第3話:有能な使用人




 公爵夫人として手に入れた物、それにフレドリックから贈られた物全てを置いて、シャーロットは部屋を出た。


 パッと見は、まだ部屋の主人が居るように見えるだろう。

 ダーシーに渡した方の宝石箱も、なぜか部屋に戻されている。

 一度はダーシーの侍女が持って行ったのだが、直ぐに持って帰って来たのだ。

 さすがは公爵家の宝石箱である。ダーシーに投げ捨てられても、壊れも、歪みもせずに無傷だった。


「ここは正妻の部屋だから、これからはダーシー様が使うからかしら?」

 戻された宝石箱を見て、シャーロットは呟いただけで、開ける事も、触れる事すら無かった。


 もう自分には関係無いので、中身の確認をする必要も無いと思っていたのだから。


 だから、中に今年の誕生日用の贈り物と手紙が入っていたなどと、気付くはずも無かった。

 ネックレスとイヤリングのセットは見事な宝石が使われており、勿論フレドリックの瞳と同じ色をしていた。

 手紙には、最初で最後になってしまったフレドリックからの愛の言葉が綴られていた。



 シャーロットは自分専従の侍女とメイドを連れ、他の誰にも声を掛けずに屋敷を後にしていた。

 馬車はエッジワース伯爵家の物であり、馭者も当然そうである。

 当主であるフレドリックへは、離縁状を渡した時点で挨拶は済んでいると思っている。

 宝石箱の中の手紙など知る由もない。

 その為、フレドリックが執務室で手紙を読んだシャーロットが感動して駆け込んで来るのを期待していたなど、知らない。


 シャーロットが部屋へ来たら「今年の誕生日に贈るつもりだった物だ。少し早いけどおめでとう。誤解が有るみたいだけど、やり直そう」そう言おうと、何度も何度も練習していた事も知らない。




 シャーロットが退出した後の部屋は、侍女長の指示であっという間に片付けられていく。

 侍女長から見ても、シャーロットはお飾り妻であり、ダーシーの方がこの部屋に相応しいと常々思っていたので、気を利かせて早々に片付けたのだ。

 そう思った原因は、別にフレドリックの態度に問題が有った訳では無い。彼は誰にでも公平だった。公平過ぎるほどに。

 ただ単に第二夫人として嫁いで来たダーシーが直ぐに懐妊し、それが後継者である男児だっただけである。


 しかし後継者を産めない正妻など邪魔なだけで有る。

 確かに社交や女主人としての仕事などは完璧にこなしていたかもしれないが、貴族の夫人の1番の仕事は後継者を産む事だ。

 だから先代から務めている侍女長や家政婦長、そして執事長もダーシーを推していた。



「ねぇ、ドレス殆ど置いてってるわよ」

「えぇ~?もしかして呼び戻して貰う気満々?」

「でも旦那様はその気が無くて、荷物は倉庫~」

 年若いメイドがクローゼットの中を片付けながら楽しそうに話している。

 それを見て家政婦長は溜め息を漏らしたが、注意はしなかった。

 同じ事を考えたからだ。


「宝石箱はどうしましょう?」

 メイドが二人、宝石箱を持って家政婦長の所へ確認に来た。

 一つはフレドリックがシャーロットに贈った物で、中身も全てフレドリック色の宝飾品である。

 もう一つは本来入っているはずのアンティークではなく、新しい贈り物と手紙だった。



「あ!それはお部屋の目立つ所へ置くようにと、旦那様からのご指示がありました!」

 ダーシー付きの侍女が、まだシャーロットの部屋だった時に言われた事をそのまま伝える。

 しかしダーシー付きの侍女が今そう言えば、どういう解釈をされるのかは火を見るより明らかで。


「やはり旦那様もダーシー様の方がよろしかったのですわね」

 家政婦長が嬉しそうに、声高に言う。

「早く荷物を入れ替えましょう!」

「またすぐ次の子を授かるかもしれませんね」


 宝石箱の中の手紙は折りたたまれておらず、そのまま置かれていた。

 蓋を開けた者が直ぐに読めるようになっていたのだ。

 それを中身を確認する為に開いたメイドと家政婦長が読んでしまう。

 宝石箱を部屋のローテーブルの上に置いた家政婦長は、直ぐに内容を侍女長へと共有しに走った。



「まぁ!まぁまぁ!なんて素敵でしょう!」

 侍女長は、自分の考えが間違っていなかった事を知り、家政婦長や執事長と喜びあった。

 部屋の入れ替えにも力が入る。

 夕食前にはシャーロットの居た部屋は、ダーシーの部屋へと変貌を遂げていた。




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家政婦長の「よろしかった」は、昔からそうだったという表現で、態とです。

「よろしいのですわね」だと弱い気がして……

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