第2話:勘違い




 フレドリックは、シャーロットを愛していた。

 ただ公爵家の厳しい教育の賜物で、自分の感情を隠すのがとても上手くなっていたフレドリックは、シャーロットと他の人間へ向ける表情に一切の差がなかった。

 それだけならばまだ救いがあった。

 フレドリックは、態度にも表す事が無かった。


 それは、シャーロットを他と区別する事で、自分の弱点だと周りに悟られるのを避ける為だった。

 回り回って、シャーロットを守る事にもなるのだと信じて疑わなかった。

 公爵家は従うものも多いが、敵も決して少なくない。

 せめて人目の無い場所では態度か表情を変えれば良いものを、それほど器用にもなれなかった。


 そして更に残念な事に、フレドリックはシャーロットも自分を愛しているのだと勘違いしていた。


 そう。勘違いである。


 フレドリックは学園でシャーロットと出会い、その縁で婚約し結婚までいったと思っていたが、実際は父であるヘイゼル公爵がシャーロットの実家であるエッジワース伯爵家にしたものだった。


「15にもなって婚約者を決めもせず、後継者の自覚も無い。婚約者は自分で探すと見合いの席にも顔を出さん。自然な出会いを装って息子の婚約者になれ」


 そんな無理難題を押し付けられたエッジワース伯爵家は、なるべくシャーロットから話し掛けるが、1年努力してもフレドリックが婚約をする気にならなかったら、この話は無かった事にするという約束で了承したのだ。

 結果、フレドリックはシャーロットに一目惚れをし、1年も経たずに婚約は成立した。




「お嬢様、もし避妊薬が盛られず、妊娠していたらいかがいたしました?」

 シャーロットの侍女が持ち出す荷物を箱に詰めながら質問する。

 契約書には『子供が生まれたら自由』とあった。

 前公爵との間の話では第二夫人が子供を産んだら、という意味であったが、文面だけ見ればシャーロットが産んでいても適応される。


「そうね……さすがに我が子を見捨てる事はなかったと思うわ」

 シャーロットが宝飾品を分別しながら答える。

 持参した物と、公爵家から贈られた物に分けているのだ。

 分けながら、シャーロットは溜め息をいた。

「さすが公爵家ね。後継者を産ませる気も無いお飾り妻に、これ程の宝飾を贈るのだから」

 婚約者時代の物も含め、かなりの量の宝飾品が選別されていく。

 贈られた殆どがフレドリックの瞳と同じ色の宝石が使われている。ご丁寧に宝石箱の飾りまで同じ色である。

 それ以外の物は所謂いわゆるアンティークであり、代々公爵家に受け継がれている物だった。

 宝石箱も普通より頑丈で、ずっしりとした重厚感もある。



 丁度シャーロットが宝飾品を分け終わったところで、部屋の扉が開いた。

 ノックの音もせずいきなり開いた扉に、近くにいたメイドが立ち上がり走って行く。

 そのメイドを押し退けるようにして部屋へと無作法に闖入ちんにゅうして来たのは、第二夫人であり後継者を産んだダーシーである。

「あらぁ!負け犬は実家に逃げ帰るのねぇ!」

 まだコルセットが出来ないのか、ゆとりのある夜着に近いドレスを着ている。

 おそらく動けるようになってすぐにシャーロットの部屋へと来たのだろう。


 このダーシーは、妊娠が判った時からやたらとシャーロットを見下す発言をしていた。

 そして今回、産んだのが男児だった為に、更に増長したのだ。

 そのダーシーの手に、シャーロットは宝石箱を渡す。代々の当主夫人が使ってきたアンティークの方である。

「ダーシー様、これはお譲りしますわね」

 宝石箱だけでもそれなりの重さがあるのに、更に宝飾品の重さが加重された物である。かなりの重さがあった。


「いらないわよ!こんなもん!」

 ダーシーは宝石箱を床に叩きつけるように落とした。

 飛び散る宝飾品に、後ろから追い掛けていたダーシー付きの侍女が悲鳴をあげる。

 落ちた宝飾品を見たのだろう。

「ヘイゼル公爵家の家宝が!王家から下賜された宝石が!!」

 顔色を無くし宝飾品を拾い集める侍女を見て、ダーシーも慌てて一緒に拾うが、シャーロットはそれを一瞥しただけで、自分の宝石箱を荷物へと詰めた。



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