第5話:もたらされたもの




 フレドリックは、執務室でその時を待っていた。

 予想より遅いが、手紙を読んで感激し、身嗜みを整えてから来るつもりなのだろうと、勝手に思っていた。

 ダーシーならば直ぐに飛んで来るだろうが、そこは公爵夫人で淑女のシャーロットだ、遅くて当たり前。そう夫の余裕を無理矢理出していた。


 はたして。

 執務室へと来訪者は来た。


 廊下をバタバタ走る足音と、侍女が「まだお体にさわります!」とたしなめる声と共に。


「フレドリック様!ありがとうございますぅ」

 ノックも無く扉を開け放ったのは、待ち焦がれたシャーロットではなく、であるダーシーだった。

 その手には、シャーロットに贈ったネックレスが握られており、耳にはイヤリングが揺れていた。



 ダーシーを見た瞬間、フレドリックの顔が歪んだ。

「なぜそれをお前が持っている!」

 憤怒の表情をしているフレドリックに怒鳴られ、ダーシーの目には涙が浮かんだ。

 それはそうだろう。

 自分の為に整えられた部屋にこれみよがしに置かれていた宝石箱を開けると、出産をいたわる手紙と贈り物が入っていた。

 そこで喜びいさんでお礼に来たら、なぜか怒鳴られたのだから。


「私の部屋に置かれてたんだから、私の物でしょう!?何で怒るの?!」

 ダーシーの台詞に、フレドリックはダーシーの後ろに控える侍女を見た。

 視線が合った侍女は静かに頭を下げ、淡々と告げる。

「旦那様の指示通り、正妻の部屋の目立つ所へ、正妻様の前で置きました」

 嘘では無いので、堂々とした態度である。


「それならばなぜ、ダーシーが勘違いをした?」

 フレドリックの言葉に、今度はダーシーの顔が怪訝に歪む。

「勘違い?勘違いって何?正妻の部屋は私の部屋よ?」

 ダーシーの説明に、今度はフレドリックが怪訝な表情になる。

「お前は正妻じゃないだろう」




 ダーシーの視線が手に持っていたネックレスとフレドリックの顔を何度か往復し、眉間に深い皺が寄った。

 完全な否定の言葉にさすがのダーシーも、あの心が踊る手紙も、この高価な贈り物も、自分宛てではなく正妻のシャーロットの物なのだと気が付いた。


 しかし、だからといって「あぁ、はい。そうですか」と認められるものでもない。

 後継者を産んでヘイゼル公爵家に一番貢献しているのは自分なのだから。

「まさか、後継者を産んだ私じゃなくて、役立たずのお飾りに、私が今まで貰った贈り物を全部足してもかなわない位高そうなを渡すつもりだったの?」

 今まで聞いた事も無い低い声が、ダーシーから発せられた。


 ダーシーの怒りの言葉と表情を受けても、フレドリックは特にひるまなかった。むしろ先程よりも怒りが抑えられ、いつものような無機質にさえ感じる平静な状態に見える。

 フレドリックは扉の側に控えている侍従へと視線を送る。

「そうなのか?」

 問われた侍従は、戸惑った視線でフレドリックの横に居る家令を見た。


「フレドリック様。侍従は決められた予算内で第二夫人への贈り物を選ぶだけで、シャーロット様への贈り物の金額を知りません」

 家令はフレドリックの耳元でコソリと進言……いや、単なる事実を報告する。

 隠そうとは思っていないようで、その声量はダーシーにも充分に聞こえる物だった。


 値段だけでなく、自分への贈り物はフレドリックが選んだ物ですら無かった事実を知りプルプル震えているダーシーに、更に追い打ちを掛ける台詞が聞こえる。

「そもそもシャーロットへの贈り物は、値段を考えた事も無いからな。比べようもない」

 冷静に、感情のこもらぬ声音で、それが当然であるというように言葉を口にするフレドリック。

 般若のような顔になったダーシーは、手に持っていたネックレスを力一杯フレドリックへと投げつけた。



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