第9話 一難去ってまた一難

 城西学園と美園女学院大学付属高校へのそれぞれの登校時間が迫っていたので、僕らは急いで朝食を食べ進めていった。

 そして食べ終えた後、僕を含めた皆は慌ててエントランスホールへと向かう。


「やばい! 急がないと遅刻しちゃうぞ、これ」


 僕がそう言うと、沙苗達が続くように言った。


「しゅ、俊君…私の靴が何処にも見当たらない、です」

「お兄様…私の靴も何処にもないです」

「俊吾…私の靴も見当たらないわ」

「…いやいや、沙苗達の靴はあの靴箱の中に入っている筈だよ?

 うちの使用人達が丁重に仕舞っておいてくれてる筈だろうから、ね」


 僕が玄関横の靴箱を指さしながらそう言うと、沙苗達は一斉に靴箱の扉を開けて確認し始める。

 そして揃って「「「あった!」」」って言うのだった。

 靴が見つかって喜んでいる沙苗達を見た僕は呆れてたけど、ね。



 朝から"靴が何処にも見当たらない事件"を経た後に瀬戸崎家を出発した僕らは、最寄り駅である白蘭駅まで続く歩道を小走り気味に歩いていた。

 そんな最中、深刻そうな表情をした詩織が僕を見上げながら声を掛けてくる。

 どうも詩織の何時もの"面倒くさがり"が始まってしまったようだ…。


「……俊君、歩くのが疲れたので背中に乗っていいですか?」


 それに対し僕は溜息を吐きながら詩織に言った。


「……詩織、歩き始めてからまだ5分も経ってないんだけど?」


「それはそうなんですけども……疲れました。

 だから背中に乗せて欲しいです……と言うよりも勝手に乗ることにします!

 よいしょっと♪」


 そう言いながら詩織は、僕の返事を聞く前に背中に勝手によじ登ってくる。

 だから僕は再び溜息を吐きつつ、よじ登ってきた詩織が落ちないよう、何時もの様に手馴れた感じで両手を背中に回して詩織が落ちないように支える。

 それを、僕の左隣を歩いていた沙苗が僕の右隣を並走する形で歩いていた朱璃に聞く。


「朱璃さん…詩織さんは毎回こんな感じなのですか?」


 沙苗のこの問に朱璃が答える。


「はい…詩織さんは毎回、疲れたと言ってはお兄様の背中によじ登っていますね。

 私はこの光景を"学校がある日は毎日"見ているので、もう見慣れてしまいましたが。

 更に言ってしまえば、城西学園の名物と化しているようですよ?

 でも沙苗さんは知らなかったのですか?

 お兄様と同じ高校で同じクラスメイトでしたよね?」


 朱璃のこの答えに対し、顔を引き攣らせながら沙苗が言った。


「この光景が毎回…………。

 私、今初めて知ったわ…。


 確かにクラスメイトだけど、私は"あの人"のせいで余裕がなかったから、ね」


「あ~……それなら沙苗さんが知らなくても無理もない話ですよね」


「ええ…西園寺家のことで頭がいっぱいだったから、ね」


 と、沙苗と朱璃のやり取りを他所に、詩織が僕の耳元で言う。


「ねぇ俊君…あのお2人、結構打ち解けてないですか?」


 詩織がそう聞いてきたので、僕は沙苗と朱璃の方をチラ見してから言う。


「ああ、もうすっかり打ち解け合ってるな。

 歳が一緒ってのもあるのかもな」


「俊君もやっぱりそう思ってたんですね」


「まぁな」


 短いやり取りを詩織とした後、僕は再び沙苗と朱璃の様子を見る。

 そんな時、何かに気付いた様子の朱璃が僕の前に移動し、白蘭駅に続く歩道の先を睨み始める。

 朱璃の突然の行動に驚いた僕が言った。


「しゅ、朱璃!? 突然に前に出て道の先を睨み始めてたりなんかして、どうしたんだ?」


 その僕の言葉に対し、前を睨み続けながら朱璃が答える。


「俊吾お兄様…この道の先に、奴がいます。

 詩織さんにしつこく言い寄ってくるあの男が、です」


「なんだとっ!? 例の彼奴がか!?」

「えっ………」


 朱璃が発したその言葉を聞いた僕は一気に警戒レベルを引き上げ、朱璃と同じように道の先を睨みつける。

 その際、朱璃が発した言葉を僕の背中に乗った状態で聞いていた詩織は……僕の背中から降りてから僕の背中に隠れるようにしながら、両手を僕の腰に回して全身を震わせながら抱きついてくる。



 僕と朱璃の雰囲気が一気に変化したのと、詩織が震えながら僕の背中に抱きつく様子を見ていた沙苗が僕に声を掛けてくる。


「しゅ、俊吾!?

 それに朱璃さんまでもが白蘭駅に続く道の先を睨みつけ始めたりなんかして…一体どうしたのよ!?

 そして詩織さんのこの尋常じゃない震えについても教えて!!」


 その沙苗からの問に、僕は前を見ながら答える。


「沙苗、これは例えばの話なんだが…詩織に告白した男子生徒がいたとする。

 その男子生徒からの告白を、詩織は断った。

 断った理由は、その男子生徒から自身の身体を舐め回すような目で見られて嫌な気持ちになったからだった。

 だからこそ生理的に無理だと判断した詩織は告白してきた男子生徒を振った。

 だが詩織に振られたその男子生徒は諦めるどころか更に詩織に言い寄り始めた。


 そしてある時、詩織が"たまたま1人で下校"してた途中、後をつけていたその男子生徒に襲われ、危うく犯されかける…という起こって欲しくなかった事件が起こってしまった。

 幸いにもその時は、詩織が襲われた現場の近くに偶然いた僕のお爺様が助けたことにより、詩織は難を逃れる事が出来た。

 だが詩織はその事件が原因で、極度の男性恐怖症になってしまった。

 僕や兄貴、相良やお爺様といった一部の男性を除いた全男性に恐怖するようになってしまった。


 その事件以降、詩織は常に僕の傍に居るようになった。

 元々僕にベッタリ気味だった詩織だけど、その事件以降……尚更、僕の傍に居続けるようになった。


 詩織が極度の男性恐怖症に陥ってしまう程の"トラウマ"を植え付けた男が近くにいるんだよ?

 沙苗なら耐えられるか?」


「そんなの……私でも耐えられないわ」


 詩織の置かれている状況を僕から聞いた沙苗は、それだけ言うのが精一杯だったようだ。

 その直後、朱璃が叫ぶ。


「お兄様、奴が来ますっ!!!」


 朱璃が発したその言葉の直後、詩織にトラウマを植え付けた張本人である男子生徒……城西学園高校2年の阿久比あくい のぼるが僕らの前に現れるのだった───


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