第3話 不意
「は?お見合いですって!?」
寝耳に水とはまさにこのこと。
真咲との、刺激的な出会いから少し経ったある日の朝、突然父から見合いの話を切り出された。
「こら。なんて言い草だ茉莉」
「ご、ごめんなさいお父様。で、でも」
「お前も自分が置かれている立場は分かっているだろう?お前には、次期総帥としての使命がある」
「……」
「それに相手は藤原家なのだからな。こちらとしてもチャンスなのだ」
「……はい」
野心を隠そうともしない父。
――私ではなく、私の向こうを見ている――
何も言えず、そして、何もできなかった。
ただ、頷くことしか。
私は早苗に服のピックアップを手伝ってもらいつつ、週末に控えた見合いの準備を進めた。
しかしあまりにも上の空であったためか、早苗に心配されてしまうのだった。
「お嬢様……」
「早苗……なぜでしょうね。わたくしの『役割』なんて、わかっていたはずですのに。整った顔立ちの方ですのに、どうしてこんなにも逃げたいのかしら」
「……私は、お嬢様をお守りするのみです。せめてお嬢様が、ひと際美しく映るように致します。それがお嬢様をお守りすることに、繋がると信じます」
「……ありがとう、早苗」
早苗も、私の沈んだ心を理解してくれている。
その上で、多くを語らず、せめて私をよく見せようとしてくれる。
その心遣いが、沁みた。
見合い写真をもう一度見る。
グループ企業の一つであり、東堂家に次ぐ規模の事業を展開する藤原家。
その御曹司。
写真からは、目鼻立ちが整った容貌に、優しそうな印象を抱く。
私は――彼とお見合いをするのか。
彼と、一緒になるのか。
そう思うと、重い心が余計に深く沈むのがわかる。
家同士の結びつきによって得られる利益。
それこそ、私の『役割』だった。
東堂家の娘として、求められていることなんだ。
でも――
頭でそう思い込もうとすればするほど、真咲のあの笑顔が脳裏に浮かんで私の心がチクリと痛む。
「……真咲……」
そんなことが思い浮かぶくらいには、私の心は、周囲の期待と、よく分からない自分の気持ちに雁字搦(がんじがら)めになっているような気がした。
ともかく会ってみよう。
会って、うまくいけば断れるかもしれない。
そう思っていた。
でも、予想外な方向に事態は動いたのだった。
見合いは、東堂グループのホテルで行われることになった。
その一室に、東堂家と藤原家の両家がテーブルをはさみ――「世間話」という形の、刃を交えるような剣戟を繰り広げていた。
饒舌な父とは裏腹に、すっかり慣れてしまった、こういう雰囲気に嫌気がさしていた。
――こういう言葉の裏の意味を互いに読み取っていくようなのはほんとに嫌ね――
ふと藤原家の嫡男――今回の見合い相手の方――に視線を投げると、たまたま目が合ったのだが、彼がにこっと、柔らかい笑顔を向けてきた。
値踏みするような目ではない、純粋な瞳。
見合い写真から伝わる雰囲気と同じ空気を纏う彼に、警戒心がほんの少し緩む。
その後彼と過ごした時間は、私の予想に反して、純粋に楽しかった。
思った以上にこちらを気遣ってくれたし、会話も適度なテンポと距離感を保ってくれる。
こちらの事情に踏み込みすぎず、自分の家のことも持ち出してこない。
何より、私が女だから、と見下すような人ではなかった。
猫を被っている可能性もあるけれど、少なくとも今日は、私を対等に扱ってくれていた。
自分の家を出しすぎず、こちらをひたすら立ててくれた。
自らを東堂家よりも優位に見せようとする人が多い中で、それはいい意味で衝撃的だったし、藤原家の名に恥じない人物であるように思えた。
「どうしよう、真咲……」
どうしよう真咲。
思ったより、いい人だったよ。
私は、どうすればいいんだろう。
どうするのが正解なの?
――目を閉じると思い浮かぶのは、真咲の笑顔だった。
「……私……どうしよう……真咲……」
彼に見送ってもらった私は、家の門の前で、ただ立ち尽くしていた。
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