第4話 言い訳と本音

お見合いから数日が経った。


結局、寝ても覚めても真咲と藤原家のあの人の顔が交互に思い浮かび、ため息ばかりついていて、何も手につかないままだった。


授業があるから大学には行っていたものの、真咲とも会いづらくて、なんとなく避けていた。


そもそも、見合いのことを真咲には言っていなかったし、家の都合のことを、彼女に相談するのもなんだか違う気がした。


それに、真咲には特に、藤原の彼のことは言えないと思った。

なんだか、後ろめたい気持ちが強くて、真咲には隠したいと思ったのだ。


本当は、何もかもを真咲に言ってしまいたかった。

真咲に、家に捉われて身動きが取れない私を、助けてほしかった。


でも、会って間もない彼女に、こんな図々しいことを頼むなんて、どうかしてる。

そもそも、どうして真咲ならそうしてくれると思っているのか、自分でも分からない。

でも、秋葉原に連れて行ってもらった帰り、あの笑顔を向けてくれた真咲なら。

私を友達だと言ってくれた彼女なら、私を救い出してくれるんじゃないかと思えたのだ。


でも、結局は色んな感情がぐるぐると渦巻いて、どうしていいのか分からなくなる。

余計に足取りが重くて、なおさら真咲に会わせる顔がないと思えた。



だから何となく彼女を避けるようにしていたけれど、ついに、というか、真咲に見つかってしまった。


「あ、やっと会えた!茉莉ちゃーん!」

「――っ、ま、真咲!?」

「あ、ちょ、待って!何で逃げようとするの?」

「……あ、あの……ごめんなさい」

「……?まぁとりあえず座ろ」


つい逃げ出そうとする私は真咲に捕まり、これ以上は彼女からも、この事態からも逃げられないと思えた。


キャンパスの、自動販売機の近くのベンチに二人で腰かけた。


彼女は、今日も黒を纏っている。

白髪にするのはブリーチと染色の管理が難しいと聞いたけど、真咲の髪は本当に綺麗だった。


缶コーヒーを飲む彼女の指からは、前に彼女が身につけていたのと同じ指輪が光っていた。


「茉莉ちゃん、何かあったんでしょ?」

「……え、えぇ、だけど……その……」


どうしよう。

このまま、彼女にすべてを話してしまいたい。

でも、そうなると、私は彼女を、東堂家と藤原家とのことに巻き込んでしまう――


ぎゅっと目を閉じて動かない私を見て、ふいに彼女が私を包み込むように抱きしめた。


「――っ!ま、真咲!?」

「いいから。じっとしてて」


顔が熱い。

顔どころか、私の身体の全てが熱く燃えるように火照るのを感じる。

こんな場所で抱きしめられるなんて。


しかも、真咲に。

他ならぬ彼女に抱きしめられるなんて。


「茉莉ちゃん、何か悩んでるんでしょ?」

「それは……その……」

「それってさ。私が関係してたり?」

「……」

「茉莉ちゃん?」

「わ、分かりましたから!言いますから、抱きしめないでください!は、恥ずかしくて……」

「ありゃりゃ、ごめんごめん。あはは、つい」


そういうと身体を離してくれた真咲からは、どこのブランドの香水なのか分からないけれど、凛々しい印象の香りが漂ってきた。


私も香水は好きでよくつけているけれど、彼女のこの香りは、真咲のイメージ通りで、それが余計に今の私には響いた。


何に響いたのだろう。

そもそも、どうして真咲に、こういう風に感じてるんだろう。


分かりかけているようで、まだ霧が晴れない中でもがいている感じがして――

でも、真咲の香水は、それを晴らしてくれたような気がする。


身体は離してくれたけれど、手は繋いだままの真咲と私は、ベンチで隣り合ってお互いを見つめ合うような姿勢になった。


緊張する。

真咲と手を繋いで、しかもこんなに見つめ合ってるなんて……


「顔、赤いよ?熱ある?」

「だ、大丈夫ですわ……あ、あの……う、うまく言えないけれど、勘弁してちょうだいね」

「うん、大丈夫だよ。私はどこにも行かないから」

「……ありがとう。あのね、わたくし、たぶんだけど……ちょ、直接ではないけど、自分の中で迷ってるというか……」


言葉を紡いで、必死に説明しようとすればするほど、うまく言えない。

それでも真咲はじっと待ってくれていた。


お父様。

早苗。

そして――藤原家の彼。


これからの私の人生を作るであろう彼らが思い浮かぶ。



言って、いいのだろうか。


真咲が、言葉を待っていてくれていた。


ずっと、ずっと彼女のことが離れなかった。


あの日、男装喫茶で過ごしたこと。

帰りに、写真を撮ってもらったこと。


――友達になってくれたこと。


ずっと一人だった私に、やっとできた、大切な人。



――言うなら、今しかない。


深呼吸をして、一気に言った。


「……た、助けて、ほしいの。苦しくて、つらくて……どうしようもないの……」


その言葉に、もう一度真咲に抱きしめられた。

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