第24話 美菜の涙

「は、母上!? えっ…何で此処にいるんですか!?

 ……じゃなくて!!何でがこの学園にいるのですか!?」


 本来ならば……この場にいたらダメな筈の母上である美菜に抱きしめられながらそう叫ぶ僕の声が理事長室内に木霊する。

 無論、僕以外のこの場にいる全員が突如として襲来してきた天皇陛下の登場に驚き、声を出せずにいると同時に戸惑いの表情を浮かべていた。

 そんな感じの中、母上が僕を解放したと同時に言う……この場に漂っている空気を全く気にも留めていない感じで。


「ふぅ、久しぶりに会う俊ちゃんを堪能出来たわ~♪」


 ……何言っているの、この人?

 この……なんとも言えない感じで漂っている空気を察して発言して欲しいんだけど。


 そう思ったのは僕だけではなかったようで、母上の登場に呆気にとられていたお爺様が口を開く。


「美菜様……何の予告もなく現れないでいただきたい。

 毎回毎回、唐突過ぎますぞ!

 皇居ならば兎も角、此処は安全な場所ではないのですから!

 もう少しご自分が日本にとって失ってはならない最重要な地位の立場に就いていることを自覚して行動していただきたい!」


 これに対し母上は全く反省していない、といった感じのニコニコ顔で言う。


「もうその説教は聞き飽きたし耳にタコが出来てしまっているわよ、繁信。

 言われるまでもなく自分が天皇という最重要な地位に就いていることは自覚しているし、必要最低限の警備部隊を伴って来ているわ。

 我が子達が殆ど私に会いに来ないから、今、こうして皇居を抜け出して会いに来る羽目になっているのだけれどね。

 だよね?俊ちゃん、俊介?」


 そう悲しい目で最後に僕と兄貴を見て言う母上。


 確かにそれを言われると僕や兄貴、朱璃は何も言えなくなる。

 現にお爺様も口を閉じちゃったし、ね。

 殆ど会いに行かないことで母上に悲しい思いをさせてしまっていることに対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 だけどね母上……これだけは言わせて欲しい。


 そう思いながら僕は未だに至近距離にいる母上の目を見ながら言う。


「……それを言われると僕や兄貴、朱璃は何も言えませんし、悲しい思いをさせて申し訳ないと思っています。

 ですけど母上……いくら母上の子供で皇族の一員であっても、頻繁に天皇陛下である母上に気軽に会いには行けないんですよ。

 世間体、というものがありますので」


 それに対し母上はというと……何故か呆れた表情をしたと思ったらニヤッとした表情で何かを企んでいそうだな、と思えるような表情をしながら言う。


「……はぁ、俊ちゃんなら絶対にそう言うと思っていたわ。

 母親の私からすれば悲しかったけれども。

 だけど今後は世間体を気にすることなく私に会いに来れるようになったから、安心して気兼ねなく皇居に遊びにいらっしゃいね♪

 宮内庁と政府に圧力をかけておきましたから、ね♪

 家族が気軽に皇居に遊びに来ることが出来ないなら"天皇を辞めます"ってね♪」


「……聞き間違いでしょうか。

 母上……今、何て言いましたか?」


「え、何て言ったのかって、宮内庁と政府に圧力─」


「いえ、その後に言ったことです、母上」


「その後に私が言ったこと?

 家族が気軽に皇居に遊びに来ることが出来ないなら"天皇を辞めます"っていうセリフのこと?」


 そう首を可愛らしく傾げながら僕の質問に対してそう言う母上。

 だけどそんな母上に僕らは声を張り上げながら口を揃えて言った。


「「「「「「何を馬鹿なことを言っているんじゃ!(ですか!)(だよ!)(のですか!?)」」」」」」※

 ※お爺様→僕と詩織→兄貴→沙苗の順

 ※上記以外の護衛の皆さんは絶句中


 そう僕らが叫んだ後で、今度は個別に言う。


「母上、そんな理由で圧力をかけるのは辞めてください!

 それと天皇を辞めます、何て言うのも辞めて下さい!

 僕はまだ天皇になる気はありませんからね!」


「馬鹿なことを言うもんじゃないぞ!

 流石に天皇を辞めます、と言うのは言い過ぎじゃ!」


「美菜様、それは流石にどうかと私も思います!」


「母さん、それは流石にダメだろ!」


「私も流石にそれはどうかと思います…」


 この全員からの責めを受けた母上は、涙目になりがら声を張り上げて言う。


「しくしく……皆してそこまで私を責めなくてもいいじゃないのよ!

 私は天皇だから俊ちゃん達と一緒に暮らせないのよ?

 だからこれくらいの我儘は許して欲しい、と思ったのよ!

 少しは我が子達に会えない寂しさを、俊ちゃん達にも分かって欲しかったのよ!

 ただ、それだけだったのに……うわぁぁぁぁぁぁん!!」


 そう目から涙を流しながら言った母上。

 僕らは母上が思っていた感情を直に聞き、責めた事を恥じた。

 だから気付けば声を揃えて言っていた。


「「「「「……ごめんなさい」」」」」


 そして暫くの間、理事長室内には母上の泣く声だけが響き続けていた…。



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