ゴミは無くなり、理想は消えて
荷車を押し進める。私は前から。リュカくんは後ろから。
最初は荷車の持ち手を握っていた。年季により黒く変色した木の持ち手。劣化は見た目だけじゃない。金具が茶色に染まった荷車は進むだけで必要以上の力を要する。
握力は次第に奪われていき、指の付け根は真っ赤に染まる。握るのをやめて手のひらだけで推し始めたが、それも限界だ。
古くなった車輪は私の代わりにと悲鳴をあげる。物置の中で眠っていた年月は誤魔化せない。
もう寿命が近い荷車。そんな老体に運ばせるのがゴミの数々だと誰が想像しただろうか。
「シスター……もうちょっとで終わりだから」
「……はい」
後ろから苦しそうな声が聞こえた。
ささくれの目立つ木。目の前を埋め尽くすゴミの山。気を抜けば生臭い匂いに鼻が襲われる。
少し考えれば分かる劣悪な環境。それを知ってが知らずか、リュカくんは後ろを選んだ。
リュカくんが子供の姿だったなら「じゃあ、交代でやろうね」と提案していた。でも、今はそれどころじゃない。
これから一緒に暮らす。
その事実が時間と共に重くのしかかってくる。動揺、葛藤、不安。頭の中を駆け巡る様々な感情。
もう雑談をする余裕はなかった。
「……到着!」
半ば呆然と押し進めていた荷車が目的地に着いた。
敷地内に掘った大きな穴。そこに荷車で運んできた大量のゴミを入れていく。
触れることすら
室内に封じ込められていたゴミたちを2人で外に掃き出し、荷車で運んで穴に放り込む。
吐き気を誘発する色彩。酸味がする匂いは肌の奥まで浸透しているんだろう。家と穴を往復するのも疲れた。一向に片付かない家と体にまとわりつく臭気。
私がしっかりしていれば。
自身の失態に誰かを巻き込んでいるこの状況が嫌だった。
「……こういうの『初めての共同作業』って言うんだっけ?」
「え?」
落ち込む私に声がかかる。顔を上げると悪戯っぽく笑う顔があった。
困らせたかったわけじゃない。しかし、心身ともに疲労に染まった私には、何と返せばいいか分からなかった。
何を言うでもなく、ただリュカくんの顔を見つめる。
しばらく続く無の時間。先に根を上げたのはリュカくんだった。
「ちょ、シスター! 冗談だって! そんな顔されたら恥ずいし……あー、もう。ミスった」
顔を真っ赤にしながら作業に戻る。
雑な作業から伝わる恥ずかしさ誤魔化し。今の私でもそれだけは理解できた。
そうだ。彼はずっと私を気遣っていたんだ。
街でおじさんたちに絡まれた時も、パフォーマンスに見せかけて正体を明かした時も動揺しないように揶揄って和らげてくれた。荷車を押す時も何かと不都合な後ろ側に回ってくれたし、それに今だって――
自然と上がる口角。それはきっと、あと少しで片付けが終わる達成感だけじゃない。
「はい。これで終了っと」
庭に掘った大きな穴に最後のゴミを投げ入れる。最初は掘りすぎと思っていた穴も、こうしてみると完璧な調整だ。
穴の淵にしゃがみ、中を覗き込む。非現実的な色彩と独特の臭いが、本能的に体を後ろに
滲む視界に空が広がる。空の青と綿雲の白が今までにないほど綺麗に見えた。
また今度。また今度と引き伸ばしにしていた大量のゴミたち。それらがここに集結しているなんて。
頼れる大人。年上のお姉さん。いつも優しいシスター。ミステリアスな仮面の女性。
リュカくんが私に抱いていたはずのイメージが蓄えられたゴミと一緒に無くなる。ここまで来ると、むしろ清々しい。
自分で生み出した混沌に自分で
そんな私をよそに、リュカくんはスコップで掘り返した土をゴミの上に被せていた。
地面に腰を下ろしたままリュカくんを見る。
Tシャツとデニム姿で作業を進めていくリュカくん。
服で汗を拭うたびに見える腹筋を、つい横目で見てしまう。
割れた腹筋。血管の浮き出た腕。
どこからどう見ても大人の男性だ。
つい昨日まで子供だったなんて誰が信じるだろう。無邪気で心のオアシスだったリュカくんを私は大人にしてしまった。
人を空中で操れるほどの糸の能力を手に入れた。もう一般人という枠には括れない。リュカくんの実家に帰らすことも出来ず、監視という名目で
その生活はいつまで
「コラ、シスター! サボってないで仕事しろ! 次は箒で床の掃除。その次はレイアウト決め。まだ、やる事は残ってるから!」
「あ、はい!」
実質年齢8歳、見た目年齢18歳のリュカくん。どちらにせよ26歳の私の方が年上のはず。
しかし掃除に関して私は無力だ。リュカくんの怒号に従わなければならない。
近くにあった箒を手に取り、彼の指示通り自宅へと踏み込んだ。
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