第2話 邂逅
彼女に連れられていったのは、秋葉原のとある場所だった。
人通りの多い大きな通りから1本脇に入った道を進むと、雰囲気のあるバーの看板があるビルで立ち止まった。
「ここが……あなたのバイト先でして?」
ついキョロキョロと見回してしまう。
今まで出入りしたことのない店に、少しの怖さとワクワクした気持ちの両方を感じていた。
「うん。男装喫茶。来たことってある?」
「いいえ。でも知っておりますし興味もございます」
「よかった。ふふ、じゃあびっくりさせてあげるね」
よくメディアで見ていたけれど、一度はああいう人たちに接客されてみたいとは思っていた。
家のこともあって諦めかけていたが思わぬチャンスだった。
「さ、どうぞお嬢様。こちらです」
「ふふ。あまり違和感がございませんわね」
「あはは、普段からこういう格好してるしね。どうぞ」
彼女に手を引かれ、店内に入ると――
そこは、想像をはるかに超えた空間だった。
一見すると、雰囲気のあるバーの一つにも見える。
実際、お父様によく連れられる銀座のお店に雰囲気が似ていて、この街らしからぬ落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「さ、こっちに座ってて。私着替えてくるから。今日は来てくれた記念におごるから好きに注文しててね」
「いえ、お金は……」
「いいからいいから」
そういうと彼女は店の奥に引っ込んでしまった。
……どうしよう。初めて来た空間で勝手が分からない。
まごついていると、カウンターに立つキャストの方が明るく声をかけてくれた。
「おかえりなさいませお嬢様~……って、ほんとにお嬢様っぽい」
「……?」
「あ、ご、ごめんなさい。初めてでいらっしゃいますか?」
「え、ええ、初めてですけれど……」
少し変だったけれど何だったのかしら。
コスプレっぽさもあったが、店の雰囲気もあり、その人の執事服をきちんと着こなした姿はとても似合っていた。お化粧をとても上手に工夫していて、失礼と思いながらもまじまじと見つめてしまう。
「すごいですわね、想像以上ですわ」
「お、嬉しい反応ありがとう。ご注文はどうなさいますか?」
「おすすめはございますの?」
「お酒ならこれかな。今日は真咲(まさき)……さっきの子ね、がいるからこのカクテル作れるし」
へぇ。真咲って言いますのね。
自己紹介もまだだったな、と思っていると、当の本人が店の奥から姿を現した。
「って、早いね真咲」
「お待たせ。へへー、どうかな?」
「……二人並ぶと圧巻ですわね。美の圧が凄まじいですわ」
「おぉ~、嬉しいなぁそう言ってくれると」
背が高いこともあって、とてもよく似合ってる。
私服姿とは趣が異なり、執事服の落ち着いた感じと、彼女の白髪、そして元々の顔立ちが、ものすごい破壊力を持っていた。
単純に顔面力がすごい。
二人並ばれると本当に。
また、その外見と、それに反するような真咲の明るくて柔らかい口調とのギャップが凄かった。
まじまじと二人を見つめてしまい目が離せない。
特に真咲の男装姿に、こちらの顔が赤く火照ってくるようだった。
「まぁ私たち顔がいいから」
「って真咲、自分で言うかな、それ?」
「だって他に言ってくれないもーん……って、そうだ!まだ自己紹介もしてなかったよね!」
ドキドキしていて二人を眺めているだけだったけれど、すっと真咲が手を伸ばした。
ぶつかったときに差し伸べてくれたのと同じ手。
髑髏やら棘やら、いかついアクセサリーに包まれたあの手は、こんなにも温かい。
白髪に髑髏といった外見からは想像できない、まるで太陽のような彼女は、明るい声で自己紹介をしてくれた。
「私は藤野真咲(ふじのまさき)!1年生だよ。よろしくね!あと、さっきはぶつかってごめん」
「わたくしは東堂茉莉(とうどうまつり)。こちらこそぶつかってしまってごめんなさい。わたくしのことは茉莉と呼んでくださいな」
彼女の手を取り、私も自己紹介をした。
せっかく東堂のことを知らないのだ。ずっと、可能な限り、家のことは伏せておきたかった。
――誰もかれも、家のことを知った途端、私と距離を取り始めていったから。
それに、真咲の温かい手に包まれて、懐かしい気持ちになっていた。
もう随分、誰かの体温なんて感じたことはない。
「茉莉ちゃんかぁ。よろしくね。あ、何年生なの?」
「4年生でしてよ、新入生さん」
「わぁ、めっちゃ先輩じゃん!あ、敬語のほうがいいかなぁ、どうしよう」
急に慌てふためく彼女が、なんだか可愛い。
ふふ、と笑みがこぼれてしまった。
「今更敬語なんて必要なくてよ。それに急に距離を取られても嫌ですし」
「そっかぁ、あはは、よかった!慣れないことなんてしたらぼろが出ちゃうからねー」
初めての空間。
そして、初めての友人になってくれそうな人。
居心地の悪さはいつの間にか消えていて、彼女たちとの時間を楽しむことができた。
その後、お勧めのカクテルを注文したり、真咲達キャスト二人と一緒にポラロイドカメラで撮影してもらったりして、思っていたよりもずっと男装喫茶という非日常空間を満喫した。
少し火照った顔と身体を冷ますように、真咲とゆっくりと歩いていたけれど、どうしてももう一つお願いをしたくて、勇気を出して声をかけた。
「あの……真咲」
「ん?なぁに茉莉ちゃん」
ゴシックなイヤリングが車のライトでちょうど照らされていた。
逆光になっているけれど、秋葉原駅に向かう道の真ん中で立ち止まって私を振り返った真咲が、笑顔を向けてくれているのが分かった。
「その……しゃ、写真を……一緒に撮っていただけないかしら」
「お店の恰好してないけどいい?」
「それは、その……さきほどの真咲の姿はちゃんとポラロイドカメラで撮らせていただいたし。そうではなくて、今のあなたと……その、写りたくて」
「なんだ、いいに決まってるじゃない。茉莉ちゃんのスマホ貸して」
こんなことを頼むのは気恥ずかしくて。
他の人が、大勢でこうやって写真を撮り合っているのを、羨ましく遠くから眺めているだけだったけど……。
「ほら、いくよー。ハイ、チーズ」
「……って、ま、真咲!ち、近いですわ!」
他人と壁を作って、「バカみたい」と軽蔑していた昔の私を、彼女は掬い上げてくれる。
結局あれは、羨ましかっただけだと、今はよく分かる。
顔をこんなに寄せ合って、はしゃいだようにピースサインなんか作って、私ったら何を……。
少しだけよぎったそんな考えは、体温まで感じられるほどの距離で彼女が顔を寄せ、頬が触れてしまったことで搔き消えてしまった。
「茉莉ちゃん照れまくってる。あは、可愛いんだぁ」
「ま、真咲が近いからですわ!撮り直しを要求いたします!」
こんな風に接してくれることなんて、今までなかった。
真咲との出会いは、特別なものになった。
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