第13話 本来は学校に行くべきなんだろうけど…

 阿久比が刑事達により大会議室から出ていってから暫しの時間が経った後、泣き腫らした表情をしながら詩織が僕らに言う。


「皆様にご迷惑をおかけしましたこと、申し訳ありませんでした。

 それと共に助けてもいただき、ありがとうございました!!」


 そう言ってから皆に頭を下げた詩織にお爺様が声を掛ける。


「詩織嬢、頭を上げるのだ。

 ここに集まった皆が詩織嬢の力になりたいと思っての事。

 だから詩織嬢の感謝は受け取るが、謝罪するのは違うと儂は思っておる。

 無論、儂だけでなく皆も思っているであろうがの」


 その言葉に僕らも詩織を見ながら頷く。


「詩織嬢が小さい時から桜坂家と瀬戸崎家はお互いに家族ぐるみで付き合いがあるし、身内だとも思ってるから謝罪はしなくてもいいよ。

 力を貸すのは当然のことだし……それ以前に俺は警察だから犯罪者を取り締まる義務がある。

 だから困った事があれば、俊吾を通じてでもいいから遠慮なく相談してくれ。

 最も、俺が動く前に俊吾がいち早く行動を始めてしまうだろうけど」


「俊吾様の身内同然の御方である詩織様の力になるのは当然のことです。

 ですから詩織様、私にも謝罪は不要です」


「詩織さんには以前、私の家のゴタゴタに巻き込んでしまった上で助けてもらったわ。

 だから今回は恩返しの意味も込めて、微力だけど力にないたいと思ったのよ?

 だけど結局、私は彼を睨みつけていたに過ぎなかったけれどね…」


「詩織さん、皆さんの言う通りだと私も思います。

 感謝は受け取りますが、私にも謝罪はなしでお願いします。

 それ以前に私も沙苗さんと同様に、何のお役にも立ててはいなかったと思っています」


「詩織…皆が言っている通り、僕らに謝罪はしなくてもいいんだよ?

 それに詩織には笑顔が一番似合ってると僕は思ってるよ」


「俊君、皆さん……ありがとうございますっ!!」


 皆からの言葉に詩織はまた泣きそうになりながら、感謝の言葉と共に再び頭を下げる。



 暫くして、兄貴が口を開く。


「そういえば俊吾。

 今からでも学園に向かうのかい?」


 そう聞かれた僕はチラッと壁に掛けられた時計で時間を見た後、兄貴に答える。


「いや、流石に今の時間帯から学園には向かわないよ。

 それに学園に向かう気力は、僕を含めて残ってないと思うし……」


「……確かにそうだったな。

 野暮なこと聞いて悪かった。


 さて、無事に決着したことだし解散するかい?」


 兄貴の提案にお爺様が口を開く。


「うむ、それでいいのではないかと儂は思うが…俊吾はどう思う?」


「はい、僕もそれで依存はありませんよお爺様」


「うむ、それでは解散するとしよう。

 儂も学園に戻らねばならぬから先に失礼する。

 また夜に屋敷でな」


 そう言ってからお爺様は大会議室から出ていった。

 その後に続くように僕らも大会議室を後にし、警視庁1階ロビーへと移動する。

 移動する途中、僕は城西学園と美園女学院へ電話を掛け、欠席する旨を先生に伝えておいた。



 ロビーに移動した僕らに、桃花さんが話し掛けてくる。


「皆様、お車を正面入口前に回してきますので、暫しこのロビー内にてお待ちください。

 では失礼致します」


「わかった」


 そう桃花さんに言って見送った僕に、今度は朱璃が声を掛けてくる。


「お兄様? エレベーター内で学園と女学院に欠席する旨を電話にてお伝えていましたので、このまま屋敷に戻るってことでしょうか?」


「そうするつもりだよ?

 皆の心情的に、今から授業を受けに行っても集中することは出来ないだろうなって判断したからね。


 ん~と……もしかしてだけど、何処か寄りたい場所でもあった?

 あったのなら寄ってもらうけど?

 ……欠席連絡した以上、本来なら真っ直ぐに帰宅しなければならないが」


 すると朱璃は少し思案した後、再び口を開く。


「……でしたら渋谷に寄ってもらっても良いでしょうか?

 本来はお兄様の言う通りなんですけどね…」


「渋谷に? 別に構わないけど…何か買う物があるのかい?」


「何時も使っている化粧品の残りが少なくなってきましたので、予備を買っておこうかと思いまして。

 明日だと切らしてしまうかもしれませんので」


「分かった。 なら渋谷に寄ってから屋敷に戻ることにしよう」

(はぁ、僕ってホント昔から義妹には甘ちゃんだなぁ…。

 いや、身内に甘い…が正解か)


「ありがとうございます、お兄様!」


 そう言いながら嬉しそうな表情で僕に飛びついてくる朱璃。

 だけどね朱璃さん……此処は警視庁なんだから少しは自重して欲しかったよ、兄の心情としては。

 だって僕らを暖かい目で周りの警察関係者の皆様が見てくるから、ね……。

 ほら、だから沙苗も僕の左腕に抱きつ…い…てき……って沙苗?

 何で君まで僕に抱きついてくるのでしょうかねぇ。

 ああ、周りの視線が更に生暖かくなったじゃないか!!

 ……詩織までもが僕の正面から抱きついてきているんですが、見てないで何とかして下さいよ皆さん!!


 そんな僕らの光景を、正面入口前に車を回してから僕らを呼びに戻ってきた桃花さんにバッチリと見られてしまう。


「俊吾様……この僅か数分の間に何があれば詩織様方が抱きついている、という状況になるのですか?」


 そう言いながらジト目を僕に向けてくる桃花さん。


「……僕が知りたいくらいだよ」


「……俊吾様は女性に甘過ぎます!

 特に身内関係の女性に、です!

 ……っと皆様、早くお車に乗って下さい!」


 そう言う桃花さんに追い立てられるように僕らは車に乗り、警視庁を後にする。



 警視庁を後にした僕らは、桃花さんに指示を出して渋谷へと向かう。

 朱璃が買いたいと言った化粧品を求めて。



 暫く移動した後、渋谷に到着した僕らは車から降りて朱璃が求めている化粧品が売っている店を目指し、人がごった返す中を歩き始める。

 店へと向かう中、僕の左隣を歩いていた沙苗が僕に言ってくる。

 因みに僕の左隣に沙苗と桃花さん、右隣には朱璃と詩織が並んで歩いているという構図である。

 そして僕らの周囲には間を空けて歩く護衛達……なんだけど、黒服の男達は勿論だけど、メイド服を着たメイド護衛隊は特に目立っていて、周囲からの注目を浴びていたとだけ追記しておく。


「俊吾、私は初めて渋谷に来たけど…何時もこんなに人で溢れかえっているの?」


「まぁ、毎日こんな感じだよ。

 朝と夕方と夜、休日の方が更に人で溢れてるよこの渋谷はね。

 それから───」


 沙苗が言った"渋谷には初めて来た"という言葉に引っ掛かりを覚えたが、それには"敢えて"触れずに僕は沙苗に渋谷のことを掻い摘んで説明していく。


「───渋谷については理解したわ。

 だから俊吾、説明ありがとね!」


「いや、礼には及ばないよ。

 もっと詳しく説明したかったんだが、話すと長くなりそうだったからね。

 だから詳しい説明はまたの機会にってことで」


「ええ! その時はまたよろしくね、俊吾!」


 そう僕に沙苗がお礼を言い終えたタイミングで、朱璃が僕に言う。


「あっ、お兄様! この店が私の目的地になります!」


 そう言って朱璃が指差した方向を見ると、そこには【ドルティア渋谷本店】があった。

 ドルティアは全国各地に出店している総合テナントショップで、朱璃が使っている化粧品も含めた様々なジャンルの商品を取り揃えている店である。

 渋谷に……というよりも、朱璃が指差している建物が本社であり、その親会社が瀬戸崎財閥グループだったりする(但し、世間一般には未公表)。

 そのドルティアを見上げながら僕が苦笑いしているのに気付いた朱璃が僕に聞いてくる。

 ……実をいうと朱璃は、ドルティアが瀬戸崎財閥グループの傘下企業の1つであることを知らないのである。

 あ、沙苗もか。

 この中で知っているのは、詩織と桃花さんと周囲にいる護衛達のみである。


「お兄様? ドルティアを見上げながら苦笑いしていらっしゃいますが、どうかしたのですか?」


「いや、なんでもないよ朱璃。

 ただ単に大きいなと思ってね」

(本当はここの会長と鉢合わせしたくないだけだなんて言えない……。

見つかったら永遠と愚痴を聞かされるだろうから、ね)


「確かに何時見ても大きいですよね!


 さて、では皆様参りましょうか!

 私が求める化粧品売り場は6階になりますので。

 それと中は広いので、はぐれないようご注意下さい!

 まぁ、お兄様にくっついていれば大丈夫だと思いますが」


 そう言った朱璃は有言実行とばかりに僕の左腕に自身の腕を絡ませると、引っ張るようにグイグイと中に入っていく。

 それに追順するように残りの3人が、僕の手を掴んだり背中によじ登ってきましたよ、うん……。

 因みに背中によじ登ってくるのは詩織だ。


 そんなわけで僕ら一行はエレベーター乗り場へと向かう……というよりも朱璃が僕を引っ張ったまま一直線に目指していたから向かう他なかった。


 買い物客でごった返す店内をグイグイと進むこと約10分後、僕らはエレベーター乗り場前に辿り着く。

 辿り着いた僕らは待ち時間なくすんなりとエレベーターに乗ることに成功し、6階へと向かった。



 エレベーターが6階で停止した後、降りた僕らはというと……相変わらず僕の腕をグイグイ引っ張りながら人の並を掻き分けて進む朱璃に苦笑しながらも、化粧品売り場へと向かっていく。

 そして人の並に逆らって進み続けること約数分後、遂に僕らは朱璃が普段使っている化粧品が売られている売り場前に辿り着く……のと同時に僕は詩織に苦言を言う。


「……詩織、目的地に着いたから僕の背中から降りて欲しいんだけど?」


「……ホントはおりたくないですが、私も化粧品を見たいので"仕方がなく"ですけど、降りることにします」


 そう言ってから詩織がようやく僕の背中から降りてくれた。

 詩織が降りてくれたお陰で背中が一気に軽くなったが、何故か今度は桃花さんが僕の背中によじ登ってきたのである。


「何で桃花さんが僕の背中によじ登っているのかを聞いてもいいかな?

 ……僕以外に見え───」


「───嫌なので直ぐに降りますっ!!!」


「……だったら最初から乗ってこなければ良かったんじゃないのかな?」


「詩織様が羨ましかったんです!!

 ですが……衆人観衆の中では、やめときます。

 俊吾様以外の男性には、その……見られたくないですので」

(僕にも見せたらダメだと思うよ?)


 そう言って頬を真っ赤にしてモジモジする桃花さん。


「……それが賢明な判断だと僕は思うよ」


「……ですよね」


「……さて桃花さん、僕らも売り場内に入ろうか」


 そう桃花さんに僕は言った。

 そして先に売り場内に入っていった朱璃達を追うように、僕と桃花さんも売り場内に足を踏み入れた。


 僕ら2人よりも先に売り場内に入っていった朱璃達を探しつつ、僕と桃花さんは様々な化粧品を見ながら店内を見て回る。

 それから少しして、ある化粧水が置かれている棚の前で立ち止まった桃花さんが僕の方を見て言う。


「…この化粧水が欲しいです、俊吾様」


 そう言って桃花さんが棚から手に取った化粧水には、


【これを使用した後に自分が好きだと思っている男性と出掛けると、その人と恋人になれる】


 と書かれていた。

 要は、世の女性達が恋する男性と恋人になれますように、という願かけに近い感じの商品である。

 その化粧水を僕に買って欲しいと言ってきた桃花さんの目は、真剣そのものだった。

 だから僕は桃花さんに言う。


「何時も頑張ってくれているご褒美に買ってあげるね」


「……っ!?ありがとうございます!!」


 そうお礼を僕に言った桃花さんと共に、朱璃達に見つからないように商品を持ってレジに向かい、購入後に僕は約束通りにご褒美として桃花さんへと渡す。

 ラッピングされた化粧水を僕から渡された桃花さんは、嬉しそうな表情をしながら胸の前で大切そうに両手で抱えんでいた。

 だけどその後、朱璃達にバレた僕が朱璃達にも化粧品を強制的に買わされたのは言うまでもない話である。

 結局、朱璃達にも買わされたが…皆の笑顔を見ることが出来た僕は良かったと思った。



 それ以降も様々な売り場で買い物をしまくった僕らは、沢山の袋をそれぞれが両手いっぱいに持ちながらドルティアを後にし、車へと向けて渋谷の街を歩く。


「……皆、これは流石に買い過ぎじゃない?」


「お兄様? この位の量は女性にとっては当たり前の量ですよ?」


「そうですよ俊吾様! 女の子にとってはこの位の量は当たり前のことです!」


「私は渋谷での買い物が初めてだったから…はしゃいだ上で沢山買ってしまったわ」


「俊君、これが世の中の女性達の真の姿ですよ?

 でもね俊君……俊君も私達のことを言えないくらいの量を買ってますからね?」


「……すみません」


 確かに詩織のご指摘通り、僕も大量に商品を購入している為、皆と同じ様に両手一杯に袋を持ちながら歩いているのだ。

 僕は買った商品の大半が食べ物だけど。

 だけど出費に関しては驚く事に、5人全員が買った商品の合計金額は約7万である。

 そのことを僕は全員に伝える。


「まぁ、大量の商品を買った僕らだけど…掛かった費用は5人合わせて約7万円位だけどね」


「「「「………えっ!?」」」」


「まぁ、そういう反応になるのが普通だよね。

 でも事実しか僕は言ってないからね?」


「私達が持ってきた商品を次々と俊君はで決済してましたから…10数万円はいってるのかと思ってました。

 ですから7万と聞いて、とても驚いています」


「……僕を含めて皆が持ってきた商品の何れも1000円前後だったからね。

 高級品を一切買ってないからこその7万以内、というわけです」


「「「だって高級品は量が少ないし好みじゃない物ばかりだったから!」」」


「それに加えて、瀬戸崎家と桜坂家は普段から倹約されていますので尚更かとおもいます。

 両当主様が"極度の贅沢嫌い"なのも影響しているのかと」


 そう言う桃花さんに僕は言った。


「……だって高級品は量が少ないから、僕のお腹が満たされないし」


「俊吾様が言っているのは、高級食材を使った料理ではお腹を満たすことは出来ないから……という意味ですよね?」


「うん、そうだよ。

 要するに庶民派ってこと!」


「「「ああ、納得です」」」


「え?庶民派?高級食材嫌い?お腹が満たされない?

 皆のお話について行けない私がいる……」


「あ~……沙苗を置いてけぼりにする気はなかったし、混乱させるつもりもなかったんだけど…なんかごめん」


「いやいや! 俊吾が謝る必要はないわよ!

 皆が庶民派と言っていた意味を、後から私に教えて欲しい!」


「分かった。 屋敷に帰ってから教えるね。


 さて、気付けば車まで戻ってきてたようだね」


「話してるとあっという間でしたね」


「はい、詩織さんの仰る通りですね」


「確かにそうね」


「では屋敷まで戻ろう。

 桃花さん、安全運転で屋敷まで向かってくれ」


「畏まりました!

 それでは皆様、お乗り下さい。

 安全運転で迅速に屋敷まで向いますので~♪」


 この桃花さんが言い放った最後の言葉に、僕と朱璃は一気に不安になる。


「「一気に桃花さんの運転で大丈夫なのか不安になってきた……」」


 僕と朱璃の言葉通りに不安は見事に的中する。

 アクセル全開で屋敷までリムジンを"普通列車に匹敵する速度"で桃花は運転し始めたよ、うん。

 ……速度以外の交通ルールはしっかりと守っていたけど。

 その後、瀬戸崎家に到着てから程なくして…桃花さんは皆から5時間に及ぶ説教を受けたのは言うまでもないことである。


 そして僕は思う……少しでも皆の気分転換になったならいいな、と。

 本来なら学校に行くべきなんだろうけど、ね───


 

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