私の罪



 「パフォーマンスはもうしません」



 優しく告げた言葉にリュカくんが固まる。なぜ断られたか想像すらできないだろう。




 


 見て見ぬふりをしていた事実。時間が経つほどに私の中で重くのしかかる。

 故意じゃない。偶然だった。そんなのは言い訳に過ぎない。



 「えっと……」


 

 提案を断った私を困惑した目が見つめる。それでも精一杯取り繕っているんだろう。口元は笑みを浮かべていた。


 多分、私の意図は読めていない。当然だ。理解してもらうつもりはないのだから。



 「私の仕事は皆さんの助けることです。今までは治療や雑談で充分でした。でも、これからは違います。私でも頑張れば違法アイテムに辿り着けるようになりました。恐らく私の知らない所でも被害が出ているのでしょう。リュカくんのような被害者を出さないためにも私が頑張らないといけないのです」



 ぎこちない笑顔に早口でまくし立てる。出来るだけリュカくんに喋る隙を与えたくなかった。


 その姿は彼が望んだもの。偶然に偶然が重なり手に入れた理想の姿。たとえ彼の願いであったとしても、それは間違っている。


 リュカくんは被害者だ。でも世間はそれを認めない。

 これ以上、彼を犯罪者のままにしたくない。だからこそ、私が元に戻すんだ。


 嘘つき呼ばわりされてもいい。いくらでも手を汚す。私が差し出せる物なら、喜んで差し出そう。



 その代わり、この願いだけは叶える。



 彼を罪人にしてしまった。そんな私が出来る最低限の贖罪しょくざいだからだ。



 「だからって、大切な趣味の時間を犠牲にしなくても……」



 「そもそも、シスターの仕事だけでも忙しいのですよ。趣味ごときに時間を使う暇はありません」



 戸惑う彼に、もっともらしい回答をぶつける。

 時間は限られている。だから取捨選択がこれまで以上に重要だ。

 趣味は切り捨てた方がいい。シスターの仕事にも無駄がある。軽い雑談は切り捨てるべきだ。冒険者の治療があると言えば納得してくれるだろう。



 求められるのは更なる情報。


 そのためにも、回復の仕事をもっと引き受けなければ。それとは別に適当なパーティに同行するのはどうだろ? 

 1回同行したら次は別のパーティに、そこにも同行したらまた別のパーティに。

 何度かやっていれば、お目当ての情報に辿り着けるかもしれない。


 リュカくんを救えば、必然的にみんなを救える。合理的で迅速に臨む未来へと導ける。私の考えは間違っていないはず。間違っていないんだ。



 「なら、俺の目を見て言って」



 目まぐるしく流れる思考。その思考が彼の言葉によって止められる。


 ゆっくりと顔を上げるとライトブラウンの瞳と目が合った。ゆらゆらと揺れる炎が瞳の明度を上げる。


 いつの間に下を向いていたみたいだ。


 呆然とした目と半開きになった口。リュカくんの悲しそうな表情を見て、それらに慌てて笑顔を塗り重ねた。



 「すみません。掃除でかなり消耗してしまったみたいですね。つい、視線が下がってしまいました。さあ夕食を食べて、早めに寝る準備でもしましょう」



 「はぐらかさないで。ちゃんと言って」



 いつもの口調でそう言い、自然な動きで料理に手を伸ばす。しかし料理にはありつけない。



 私の動きを止めた正体。それは糸だった。


 ろうそくの火に照らされ、キラリと輝く。見渡すと辺りを天井や壁を経由した糸が私の手首に巻きついていた。

 見失ってしまいそうなくらい細い糸。縛りつける痛みも重さもない。その気遣いが一層罪悪感を増幅させる。


 強引に動かそうとした力が抜ける。

 もう全てが嫌だった。



 リュカくんが出す糸は通常の魔法とは異なる。不用意に使わせると疑いをかけられる可能性が高い。



 『犯罪者であることを伝えてはいけない』

 『犯罪者であることを悟らせてはいけない』

 『リュカくんに糸を使わせてはいけない』

 『出来るだけ人と会わせてはいけない』

 『違法アイテムの情報を集めなければならない』

 『彼に協力を仰いではいけない』

 『元に戻る方法を探さなければならない』



 全てが必須事項で全てが最優先事項。


 私に求められるのは、これらの詰め合わせたワガママで完璧な動き。



 「俺が原因なら直すから。どんなことでも頑張るから言って」



 「いえ、リュカくんは悪くないですよ」



 「だったら、どうしてパフォーマンスを止めるとか言い出すの?」



 「ですから、それはシスターの仕事が忙しくて――」



 「それじゃ理由にならない。仕事量は今までと一緒のはずだし」



 「違法アイテムの情報収集を頑張りたいのですよ。聞き込みをしたり、パーティに入ったり。だから趣味ごときに時間を割く余裕がなくなります」



 「それって俺は手伝えない? 糸の魔法なら何にでも使えると思うけど」



 「……それが出来ないんですよ」



 純粋に投げかけられる質問の数々。彼に悪気はない。むしろ助けようとしてくれている。



 それを理解しているからこそ、辛かった。



 歯痒さが怒りに変わる。覚悟が反発心に変わる。

 極限状態で保たれていた精神が、目の前の灯火のように次第に揺らぎ始めた。



 「ほら、ガボンさんも言ってたじゃん。俺の力を利用すれば、どこに行っても結果が出せるって。1人で抱え込む必要はないって。俺ならいくらでも――」



 「君は犯罪者なんですよ!」




 伝えてはいけない。悟らせてはいけない。己に貸した約束が簡単に崩れ去った。

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