第61話 家族風呂で混浴 ~お背中流しますね~

「俺は向こうの壁の方を向いてるから」

 俺が2人とは反対側の壁を指差すと、


「お心遣い感謝します」

 ミスティがぺこりと小さく頭を下げた。

 俺はすぐに壁のほうを向く。


(こらこらミスティ。ちゃんと計画通りに話を進めんか。ここは大きなアピールポイントであったはず。練習した通りに『家族の間でそんな遠慮は必要ありませんよ』と答え、考える間を与えぬ間に服を脱がぬか。ここでアピールせんで、どこでアピールすると言うのじゃ)


(そうは言っても、やっぱり恥ずかしくてですね……)


(うーむ、せっかくわらわが萌え萌えキュンなラブコメシナリオを用意したというのに、奥手女子と鈍感男子ではちっとも話が進まんのぅ)


(すみません。次の作戦は頑張りますので)


(いいや、2人のキャラ設定を物語展開に落とし込めなかったわらわのプロットミスの面が大きいのじゃ。ミスティが謝る必要はないのじゃよ)


 2人が小声で何ごとか話していたが、もちろんこそこそと盗み聞きをしたりはしない。


 脱衣所ではお互いに裸を見てしまわないように、背中合わせで服を脱いでから。

 先にパパっと裸になった俺は早速、家族風呂の中へと入っていった。


 家族風呂は、3人で入るには割と広めな感じの石造りの温泉だ。


 もちろん一般的な大浴場のように大きな温泉がいくつもある――ってなわけではないものの、良い感じにこじんまりとした石造りの温泉には、たいそう風情があった。


「すごく雰囲気があるなぁ」


 これには俺も、満足顔で頷かざるを得ない。

 さすが聖魔王が愛用しただけのことはあるな。


 俺はまず、伝統と格式のかもしだす空気感を十分に楽しんでから、洗い場のイスに座ると身体を洗いはじめた。


 温泉にかけ湯だけで入るのは俺的にはNGである。

 もちろんその辺は人それぞれなので異論は認める。

 その辺フリーダムな人はいるし、これはあくまで俺のジャスティスであるからして。


 そんなことを考えながら身体を洗っていると、


「お背中流しますね」

 続いて入ってきたミスティが、俺の背中のすぐ後ろに座った。


「いや、いいよ。身体くらい自分で洗うからさ」


「ご遠慮なさらず。それにもうボディソープで泡々を作っちゃいましたから――えいっ!」


 ミスティはそう言うと、俺の返事も待たずに泡にまみれた手で直接俺の背中に触れて、優しくさするように撫で始めた。


「ん――っ」


 こそばゆさに一瞬ビクッとなって、思わず小さな声が漏れてしまう。


「たくましい背中ですね……男の人の背中って感じです」

「お、おう。そうか……なんか照れるな」


「せっかくなので、後でわたしの背中も洗ってくれませんか? な、なんちゃって!?」


 ミスティがいかにも冗談っぽく言った。

 だけど声が固かったので、多分かなり緊張しながら言ったのが感じられる。


「俺が、ミスティの背中を、か?」


「はい……あの、だめ……でしょうか?」


 恐々と不安そうに尋ねてくるミスティの声を聞いていると、なんだか無性に安心させてあげたくなってしまい、


「せっかく家族風呂に入ってるんだし、後で交代しようか」


 俺はついついそんなことを口走ってしまった。


「えへへ……ありがとうございます」


 ミスティはミスティで、俺がそう答えるとなんとも嬉しそうに小さく笑って。


 そのままお互いに黙り込んでしまい、何とも言えないむずがゆい空気が俺たちの間に生まれる。


「――ところで魔王さま。魔王さまは何で静かに見守るように見ているんだ? そんなとこで突っ立ってると身体が冷えるだろ?」


 なぜか幼女魔王さまが満足そうな顔で、入り口を入ってすぐのところで立ちんぼしていた。

 たちこめる湯煙のおかげで際どい所は見えてこないので、そこは安心だ。


「なーに、わらわはそこまで野暮ではないのじゃよ。仲睦まじい2人の裸の付き合いを見守るのも、これまた魔王であわらわ妾の務めであるからして。うむ、眼福眼福」


 幼女魔王さまがどや顔でそう言った。


「どんな務めだよ……小さい子を見守る母親じゃないんだからさ」


「子の成長を見守る母とな……うむ、言い得て妙なのじゃ」


「それに仲睦まじいって、別にそんなんじゃないだろ……いや仲はいいけどさ。まったくなに言ってんだよ、なぁミスティ?」


「えっと、あの、えへ、えへへ……」


 俺の問いかけに、しかしミスティは曖昧な笑いを返してくる。


 ミスティの甘えたような仕草が、いつにも増して可愛らしく感じられるというか、なんでか俺の方まで気恥ずかしくなってきて――。


 なんだろうこの気持ち。

 よく分からないけど、決して嫌な気持ちではなかった。

 むしろ胸の奥がじんわりと温かくなるような、不思議な感覚で――。


 そんなやりとりをした後。

 最終的に幼女魔王さまも一緒になって身体を洗いっこしてから、俺たち3人は待ちに待った温泉につかることにした。

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