第41話 俺のスローライフ

「おおおおおぉぉぉぉぉ――――っ!」

 黒曜の精霊剣・プリズマノワールによる、激烈なる不意の一撃を、


「精霊騎士ハルト・カミカゼ! 貴様どういうつもりだ!」

 しかし勇者は、聖剣でもって強引にはじき返した。


「やるな!」

 それを見て思わず俺の口からは称賛の言葉が漏れ出でる。

 それでも今の渾身の一撃による衝撃はかなりのものだ。


「ちっ――!」

 勇者は育ちが悪そうな舌打ちをすると、いったん俺との距離をとった。

 手が軽くしびれたのだろう。

 手の平を振って痺れを逃がそうとしている。


 これでとりあえず、しばらくは攻撃してこないか。


「よ、ベル。まだ生きているよな? 後は俺が引き受けた。ベルは本陣まで下がって、魔王さまとミスティを守ってくれ」


「あ、ああ。分かった。助かったぜハルト」


 勇者に対して黒曜の精霊剣・プリズマノワールの切っ先を向けながら、満身創痍まんしんそういで下がっていくベルを守っていると、


「ハルト様!」

 ミスティの期待のこもった弾んだ声と、


「ハルト、なぜ来たのじゃ!?」

 ミスティとは対照的に、責めるような幼女魔王さまの声が聞こえてきた。


「なぜって言われると、世話になっている魔王さまに助太刀したかったからだな」

 単純明快な理由だ。


「助太刀じゃと? わらわはそんなことは頼んではおらぬのじゃ!」

「頼まれちゃいないが、最初に会った時に俺は言っただろ? 元・勇者パーティの俺にとって、人を助けるのに理由なんて要らないんだって」


「じゃがわらわはハルトにスローライフをしておれと、そううておいたはずじゃ!」


「それなんだけどさ? ゲーゲンパレスに来てからこっち、ずっと2人に面倒見てもらっていただろ? だから俺1人で過ごしていても、どうにも味気あじけないんだよなぁ」


「なっ、味気ないなどと、そんな勝手な理由で」


「いいや、これはとても大事なことなんだ。一人で過ごすスローライフは、俺の求めるものとは違っていた。おかげで俺は気が付いたんだ。魔王さまとミスティがいて初めて、俺のスローライフは最高の輝きを放つんだってことにさ」


「ハルト……」


「だから2人を連れ戻しに来た。俺がスローライフを満喫するためには、魔王さまとミスティが欠かせないから。つまり俺は、魔王さまから要請された通りに、スローライフを完璧に満喫するための行動をしたまでだ」


「な、な、な――」

 俺の言葉に幼女魔王さまが絶句した。


「ハルト様――」

 その隣ではミスティが頬を紅潮させ、目を潤ませながら俺を見つめている。


 戦場に立つ幼女魔王さまの側近として気丈に振る舞ってはいたが、劣勢な戦況が続き、涙が出そうになるくらいに怖かったんだろうな、きっと。

 間に合って本当によかった。


「そういうわけで、だ。言いたいことは後で全部聞くからさ。だからこの場は黙って俺に預けてくれ」

「…………」


 言いたいことだけ言った俺は、魔王さまの返事を待たずに勇者へと向き直った。


「よっ、久しぶりだな。俺が追放されてからだから、4か月ぶりくらいか?」

 軽く手を上げて挨拶すると、


「精霊騎士ハルト・カミカゼ。風の噂で南部魔国にいるとは聞いていたが、まさか本当だったとはね」

 勇者は眉間にしわを寄せて、苦り切った表情で言葉を返す。


「いろいろ縁があって、今は魔王さまのところでやっかいになっているんだ。俺は今、魔王さまとミスティと一緒にスローライフをしているからさ。2人に死なれるとすごく困るんだ」


「いけしゃあしゃあと……! そうやって君はいつも僕の神経を逆なでしてくるんだ!」

「昔も今も、俺にはそんなつもりは全くないんだけど」


「どの口が言う! いや――そうだな。ふふっ、よく考えたらいい機会じゃないか。今この場所でなら、追放などといったまどろっこしいことをしなくとも、合法的に君を亡き者にできるんだから」


「怖いこと言うなよな。なぁ勇者、昔のよしみで兵を引いてくれるとありがたいんだけど」


「なにを寝ぼけたことを言っている。これだけの兵を動員して、手柄も立てずにおめおめと帰れるものか。それに――」

 勇者がニヤリと獰猛どうもうな笑みを浮かべた。


「ハルト、君とは一度白黒はっきりつけたかったんだ。ボクは君のことが前から気に入らなかったからね」

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