浮ついた過ち
「ミモザも大変だな。同情するよ」
チャーチベンチの背もたれに腰をかけた男性。言葉だけの同情をした彼は、そのまま大きな欠伸をした。
馬鹿みたいに広げた口。長年蓄積されたヤニは彼の歯を黄色に染める。
恥ずかしげ手で隠すわけでもなく、そのまま体内の空気を吐き出す。
1つ嫌な部分が見つかれば、好きだった部分も嫌になる。まるで終盤でひっくり返された駒のように。
彫りが深い顔は威圧感があり、長く
私がリュカくんを求めるようになったのも、この男が原因だろう。
口を閉じていればイケメンなのに。
さっきまで幸せに包まれていた空間が一瞬のうちに汚されていく。
「へぇ、同情なんて出来るのですね。驚きです」
「おいおい、回復魔法を使えるお前が戦場に駆り出されないのは俺のおかげだからな。あまり雑にあしらうのはよくないんじゃないか?」
「分かっています。それについては感謝はしていますよ。とにかく待っていてください。例のポーション持ってきますから」
そう言葉を残し裏口から出る。閉まる扉の隙間から見えた彼は、再度大きな欠伸をしていた。
軽く嫌味を言ったつもりだったのに。まさか本気で噛みついてくるなんて思いもしなかった。
揚げ足を取るわけでもなく、すぐに「俺のおかげ」という言葉に頼る。
あの時この人に好意を抱いたのは、間違いだったかも知れない。
魔法を使えるというステータスは、どこに行っても重宝される。かつて全国を旅していた私も例外じゃない。
この教会でシスターとして生きることを決意しても、数多の手がパーティに入れようと狙ってくる。
あれは買い物帰りの時だった。
突如現れたの数人の冒険者が私を囲む。荷物で魔法陣を描くことも出来ない私の腕を掴み、執拗に引っ張る冒険者たち。
要件はいつも通りの勧誘だった。
冒険者の治療があるからパーティには入れない。そう丁寧に伝えるが、覆い被せるように勧誘を続ける。
私の主張には耳を貸さないくせに、自分たちの主張を押し通そうとする彼らが怖かった。
「あー、お前ら。ちょっと話あるんだが」
少し威圧感のある低音が、彼らを黙らせる。声のした方向を見ると、色黒の男性が立っていた。
黒い長髪に彫りの深い顔。第二ボタンまで開けたシャツから見える胸筋とパンパンに膨らんだ上腕二頭筋。髪の毛をかき上げる些細な仕草さが妙に色っぽかった。
ワイルドな男性に見惚れる私。しかし、取り囲む冒険者たちには恐ろしく見えたようだ。
勧誘を止め、一目散に走り去る。気付けば2人っきりになっていた。
「あーマジか……じゃあ、アンタでいいや。違法アイテムの噂聞いたことある?」
「違法アイテム?」
「怪しいポーションとか武器とか。何でもいいんだけど……その様子じゃ知らないよな」
「し、知っています!」
食いつくように言葉を発した。
半歩踏み出し、見上げる。すぐに目を逸らしたのは恥ずかしさからか。それとも嘘をついた罪悪感か。
恩返しをしたい。その気持ちは嘘ではない。しかし、その裏に控える淡い期待を自覚していた。
「本当か⁈ 情報を――いや、どうせなら現物が欲しい! アンタ、シスターだよな? しばらくしたら教会に行くから。それまでに用意してくれ! 頼んだからな!」
興奮気味に捲し立てる。言葉を返すどころか会話の内容を理解する暇すらない。
そんなことは、どうでも良かった。
助けてくれた余韻はまだ消えない。
赤らんだ顔を隠すように何度も頷く。強引だとしても、喜びを隠しきれない彼の声に心が浮ついた。
「それじゃ」と言葉を残して去っていく彼。当時は名前も知らなかった。
街の方へ向かっていく彼。顔を上げたのは走り始めた後だった。
遠くなっていく背中に小さく手を振る。走る彼にそんなこと分かるはずがない。それでも良かった。
恋するシスターは必死だ。
利用されているだけとはつゆ知らず、健気に働く。
あくまで恩返しのため。そう言い聞かせつつ、私は情報収集に専念する日々。
職業上、私は多くの冒険者と関わる。
行けば傷を治してくれて、話も聞いてくれるシスター。私への信頼は私が思っている以上に厚かった。
情報を持っていそうな冒険者を他愛もない雑談で引き留め、クッキーで気を緩ませる。
表情、呼吸、抑揚、間。全てに気を張りつつ、それを相手に悟らせてはいけない。治療より雑談の方が消耗が激しかった。
そして3度目のガボンの催促の際に無事、違法アイテムを手渡すことができた。
「お、やっと来た。じゃあ、これも」
頑張った割にはお礼はなかった。その代わりに渡されたのはメモ用紙程度の小さな紙。そこには読ませる気のない、汚い文字がびっしりと埋まっていた。
「えっと……これは?」
「俺が探している違法アイテム。これからも頼む」
勧誘してくる輩を追い払う存在。それと引き換えに手に入れたものとしては、これ以上ないほど最悪なものだった。
「にしてもタイミング悪いですね。せっかくリュカくんが遊びに来てくれたのに」
聞こえないように独り言を呟き、教会を出る。外に出ると見慣れた木の小屋が私を待っていた。
木の温かみを感じる真四角の家。広すぎず、狭すぎず。1人で住むのにちょうどいい大きさを考え抜き、作成した。
技術と時間と費用から三角屋根は設置できなかったけど、これはこれで好きだ。
窓の外につけた小さな木の扉も可愛くて気に入っている。
それなりに試行錯誤を繰り返し、満足のいく形にはなったと思う。それでも住めば住むほど、欠陥住宅だと判明する。
雨が降れば雨漏りはするし、静かに歩いても床が軋む。おまけに庇がないため、窓からは日光がダイレクトに部屋に差し込む。
暑いし眩しいという理由で外付けの扉を閉めると、今度は真っ暗になる。暑さと暗さ。どちらを切り離すか選んだ末、こうして真っ暗な部屋を選んだ。
理想を詰め込んだはずだった。しかし時間と共に不便さを感じ、その不便さも時間と共に薄れていく。
そんな一周回って何も感じなくなった徒歩数秒の我が家に辿り着く。そして、手首足首をストレッチしてからドアノブに手をかけた。
軽く息を吐き、右足を半歩後ろにズラす。重心を落とし、そのまま一気に扉を引いた。
べゴッ!
扉らしからぬ音と共に土埃が舞い上がる。建築の知識はあっても、経験はない。
意外と手狭で、収納がなく、扉を開ける際に一動入魂が必要になる。
味があるという言葉では拭えないほどの欠陥物件。そんなマイホームを、足を高くあげ慎重に進んでいく。
「うわっ、ゴミ屋敷じゃん」
後方から声がした。片足立ちの状態で振り抜くと扉の所にガボンが立っていた。
「暗いし、湿気も酷いし、廊下の概念もないし。これ掃除したら虫うじゃうじゃ出てくるだろ。俺掃除しようか?」
「勝手に触らないでください! というか待っていてくださいって言いましたよね⁈ どうしているんですか?」
「お前がどんな所に住んでるのか気になったから」
「キモっ……って、あ! 掃除しないでって!」
「分かったから。はよ、取ってこい」
「あー、もうっ!」
私に目もくれることなく、その場にしゃがみ私物を漁る。
魔法で吹き飛ばしてやろうか? いや、でも実力行使をしたとしても、この男には分かってもらえない。なら、早く例の物を持ってきた方が賢いか。
ぶつけようのない怒りを何とか抑え込み、ゴミだらけの部屋を歩く。
高く上げ歩くのも止め、いつのまにか蹴散らしながら歩いていた。
キッチンに分かりやすく置いてあったポーションを
床が軋む音に混じり、鳴りを潜めていた何かがカサカサと音を立てたが気がした。それでも玄関の害虫よりはマシだった。
玄関まで一気に走り切ると、案の定ガボンが廊下の荷物を手際よく外に出していた。
「掃除しないでって言いましたよね?」
引き攣った笑顔で声をかける。だが、私の怒りは届かなかったみたいだ。
立ち上がり、手をパンパンと払う。そして呑気な顔のまま差し出したポーションを手に取った。
「お、頼まれた物あるな。やれば出来んじゃん」
「何様なんですか⁈」
「気にすんなって。それより、ミモザ。1つ気になることがあるんだけど」
「そうやって、あなたはすぐ話を逸らす。そもそも、あなたは依頼する立場なのですから、もう少し謙虚な態度を――」
「これ半分くらい減ってない?」
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