第17話 家出少女、将来の夢を持つ
次の日、朝飯前に自宅戻る。
「う~。寒いな。もっとキャンプ系の装備、買ってみるか。いやでもこの時代のより数年先に購入したほうが、長持ちする製品が多いし…いつ買うかな。ただいま~。」
2階にある俺の部屋から、パタパタと音を立てて家出少女が降りてくる。
「あ、おは…おはようございます、真田さん。大丈夫ですか?」
「うん、寒いけど楽しいね。」
「あ、ああ、すみま…」
「謝っちゃ駄目。」
「あう…」
「ゆっくり休めた?」
「は…はい。それはもう!こんなにスッキリ寝たのっていつ以来だろうって感じで…」
強いストレスで生きて来たんだな。
俺も副業が上手くいかない時代、いくら寝てもスッキリしないことがあった。
やはり、気持ちからスッキリしなければ。
睡眠というのはいい効果を発揮しないものだ。
「まあ今日は俺学校に行ってくるから。それから帰ってきてから仕事をし始めよう。」
「え?あの…それまでは?」
「仕事場にその年齢の娘がその時間にいたらウチの父親がトラブルに巻き込まれちゃうね。それまでは…これ。」
色んなDVDを渡した。
「え?これは…?」
「最近のアニメやらなにやら。昨日レンタルショップで借りてみた。」
「えっ…。そんな、私なにか出来ることを手伝います…。そんな楽しんでなんて…いられな…」
「貴方に…工藤梨沙さんに、俺は業務を授けます。」
「は…はい!」
「そのDVDを観て、面白いかどうかの判断。物語のあらすじ、キャラの相関図を書いてみて欲しい。何にも知らない俺にわかりやすいように。OK?」
「は…はい。でも何で?」
「そのアニメの情報まとめたサイトを作って、運営してみようと思って。運営方法を学んだら工藤さんも自分で出来るしね。んで数年後には、動画で解説できるようになってみようか。」
「????」
「とりあえず、楽しんで観てみてよ。まずはそこから。要は俺のブログ作りを手伝ってってこと。俺、ご飯前にシャワー浴びてきてもいい?」
「は…はい。すみません、邪魔しちゃって。」
「…大丈夫。さあ今日も悪口言われに学校行くかー。」
父と母にも、その時に会えた。本当に優しい表情を向けてくれる。
「おかえりー、寒かった?」
「おう、おはよう。倉庫はどうだった。」
「なんだか楽しい時間だね、いいコトしているから余計に。…ただいま、母さん、父さん。」
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今日の学校も、特に言うことはない。
数学、社会、体育、英語、進学コースの勉強
これが俺の授業内容。
一回学んだとは思えないほど、新鮮に感じる授業内容に驚きを感じる。
「俺、本当にこれを覚えてテストしてたっけ?」
体育で陸上競技に参加すれば、瞬く間に息が切れていく。
英語は翻訳アプリを使い続けたせいか、全く単語が入ってこない。
まさか前世が足を引っ張るとは。技術の進歩で能力が低下する、いい例だ。
人間、楽を覚えすぎてはいけないと感じてしまう。
ここまでを踏まえて、俺が若返ってから感じる日常と何ら大差がない。
ただ一つ言うことがあるとすれば、今まで全く興味のなかった他のクラスメート達は確実に俺を根暗だの、挨拶はするようになったけど仏頂面だの、何だの言っていた。
…気づかないってのも幸せなことだった。
33歳の精神年齢で高校生活する身になってくれ。積極的に関わろうなんて思わないだろう。
そう思っていたら「去年から一緒だけど、ずっとあんな感じ。」という言葉も聞こえてきた。なるほど。昔から俺は変わっていない可能性もあるね。
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「ただいまー。」
足早に帰宅する。一年も経つと若返った我が家に慣れるものだ。
「……りぃ…、今2か……だ…らぁ~。」
ぼんやり、家族から言われた多分おかえりの言葉を受け取って、俺は自室に向かう。
「んん~。」
階段を足早に登って、自室のドアを勢いよく開き、そのままの流れでベッドに飛び込む。何にも考えずに。
バフッ。
ベッドに何か違和感を感じて、俺はなんとなく両手で引き寄せてみた。
「~~~~~~~!!」
「んん?」
ムギュウ~~~。
「うきゃぅっ!!」
「…え?」
いつものベッドの感触と違って、混乱する。
「あ、おかえり…なさい…」
「おあああっ!!なな何で俺のベッドに… ベッドに… ベ…ッド…。」
どんどん頭が冴えていく。
「…そうでした、昨日から泊まって頂いたんでした。本当にごめんなさい。…年下の女の子にボディプレスをかますとは…」
「はは…いえいえ。びっくりしましたが、…嫌では…無かったです。」
「ビンタでもなんでも、受け入れるから。」
「…ぶー。しませんよぉ。」
階下から母親の声がする。
「おかえり~。今2階に梨沙ちゃんいるんだからね~。わかってる~?」
母親の言葉は偉大だ。ちゃんと聞くべきだと身をもって今感じる。
問題は少しだけ。ほんの少しだけ遅いということだ。
…違うな。俺がちゃんと聞いていなかったせいだな。
「本当にすまない」
「ふふ…何度も謝っちゃ駄目。ですよ?」
「…!…参ったな。言い返せない」
工藤さんは大きく笑って…辛そうに話した。
「…あはは。…あの、前に言いましたが、私はもう汚れてしまった人間です。真田さんが望めば…応えたいなって…」
一瞬、その場の雰囲気が変わった。
「…工藤さん、それは辞めよう。君は、君は…汚れてなんかない!」
強い口調で制する。だが止まらない。
「…佐々木さんの事が好きとか…ですか?」
「違うよ。…大事な友人だ」
「ふふっ…。佐々木さんはどうですかね? じゃぁ…私…魅力、無いですか?」
そう言って俺の手を、自分の胸に持っていく
フニュ…
「…っ!!!」
「私、同世代では大きい方…かなって。真田さんなら…私…」
「工藤さん…駄目だ。」
拒否したような反応になり、工藤さんは非常に暗い表情になる。
「…やっぱり、嫌ですよね。こんな女…」
「…違う、違うんだ。君は…勘違いしているよ。」
「え?」
その言葉で、工藤さんは手を離す。
「…確かに、工藤さんは可愛い。そして魅力的だ。…でもこんな形でする事は…なんというか嬉しくないし、…俺は悲しくなる。」
「…よく、わかりません」
「…男性に簡単に身体を許すのを辞めてくれる方が、嬉しいってこと。」
「…私も、人間です。好きでもない人間に…されてしまった事を。少しでも好きな人に上書きして…欲しいです…」
俺は首を横に振る。
それを観て、工藤さんは耐えきれず…目に涙が溢れていった。
俺は何も言えず、工藤さんは泣き始めてしまった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
つらい経験は徐々にその重みを増していく。それは何故か。
自覚したことで自分の価値を下げてしまったり、ふとした瞬間に思い出し、気持ちが強く落ち込む事が多くある。
これはボディブローのように何度も、何度もその人間にダメージを負わせていく。
2023年、東京のビルを中心とした「◯横」と呼ばれる家出少女が多く集まる場所が生まれている。これは自分の居場所を無くした娘達が集まり、自分の価値を狂わせてしまった事で悪い大人がそれを利用していく事で強制力のある居場所が生まれてしまっている。
そんな人間は性に関する敷居が下がってしまう。自分の価値を勘違いしてしまう。
簡単に身体を許した経験が、【自分なんて】という気持ちにさせてしまい、余計に自己を大事にしなくなっていく。
工藤さんも、それに近しい状況に…至ってしまって居るのではないか。
そう俺は考えた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…ううっうえっ、グスン…すみ…すみませ…」
「…大丈夫。工藤さんはこれから、辛かった過去を明るい未来に変える事が出来るんだ。そんな簡単に…もう身体を許しては…いけないよ?」
「…うう…は…はい。」
「…俺も男だ。可愛い、魅力的な君に誘われて嬉しくない訳が…ない。いつか…こんな事が続いたら、我慢出来ないことだって有るかも入れない。」
「…え?」
工藤さんがそれを聞いて、泣き腫らした顔でこちらを見てくる。
「…だけど。…だけど、君のその…自分を汚いと思う価値観は。…つらくなる。俺はそんな君をいいようにしてしまったら…自分で自分を…許せなく…なる。」
「…真田…さん。…ごめん…なさい。」
「わかって…くれた?」
「…はい。なんとなくですが。」
「…真田さんが、良い人だって事だけは本当に理解できました。」
「真田く~ん、お邪魔しま~す!」
階下から佐々木さんの声がした。
「あ、ちょうどいいな。さあ…仕事を覚えていこうか?」
だいぶ落ち着いた工藤さんは頷いて、俺と一緒に階下に行こうとする。
「…まってくれ、そのまま行く気?」
「…?…はい。」
工藤さんの顔を見て、俺は父や母、そして佐々木さんにどう言えばよいものかをしばらく考えてしまうことになった。
「???…ふふっ。考えてばかりですね。」
工藤さんはよく分かっていない様子であった。
だが、一つ明確な変化が。工藤さんには起きた。
「…真田さん。私、どんな仕事でも良い。頑張る。だから…だから…自分の、自分のことに…胸を張れるような…そんな人に。私はなりたいです…。」
「…ああ。大丈夫だ。君ならなれる。」
まるで、非常に重い荷物を降ろしたような。
そんな軽やかな表情を、工藤さんは見せてくれた。
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