姿シャーロットが見つからない。

 視点を変えて周りを見渡すと、シャーロットの両親であるエッジワース伯爵がいるのに気付いた。しかし、その近くにシャーロットの姿は無い。


 なぜシャーロットが一緒に居ないのかを問おうと近付いた時、視界の隅を目当ての人物が横切った。

 視線を、いや、顔ごと動かし目的の方向を見て、そのままフレドリックは固まってしまった。



 一人で参加しているのシャーロットは、見た事もない男にエスコートされていた。

 それだけではない。

 その距離が余りにも近く、フレドリックと夫婦だった頃よりも密着している。


 周りに居る友人達と笑顔で会話しているその表情は、フレドリックの知らないものだった。

 頬を染めて、指にはめた指輪を見せびらかしている。

 公爵夫人だった頃には、そのようなみっともない事はしなかった。どれほど高価な指輪でも、誰かに自慢するような愚行は犯さない、完璧な淑女。

 だが今の彼女の方が幸せそうで、魅力的に見える。


 何かを言われたのか、横の男を見上げて視線を合わせたシャーロットは、少し拗ねたように頬を膨らませてから、花がほころぶように笑った。

 実際の年齢よりも幼く見える仕草だが、周りは馬鹿にするでは無く、温かく見守っている。

「これだから新婚は!」

 一人の男が大きな声で言い、笑いながらシャーロットの横の男の背中を何回も叩く。

 それを見ながら周りも笑っている。



「しん…こ……ん?」

 どこか遠くで声が聞こえた気がしたが、それはフレドリック自身の声だった。

 新婚と言う事は、婚約ではなく結婚をしたという事である。

 貴族は離婚後6ヶ月経てば、法律上は再婚しても問題無い。

 爵位が上になるほど覚える事も増えるので婚約期間が必要だが、元々公爵夫人だったシャーロットならばそちらも問題無いだろう。

 年齢的な事もあり、殆ど婚約期間を設けなかったのかもしれない。


「シャーロットは俺と再婚するはずだったのに……なぜだ」

 なぜだも何も、そもそも相手に打診もしていないのに勝手な話である。


 フレドリックはダーシーの離縁の時の記憶が曖昧になっていた。

 彼の中では今の今まで『相思相愛の恋愛結婚だったのに、第二夫人のせいで正妻のシャーロットが追い出され、色々こじれて誤解したままの離婚』と自分に都合良く記憶がすり替わったまま、誰にも訂正されていない。



「え?子供が!?」

「おめでとう!」

 キャーッと騒ぐのと同時に声高な女性陣の台詞が聞こえ、なぜ結婚を急いだのかも判明した。

 フレドリックの視界で、シャーロットが周りの女性達に祝われていた。先程までより更に幸せそうに微笑み、口元が言葉を紡いで動く。


「避妊薬を飲んでいては、子を成す事など出来ませんわ」


 届くはずが無いのに、シャーロットの声がフレドリックの耳に聞こえた。



「子供が生まれたので、契約通り自由にさせて頂きますわね」


「契約通り離婚が成立してます」


ワタクシ達の結婚は、契約により終わりましたのよ」


「荷物を整理しましたら、早々に退去いたしますわね。お子様とダーシー様とお幸せに」


 消えていた記憶がフレドリックの頭の中に流れ込んできた。

 シャーロットは誤解などしていなかった。

 目の前の幸せそうなシャーロットと、あの日の長年見慣れた淑女の鑑のようなシャーロットの姿が脳裏で重ならず、フレデリックを苦しめていた。




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後もう1話あります

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