第6話:対して
実家エッジワース伯爵家の馬車に乗ってヘイゼル公爵家を出たシャーロットは、エッジワース伯爵家のタウンハウスには戻らずに領地を目指した。
今まで住んでいたのは、ヘイゼル公爵家のタウンハウスである。
同じ王都内に居たら、いつフレドリックが訪ねて来て無理難題を押し付けてくるか判らないからだ。
領地に居る、前ヘイゼル公爵の手元には、フレドリックとの離婚が成立し、ヘイゼル公爵家と離縁が成立した知らせが届いている事だろう。
フレドリックとシャーロットが結婚して1年後に、前公爵は当主の座をフレドリックへと譲った。
その後に第二夫人のダーシーが迎えられたのだ。
結婚して1年経ち、更に当主の正妻であれば、責任感と情を感じて離婚などしないであろうという前公爵の思惑が見え見えの当主交代劇である。
「良かったわ。離婚出来て」
馬車の窓から外を眺めながら、シャーロットがポツリと呟く。
「本当に。離婚届を提出しても、離縁状が届くまでは気が気ではなかったです」
侍女も声を
誰も他に聞いてる人間は居ないのに、なぜか小声で会話してしまう二人。
貴族の離婚は、書類を提出してから認められるまでそれなりの時間が掛かる。結婚が本人達のものではなく、家同士の繋がりを重要視する政略結婚が多いせいだろう。
今回のように契約書が有る場合は比較的早いが、婚外子が居る等のどちらか有責の場合には、調査、審査される分時間が掛かる。その為に離婚届と一緒に調査報告書を提出する貴族も多い。
そして受理されると『離縁状』が2通届くのだ。
夫と妻、それぞれが保管する為である。
「それにしてもフレドリック様は変な方でしたね。避妊薬を飲ませて妊娠させないようにするなら、白い結婚で良かったではないですか」
侍女が首を傾げる。
「それは私も思ったわ。あれほど無言、無表情なのに、なぜかダーシー様の妊娠しやすい期間以外はこちらに来られるのですもの」
その態度が何をしている時の事かは、敢えて言わない。
ダーシーの件は、本人が抱かれる度にシャーロットの所へ
「新手の嫌がらせだったのかしら」
シャーロットも首を傾げる。
貴族の夫人として後継者を産む気だったシャーロットにしてみれば、避妊薬を飲んで行う夫との夜の営みは意味の無い行為で、単なる嫌がらせとしか感じていなかったようだ。
愛の営みなどという気持ちはカケラも無い。
なぜなら、そこに愛は無いから。
フレドリックは間違えたのだ。
避妊薬など飲ませずに、愛を囁き、普通に夫婦としての営みをしていれば、遅かれ早かれシャーロットは懐妊し、離婚する事もなかっただろう。
現にシャーロットは子供が居れば、離婚はしなかったと言っていたのだから。
フレドリックとしては愛の営みだったのだが、シャーロットにとっては嫌がらせだった。
性欲処理と思われなかったのは、ダーシーが居たからだろうか。
不幸中の幸い……かもしれない。
いや、どうだろうか。
愛する人に夜の営みを「性欲処理」と思われるのと「嫌がらせ」と言われるのは、どちらが不幸だろうか。
結婚してから2年半。婚約してからは8年弱。フレドリックの愛は、シャーロットには一切届いていなかった。
言わなくてもわかるだろう?フレドリックは本気でそう思っている。
何せ自分達は恋愛結婚なのだから、と。
判る……いや、解る訳が無い。
前提が間違っている。
「お嬢様、これからどうなさいますか?」
しばらく無言だった馬車の中に、侍女の声が響く。
「そうね。
答えるシャーロットの声は明るい。
恋に恋する年齢の時に、ヘイゼル公爵家からの
これから本当に恋をして、結婚、妊娠、出産と、貴族令嬢には難しい事も、再婚ならば出来るかもしれないと、密かに心が浮き立っている。
「あら、ではうちの弟などいかがですか?相手の不貞で婚約破棄になり、女性不信なのか未だに婚約者も作らずにいますの。結婚したら母方の子爵が継げますのに、商会を大きくする事に夢中で」
苦笑しながら言う侍女は、姉の顔をしている。
「私とはお話が合いそうですわね」
シャーロットは本気にはせず、フフフと笑って流す。
この時サラリと流された会話がまさか本当になるとは、勿論、二人は思っていなかった。
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