第8話:浅はかな……




 フレドリックは額に手をやり、溜め息を吐き出した。

 ここ数ヶ月で癖になったその仕草は、怒りを思い出すだけだがめられない。



 多産家系の子爵家から迎えた第二夫人ダーシーは、思惑通りに後継者を産んでくれた。

 しかし、何を勘違いしたのか後継者の母となれば正妻になれると思い込み、立場を利用して侍女長や家政婦長、執事長を巻き込んで、シャーロットを追い出してしまったのだ。


 重く大きい宝石の付いた宝飾品を額に受けたフレドリックは、三日三晩意識を失っていた。

 その間にシャーロットは実家へと帰ってしまったのだ。

 フレドリックは引き止める事も出来ず、気付いたら離縁が成立していた。


 ──と、自分に都合良く記憶が改ざんされていた。


 その為、シャーロットは屋敷から何も持ち出せず、無理矢理追い出されたのだと残った荷物から判断していた。

 だから、同じ事を第二夫人にも行った。

 自分の行いは、自分に返ると思い知らせる為。所謂いわゆる制裁である。



 本当はシャーロットが自主的に実家に帰った事を知っている使用人達は、見事に口をつぐんでダーシーに罪をなすり付けた。

 独断と偏見で、正妻の部屋を主人に無断で片付け、勝手にダーシーの部屋にした事を咎められると困るからだ。

 知らなかったとはいえ、主人の意に反した行いなど、紹介状無しで屋敷を追い出されても文句の言えない行いである。


 それにダーシーは、後継者を産んではいたが、やはり子爵家令嬢なのである。

 公爵家の使用人は貴族が殆どであり、更に役職付きとなれば最低でも伯爵家出身である。


 公爵家当主の庇護のもとにある後継者の母ならば、それは仕えるべき人物となるが、当主に嫌厭けんえんされ離縁された女である。あまつさえ公爵家当主を傷付けた犯罪者に掛ける情など持ち合わせていなかった。

 ダーシーがフレドリックを傷付ける原因となった自分達の行動などは、無論考慮する事は無い。


 以上の事から、完全なる被害者であるダーシーだが、誰もかばいはしなかった。




「あの女との離婚はすぐに成立したのだな」

 フレドリックは横に控える家令へと質問をする。視線は目の前の処理中の書類のままだ。

「はい。相手は犯罪者ですので」

 家令が静かに答える。視線は次に処理してもらう予定の書類である。


「シャーロットとの離婚も成立してしまっているのだったな」

 フレドリックが口にする。やはり視線は書類のままだ。

 今度は家令への質問ではなく、独り言のようだ。

 家令は視線を書類からフレドリックへと移した。

 今更何を、という気持ちが強い視線に、フレドリックは気付かない。


「権威あるヘイゼル公爵家の後継者の母が犯罪者など、許されると思うか?」

 フレドリックの顔が家令へと向く。

「は?」

 目が合ってしまった家令は、怪訝に歪みそうな表情を、片方の眉を上げるだけにとどめた。

 さすが公爵家の家令である。


「離婚の際に理由にはいたしましたが、今後の為に、実際には刑罰が下されたわけではございませんので、お坊ちゃまに影響は無いかと」

 ダーシーの罪は、離婚理由にはされたが、公爵家の後継者の産みの母を犯罪者にするわけにはいかず、法律で裁かれたわけではなかった。



「シャーロットとやり直し、由緒正しい血筋の子供を後継者にした方が良いと思わないか?」

 フレドリックの提案に、今度こそ家令の表情が歪んだ。呆れである。

「大変申し訳ございませんが、エッジワース伯爵令嬢には避妊薬を盛っていた事も知られております。今更呼び戻すのは無理でしょう」

 しかも別居ならともかく、既に離縁が成立している。


「離婚を取り消すのではなく、再婚すれば良いだろう。出戻りでは、訳ありな男か歳の離れた男の後妻くらいしか嫁ぎ先が無い。公爵家に戻れるのならば、泣いて喜び私に感謝するに決まっている」

 自信満々に言うフレドリック。

 ここで否定しても水掛け論になると理解した家令は、静かに目線を下げる。

「3ヶ月後にございます王家主催の夜会であれば、成人貴族は参加が義務です。そこでお会いになり、提案されるのが良いかと」


 エッジワース伯爵領まで会いに行っても、空振りに終わる可能性が高い。

 下手をすれば罵倒され、追い返されるだろう。

 公の場であれば、みっともない口論はしないで持ち帰ってくれるだろう、それくらいの分別は元公爵夫人ならばあるはずだ、と家令は伏せた目の奥で考えていた。




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お読みいただき、ありがとうございます。

完結まで頑張ります。

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