第10話 欲望に忠実な先輩
詩織の心に深い傷を負わせた男……城西学園高校２年の
その男が僕らの行く手を阻むかのように白蘭駅へと続く道の先のド真ん中で仁王立ちで塞ぐようにしながら此方を見ていた。
……否、その視線は僕の背中に隠れる詩織しか視界に捉えていなかった。
僕の左右にいる朱璃と沙苗は警戒しながら、阿久比を睨みつけている。
無論、僕も朱璃達と同じように阿久比から視線を逸らさずに睨みつけるように見ていた。
(西園寺会長の次は、この先輩かよ…。
次から次へと厄介な人ばかりが僕らに絡んでくるなぁ。
僕って…もしかして呪われてる！？)
そう、僕は思わずにはいられなかった。
そんな僕の心情はどうでもいいとして……だ。
僕らの警戒の眼差しを一身に浴びているであろう阿久比はというと、僕らの視線など気にもとめずに口を開く。
「せっかく俺がこうして朝から迎えに来たというのに"俺の
(おいっ……何時から詩織がアンタの婚約者になったんだよ…)
阿久比が発したその言葉に反応した詩織は、僕の背中で震えながらも頭を必死に左右に振っていた。
……あの男が私の婚約者な訳が無いです！！っと訴えるかのように。
まぁ、詩織の父親があんなストーカー野郎を婚約者にする筈もないから、阿久比が言っている"詩織の婚約者は自分だ"というのは真っ赤な嘘なのは当たり前のことである。
そんな阿久比の目を見ながら僕は言う。
「……おはようございます阿久比先輩。
こんな往来で仁王立ちしながら詩織を待っていたようですが…先輩は詩織に何度も告白し、その度に振られていませんでしたか？
それだけでなく先輩は詩織をストーカーし続けた挙句に詩織を襲ったことで、警察からの厳重注意と"接近禁止令"が出されていた筈ですが？
それでも懲りずに詩織に付きまとい続けてるのですか？
ましてや婚約者を自称するなど…正気の沙汰ではありませんね」
これに対し阿久比は短気なのか、怒りに身体を震わせながら言う。
「俺の詩織を背に庇う貴様は誰だよ！！
俺と同じ城西学園の制服を着てるようだが、詩織と同じ１年か？
てゆうかよぉ、１年…俺が詩織をストーカーしてただの襲っただのと言っていたが、俺はそんなことをした覚えなんてねぇんだよっ！！
誰から聞いたのかは知らないが……デタラメ言ってんじゃねぇぞゴラァ！！
接近禁止令なんてのも出された覚えはねぇよ！！
だからよぉ１年、詩織を俺の元まで連れて来い！
それと俺を怒らせた次いでさぁ……テメェの左右にいる女共も連れて来い。
どっちも１年のお前には勿体ないから俺が可愛がってやっからよぉ……へへへっ！」
阿久比の予想通りの言葉に僕は苦笑する。
詩織に加えて朱璃と沙苗にまで目をつけるのも、僕の予想通りであったからだ。
僕の義妹である朱璃と"まだ西園寺財閥グループの御令嬢"の沙苗のどちらも、僕から見ても美少女だからね。
僕がそう思ってるのだから、きっと周囲の男性達や学園の男子生徒達も同じく思っている筈である。
勿論、僕の背中に隠れる詩織もね。
だけど朱璃は女子校通いだから、異性との出会いはなさそうだから分からんけども。
僕が心で思っていることはさて置き、阿久比の標的対象となった朱璃と沙苗の様子をチラッと見ると、これまた僕の予想通りに２人は尚も阿久比を鋭い眼光で睨み続けていた。
特に朱璃は今にも阿久比に飛びかかっていってしまいそうな感じである。
流石に朱璃がブチ切れるのだけは避けたいと思った僕は、阿久比に言う。
「阿久比先輩……貴方の元に詩織を連れて行く気はないですよ。
無論この２人もですが、ね。
貴方のようなゲス先輩の元になんて連れて行ったら、詩織達はきっと深い傷を負ってしまうことが容易に想像出来てしまうので。
……特に心の奥底と身体に、ね。
そうなる未来が想像出来てしまっている僕が、３人を貴方なんかに渡すわけないんですよ。
だから阿久比先輩、詩織達のことは諦めてくれませんか？」
これで引き下がってくれれば良いなと思っていたのだが、僕が思った以上に現実は甘くなかったようだ。
現に僕の言葉に更に怒った阿久比が声を荒らげて言う。
「……おい１年、先輩の言うことは素直に従えよ！！
何で俺の命令に従わないんだよ！！
先輩の命令は絶対なんだよ！！
だから１年、悪いことは言わないから女共を俺に渡せ！
さもなくば…貴様は城西学園にいられなくしてやるだけに留まらず、社会的に抹消してやるが？
そうなっても構わないってのか？
なんたって俺の親父はあの瀬戸崎財閥グループの一ひとつの"瀬戸崎建設の専務"だからなぁ～。
大抵の罪は揉み消してくれるしな！
それに俺が親父に一言言えば、テメェの人生なんて簡単に終わらせられるんだぜ？
もしもそれが嫌だったら…つべこべ言わずに黙って詩織達を俺に渡せ。
まぁ安心しろよ１年…３人共俺が可愛がってやるからよ。
…もっとも、飽きたらその限りでは無いけどな！
ギャハハハハハッ！」
とまぁ、好き放題言ってきた阿久比。
その中でも僕が聞き逃せない言葉があった。
それは、阿久比の父親が"瀬戸崎建設の専務"という言葉だ。
瀬戸崎建設は、僕が会長を勤めている瀬戸崎財閥グループの傘下企業の１つで、日本国内の約６割の建設事業を一手に引き受けている東証一部上場企業だ。
政府からの絶大な信頼を得ている企業なだけに、阿久比の言葉は僕にとっても看過できない問題…いや、グループ全体の信用問題にまで発展する内容である。
現に僕らがいるのは通勤通学ラッシュの時間帯であり、人の往来が多い道な為、何人もの通行人が阿久比の言葉を聞いていたはずだ。
だから僕はすぐさま懐からスマートフォンを取り出し、相良に電話を掛け始める。
この時、僕と同じく阿久比の言葉を聞いていた沙苗達は、僕が電話を掛け始めただけで今後このクズ男が辿る行く末の全てを察した表情をしたのと同時に話し始めた。
……僕達以外には決して聞こえないくらいの声量で。
サイド：朱璃＆沙苗＆詩織
お兄様が電話を掛け始めたのを見ていた私は呟きました。
朱璃「はぁ…やってくれましたね、あの阿久比というゲス男は。
往来の場だという自覚は全くない様子…。
現にお兄様がこうして即座に電話を掛け始めましたしね」
私の呟きに反応した沙苗さんが私に向けて言いました。
沙苗「あの阿久比という男、完全に詰んだわね。
まさか目の前にいる１年の俊吾が、自分の父親が勤める会社の親会社である瀬戸崎財閥グループの現会長だと分かった時の顔が見ものね。
ほら朱璃さん…あの男、自分を放っておいて電話を掛け始めた俊吾を睨んでますよ？」
朱璃「……ほんとですね。
あっ、お兄様に罵声を飛ばし始めましたね」
沙苗「聞くに耐えない言葉ばかりで、本当に五月蝿いわねあの男！
「その電話をぶっ壊すぞ！」「電話なんてしてる暇があったらさっさと詩織達を渡して消えろ！！」「お前を社会的に抹消することに決めた。だから今更謝っても遅いからな！」「素直に命令に従わないからお前の人生が終わることになるんだよ」とか言っているけど……朱璃さんはどう思っているの？」
朱璃「沙苗さんの言う通り、とても耳障りな暴言の数々過ぎて……お兄様に対する侮辱に対する怒りを通り越して呆れてます。
後々、自身が言った言葉の殆どが自分に返って来るでしょうに……哀れ、としか言いようがないです。
まぁ、同情する気は一切ないですけど」
沙苗「私も同情なんて一切するつもりはないわね。
それに私は俊吾以外の男には触れたくもないわ…。
今もこの先の未来も、私に触れていいのは俊吾だけよ」
朱璃「沙苗さんのその言葉には私も同意致します。
私の全てはお兄様だけに捧げたいですから…」
この私の言葉に続くように、お兄様の背中に震えながらも抱きついていた詩織さんが、私と沙苗さんにしか聞き取れないであろう声量で呟きました。
「……お２人と同じように……私に触れていい男性は俊君だけです。
今も未来も…です。
あ……家族なら……頭を撫でたり程度なら触れても問題ない、ですね」
詩織さんが最後に付け足した言葉を聞いた私と沙苗さんは同時に声を発していました。
「「俊吾のことで頭がいっぱいで、家族のことを失念していました(私にはもう居ないけど)……」」
そう言った私と沙苗さんの言葉を最後に、私達３人の会話が終わるのでした。
サイド：俊吾＆相良
阿久比の言葉を聞いた直後に僕は懐からスマートフォンを取り出した後、相良に電話を掛ける。
僕からの電話に対し、相良は１コールで出た。
『通学時間帯にも関わらずに私に電話してくる、ということは……。
俊吾様……何か重大な問題が発生した、という解釈で宜しいでしょうか？』
普段はあまり掛けない時間帯に僕が電話を掛けてきたことに対し、何かを察した様子の相良がそう言ってきた。
相良が察したことに心の中で褒めつつも、僕は言う。
「詳細を詳しく話してる時間はないんだけど…事は瀬戸崎財閥グループ全体の信用問題に関わってくる重大な話になる。
…正確に言うと、桜坂財閥グループにも影響を及ぼす可能性大だ。
何せ例の事件の加害者が詩織の前にいるから、ね」
『なっ…なんですと！？
……それで私はどのように動けばよろしいのでしょうか？』
「ああ、直ぐに瀬戸崎建設の専務である阿久比について調べてくれ。
時間的猶予はないから急ぎで頼む！
それからSPの派遣も頼みたい！」
『畏まりました、直ぐに調べます。
SPは５分以内に俊吾様がいる現在地に到着するように手配致します……いや、たった今手配致しました。
また、桜坂財閥グループの会長様にも連絡致しました』
「流石は瀬戸崎家の執事長だね。
それからもう１つ頼みた──」
『──SPの手配と並行して警視庁にも通報致しました。
警察については俊介様自らが急行するとのことです。
因みに俊介様も５分以内で到着する見込みにございます』
「……相良の気遣いには頭が上がらないな、ほんと。
それにしても兄貴自らがか……警視正は暇なの？」
『いえ、警視正は決して暇などではないかと思いますが……。
俊介様は弟である俊吾様と妹君の朱璃様のことになると、人が変わりますからなぁ。
それ以前に俊吾様と朱璃様は"政府にとっても最重要護衛対象"となっていますから…尚更かと』
「……確かにそうだったね。
しかし政府も大袈裟過ぎるんだよね…。
いくら例のアレだからってのも、ね」
『いやいや俊吾様！？
流石に貴方様と朱璃様のみ───』
「───おっと相良、それ以上は最重要機密だからな？」
『これは私としたことが……失礼致しました。
一先ず、阿久比については現在進行形で調査中であり、後１０分以内に完了致します。
ですので、詳細が分かり次第またお電話致します』
「分かった。 ではまた後程」
『はい。 それでは失礼致します』
相良のその言葉を最後に通話は終了した。
相良との通話を終え、スマートフォンを懐に仕舞ってから朱璃達の方を見ると、何故か２人の顔が仄かに赤くなっていた。
まぁ、大体は察しましたとも、うん。
相良との通話中に僕を抱きしめる詩織の腕の力が強まったのも、ね。
それから僕らは、阿久比の罵声を聞き流しながらSPや警察の到着を待つのであった────
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