第11話 欲望に忠実な先輩の末路・前編

 僕が相良にSPの派遣を指示してから暫しの時間が経ったのだが、阿久比は僕に罵声を飛ばし続けていた。

 だがしかし、僕は勿論のこと朱璃や沙苗も完全に無視を決め込んでおり、返答を返してはいない。

 下手に返答を返せば、返した分だけ阿久比がヒートアップするのが目に見えていたからである。

 詩織はというと、阿久比が罵声を発する度に身体を震わせ続けてはいるが、僕と相良の通話内容が聞こえていたらしく、ほんの僅かにだが身体の震えは治まってきているのを、背中越しに感じられた。



 僕はというと、こんな状況下なのに不謹慎にも背中越しに伝わる詩織の体温にドキッとしてしまっていた僕の視界に、数台の黒塗りの高級車が此方に近付いてくるのが見えた。

 そして更に僕の耳に、段々と此方に近付いてくるパトカーのサイレンの音も聞こえてくる。

 阿久比を睨み続けていた朱璃と沙苗も、黒塗りの高級車が近付いてくるのとパトカーのサイレンに気付いたようで、阿久比の方から僕へと視線を向けてきたので、僕が呼んだという意味を込めて2人に頷いてみせる。

 僕が頷いたことにより安心した表情を僕に見せる2人。

 それとは対照的に阿久比はというと、聞こえてくるサイレンの音に対して周囲を見回していた。

 見回している阿久比の表情は完全に焦り顔となっていた。

 無論、それは僕達を遠巻きに見ている野次馬達も周りを見回していたよ。


 正直言って僕は阿久比の焦り顔に対して笑いそうになっていたのだが、それを悟られないようにしながら近付いてくる黒塗りの高級車の方に視線を向けるのだった。



 そして遂に数台の黒塗りの高級車が僕らがいる側の道路に停車し、黒の上下スーツをビシッと着こなした男が何人も降りてきて、僕らの傍に近付いてくる。

 だけど僕は目を見開いてしまった。

 スーツ男達の先頭に立ちながら近付いてくるメイド……否、我が瀬戸崎家副メイド長であり遥さんの妹、望月もちづき 桃花ももかさんだったのだから。

 そんな僕を他所に、僕の前に辿り着いた桃花さんが口を開く。


「お待たせ致しました俊吾様!

 俊吾様の要請によりSP30名及び私を含む6名のメイド護衛隊、総勢36名…只今参上致しました!

 これより俊吾様、詩織様、朱璃様、沙苗様の身辺警護に入らせて頂きます!」


 そう桃花さんが言った後、一斉に僕ら4人に頭を下げる黒服達と桃花さんを始めとしたメイド護衛隊の彼女達。

 その桃花を含む黒服達とメイド護衛隊に、驚きから正気に戻った僕は言った。


「と、とりあえずご苦労様。

 ……ってか、何で副メイド長兼メイド護衛隊副総長の桃花さんまでいるの?」


「それはですね俊吾様……単に私が来たかっただけです♪」

(何言ってるんだろう、この人は…。

来たかったから、とか意味わかんないから!?)


「「「「「…………………」」」」」


 僕の疑問に対しての桃花さんの言葉に、僕ら4人と黒服達とメイド護衛隊5人は無言となる。

 自分以外の全員が無言となったことに対し、不思議そうな表情をした桃花さんが口を開く。


「あれ? 皆様は何で無言なんですか?

 もしかしなくても……私のせいでこうなってしまってるのでしょうか?」


 これに対し僕は一言。


「……今月と来月の給料50%カット決定」


 僕がそう呟いた瞬間、桃花は僕に詰め寄ってきながら言う。


「ぎにゃぁぁぁぁぁぁあーーっ!?

 な、何でですか俊吾様!?

 私は何もしてないのに~ッ!!!」


「何もしてないって……。

 だって桃花さんはさっき自分で『単に私が来たかっただけです♪』って言ったからだけど?

 だからこその給料50%カットってことだよ?」


 詰め寄って来た桃花さんに言った僕の言葉に、全員がウンウンと頷く。

 この瞬間、桃花は絶望した表情をして項垂うなだれながら膝から崩れ落ちていった。


「……あのさぁ桃花さん、言い難いんだけど見えちゃってるからね?

 何がとは言わないけど……」


 僕がそう言いながら視線を逸らすと、桃花は絶望した表情を一変させ、ニヤニヤしながら立ち上がって僕の方を見て言う。


「あれれ~? もしかして俊吾様……私の見ちゃったんですか~?

 これはもう責任を取ってもらわないとですね~♪」


 桃花のこの言葉に、僕はこめかみを押えながら言う。


「……やられた。

 ……っていうか桃花さん! 朝に俺を起こす時は毎回毎回だよな、僕の顔の上に立ちながら起こすの。

 だから今更見えても何も感じない」


「とか言いつつも俊吾様、視線が微妙に逸れてますよ~?

 ほんとは嬉しいくせに~♪ このこの~♪」

(給料80%カットにしよう、うん)


 と、桃花さんと僕との漫才?の蚊帳の外に置かれていた阿久比が僕らを怒鳴ってくる。


「おい1年!! 何なんだよこの黒服共とメイド達はよ!!

 しかもパトカーのサイレンの音まで近付いてきてるしよぉ!!

 お前、さては通報しやがったな?」


 と言ってきたので、僕は「はい、そうで~す」と言おうとした所で桃花さんが言った。

 それと同時に、黒服達とメイド護衛隊が素早く僕らの周囲を固める。


「……俊吾様に対して貴方は何なんですか?

 通報したから何だっていうのですか?

 貴方が俊吾様方に何かしたから通報されたのではないですか?」


 桃花さんは僕との会話を阿久比に邪魔されたことにより、完全にブチ切れてらっしゃる様子。

 そう僕が思っている中、阿久比は桃花さんに反論する。


「俺は通報されるようなことは一切してねぇよ!!

 そこの1年が俺の婚約者たる詩織を渡さねぇから、渡すように言っていただけだ。

 ……次いでとばかりに女共も渡せとは言ったがな。

 それ以前に……いきなり現れたこの黒服共とお前は何者だ?

 その1年と関係でもあんのか?」


「なるほどなるほど……貴方は馬鹿ですか?」


「はっ? 俺が馬鹿ってどういうことだよ!?」


「通報されるようなことは一切してないなら、何でパトカーが私達が乗ってきた車の後ろに停車したんでしょうねぇ~?」


 その桃花さんの言葉の通りに道路の方を見る僕ら。

 確かにのパトカーが停車した所だね……ってか、多過ぎじゃね?

 まぁ、それを見て阿久比は驚きと焦りの表情をし始めたけども。

 そんな阿久比のことなど他所に、阿久比の言葉に続くように桃花さんは言うのだった。


「ま、まじでパトカーがいやがる……」


「……状況は貴方が今見た通りだと思いますが、先程の質問にお答え致しますね。

 この黒服達と私を含むメイド達は俊吾様方の護衛になります。

 私が何者かについては……明かしても問題なさそうですので言いますが、瀬戸崎家副メイド長兼メイド護衛隊副総長の望月 桃花と申します。

 以後、お見知り置き下さらなくとも結構ですので悪しからず」


「ん?瀬戸崎家? その1年は何処かのお坊ちゃんってことか?

 だとしても俺の家格の方が上だろうから問題はないな!」


 桃花さんの自己紹介に対してそう言う阿久比だが、桃花さんは僕らにしか聞こえない声量で呆れたように言う。


「瀬戸崎家、と私が言ったことを含めてのあの発言……馬鹿としか言いようがないですねぇ~。

 この日本で瀬戸崎家よりも家格が上の家などあるはずがないんですけどねぇ~。

 そのことをまるで理解していませんね、あの方は。

 ……西園寺会長もそうでしたけど」


 桃花さんのこの言葉に呼応するように朱璃達も続く……無論、阿久比には聞こえないくらいの声量で。


朱璃「桃花さん、瀬戸崎家と聞いた上でのあの発言なのですから……あの方が理解することはないかと」


沙苗「私もそう思うわ。

 俊吾の家よりも家格が上な筈がないもの、ね」


「……俊君の家が日本で1番上の家格ですね」


「自惚れるつもりは無いけど、僕の家よりも家格が上の家は聞いたこともないよ。

 ……財閥での家格上でなら、ね」


 そう僕らがコソコソ話してることが気に触れたのか、阿久比が怒鳴り声を上げる。


「おいお前ら! さっきからコソコソと何を話してんだよ!!

 いい加減に女共をこっちに渡せよ!!

 どれだけ無駄な時間か分かってんのか1年?

 時計を見ろよ、時計をよ!

 既に遅刻だろうが!!

 お前がさっさと渡さないせいで、皆勤賞を逃しちまったじゃねぇかよ……。

 だから1年、罰としてそのメイド達もこっちに渡せ!

 お前に拒否権はねぇからな?」

(皆勤賞とかどうでも良くね?

そして阿久比……沙苗達もメイド達もお前には絶対にやらん!)


 阿久比のこのとち狂った発言が終わった瞬間、紺色の上下のスーツをビシッと着こなした若い男性が僕の傍に現れ、口を開く。


「俊吾、随分と威勢のいい奴に絡まれてるな?

 あれが誰かについて教えてくれないか?」


「……5分って言っていたのに来るのが遅いよ、兄貴。

 彼は城西学園高校2年の阿久比 昇……僕らの1年先輩であり、例の事件を起こした上で尚も詩織にしつこく付き纏うストーカーだよ」


 それを聞いた兄貴の目つきと雰囲気がガラッと変わる。


「……なるほど、彼が例の人物か。

 前回は詩織嬢への接近禁止命令を出したはずだが……さっきの発言を聞くに、まるで反省していないようだね」


「うん…。 現に兄貴も聞いた通り、女性を物扱いする男だし未だに詩織に執着しているから尚のことタチが悪過ぎるね。

 それに阿久比の父親が瀬戸崎建設の専務をしているらしく……事は瀬戸崎財閥グループ全体の信用問題に関わってくる。

 更に事は桜坂財閥グループにも、ね」


「……だろうね。

 本部に場所を移した方が良さそうだね。

 これ以上、周囲に迷惑をかけ続ける訳にもいかないだろ?」


 兄貴の言葉に同意しようとした時、僕のスマートフォンから着信音が鳴る。


「悪い兄貴、相良から電話が来たから出るわ」


「相良からか……分かった。

 阿久比は俺が監視しているから、俊吾は気にせずに出るといい」


 悪い、と兄貴に一言謝ってから僕は通話をタップする。


『今、お時間は宜しいでしょうか?』


「ああ、大丈夫だよ」


『俊吾様が調べるようにと仰られていた瀬戸崎建設の専務について分かりましたので、お電話した次第にございます』


「丁度、兄貴も傍にいるから報告してくれ」


『俊介様も近くに……これは好都合でございますな。

 では、お言葉に甘え報告致します。


 瀬戸崎建設の専務である阿久比……フルネームを阿久比 翔太しょうたと言いまして、今から5年前に専務になった男にございます。

 家族構成は、妻である美奈子みなこ、長男である昇、長女である美智瑠みちる、次女である美紅みくの5人家族。

 翔太という男は専務という地位を悪用し、会社の資金の横領をしているだけでなく、息子である昇が犯してきた数々の犯罪を揉み消していました。

 また、息子である昇は脅迫・強姦・ストーカーといった犯罪に手を染めており、常習化していたようです。

 唯、妻である美奈子と2人の娘達に関しては、翔太と昇の犯罪には一切関わっていません……というよりも2人の犯罪の数々等は知る由もない事かと思われます。

 尚、翔太の横領に関しての証拠は既に瀬戸崎財閥グループ本社会長室に届け済みと共に、昇が犯した犯罪の証拠も揃っております』


「……分かった。

 専務に関しては全体会議にて処分を検討……するまでもなく懲戒解雇及び告訴するという旨を即座にグループ全体に周知すると同時に警察に通報しろ!

 それとこの際だから、グループ全体で他にも不正がないかどうかの調査を即座に実行してくれ!!

 こんな不祥事は二度と起こさせてはならないから徹底的にやれ!」


『畏まりました。

 直ぐに手配・実行致します。

 もし他にも不正を行っていた者がいた場合はいかが致しますか?』


「問答無用で懲戒解雇処分及び警察へ即時通報をしてくれ。

 犯罪に手を染める者は、瀬戸崎財閥グループには要らない。

 だが、弱みを握られた等による物だった場合は処分内容を検討しなければならないから僕に報告をして欲しい。

 それから、不正を働いた者の家族が何も知らなかった場合は補償することとする。

 罪もない家族を路頭に迷わせる訳にはいかないからね」


『畏まりました。

 他に何か御座いますか?』


「いや、他には何もない。

 調査と報告、ご苦労だった」


『ありがとうございます。

 それでは失礼致します』



 相良との通話を終わらせた僕は、兄貴に言った。


「…聞いた通りだよ、兄貴」


「話は全て聞いていたから、専務については直ぐに逮捕状を請求した後、裁判所からの令状がおり次第、即座に逮捕出来るように手配する。

 という事で君は直ぐに裁判所に逮捕状の請求手続きを行い、令状がおり次第、即座に身柄を拘束してくれ。

 絶対に逃がすなよ?」


「了解しましたっ!!」


 僕と相良との通話内容を聞いていた兄貴は、傍にいた部下の刑事に命令を下す。

 兄貴の命令を受けた刑事は素早くパトカーまで走っていき、この場から離脱していった。

 部下である刑事を見送った兄貴は、阿久比に近付いていく。

 そして阿久比に言う。


「君が阿久比 昇君だね?」


 兄貴に自分の名前を言われた阿久比は、どもりながらも口を開く。


「だ、誰だよテメェは!!

 それに…け、警察が俺に何の用だよ!!」


 阿久比にそう言われた兄貴は懐から警察手帳を取り出し、阿久比に見せながら言う。


「俺は警視庁捜査一課本部長で警視正の瀬戸崎 俊介という者だ。

 そして、昇君が暴言を吐いていた相手の実の兄でもあるよ」


 兄貴の自己紹介に驚きの声を上げる阿久比。


「あの1年の兄で……け、警視正だと!?

 さ、流石に警視庁の警視正に対して…いくら大企業の専務の親父でも……このことを揉み消すことは無理だろ、これ……」


「……揉み消す、とはなんの事だい昇君?

 まあいいや、とりあえず場所を移そうか……警視庁に、ね。

 あ、逃げようとは考えない方がいいよ?

 君にとって逃げる分だけ不利になるだけだから。


 だから……大人しく我々警察と一緒に来てくれるよね?」


「……は、はい」


 一瞬だけ逃げる素振りを見せた阿久比だったが、僕のSP達とメイド護衛隊や多くの警官達に囲まれたこの状況で逃げ出すのは不可能だと悟ったのか、阿久比は兄貴の部下に促される形でパトカーに乗せられ、警視庁へと向かっていった。

 それを見届けた兄貴は僕らの方に向き直ってから言った。


「さて俊吾、俺らも警視庁に向かおうか」


俊吾「分かった」

沙苗「は、はい」

朱璃「分かりました」

桃花「了解しました!」


 僕ら5人は兄貴にそう返事した後、僕と詩織・朱璃と沙苗に別れる形でパトカーに乗った。

 僕がパトカーに乗る間際、僕は桃花さんに指示を出した。


「桃花、SPを10人とメイド護衛隊は僕らと共に警視庁に同行してくれ。

 同行する人選は桃花さんに一任する」


「畏まりました、俊吾様」


 そして僕らを乗せたパトカーと桃花率いる護衛の一行は、阿久比を追う形で警視庁へと向かう。

 詩織を苦し続けてきた阿久比との因縁に終止符を打つ為に───


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