第8話 西園寺会長襲来から一夜明けて…

 西園寺財閥グループ会長の予期せぬ襲来から一夜明けた朝、僕は自室のベッドで目を覚ます。


「あの会長が突然に襲来してきて、昨日は疲れたなぁ……ほんと。

 いや、16年間生きてきて1番疲れた日だった……って、ん?」


 昨日の出来事を振り返っていた僕は、ふと左右の腕に柔らかい感触があることに違和感を感じ、布団をめくる。


「………は?えっ!? なに……この状況。

 なんで沙苗と詩織が僕の布団の中に!?

 何がどうなったら2人が僕の布団の中で寝てるって状況になるのさ!?

 しかも僕の両腕を抱え込んで幸せそうな表情で寝てるし…。

 寝る時は当然、僕以外の誰もこの部屋には居なかったのは確認した筈なのに……。

 なんで、それぞれに宛てがわれた客室で寝てる筈の沙苗と詩織が僕の布団の中に?」


 布団の中で詩織はともかくとして、沙苗までもが寝てるこの状況に驚きを隠せない僕。

 詩織は幼少期の頃から、僕の布団の中に潜り込んで寝ており、もうそれが当たり前の日常と化している為、今更感があった。

 だが沙苗までもが僕の布団の中で寝ているというこの状況は流石の僕でも理解不能だ。

 女の子特有の匂いと両腕に感じる胸の柔らかさに、必然的に僕の心臓の鼓動が早くなるのを理解する。

 だけど僕がそんな状態になってるとは知る由もない沙苗と詩織は、未だに気持ち良さそうな表情で僕の腕を抱え込みながら規則正しい呼吸で眠っていた。


「なんで僕、詩織まで意識してしまってるんだろうか…。

 詩織が僕の布団に潜り込んで寝てる、なんてのは日常茶飯事な筈なのにね…」



 それから暫くの間、自分の理性と闘っていると、沙苗が先に目を覚ました---までは良かったのだが……


「ふわぁ~あ。 ん?あれぇ?なんで俊吾が私の隣にいるの~?

 こ、これはもしかしてもしかしなくとも……よ、夜這い…ってやつなの!?

 俊吾からの夜這い---なんか嬉しい…!

 ギューってしちゃお♡」


 そんな訳の分からないことを言いながら更に密着して抱きしめてくる沙苗。

 どうやら完全に寝ぼけている様子…。

 頼むから僕に密着しないでくれないかなぁ!?

 ……でないと僕の理性が---もう崩壊寸前、です…。

 自身の理性が崩壊一歩手前ながらも、寝ぼけた沙苗って可愛いなぁ!と、一瞬だけ思ってしまった僕だったが…ハッとして我に帰り、沙苗を起こすべく肩を揺する。


「沙苗!!寝ぼけてないで起きて!!朝だよ!!ほら、早く起きないと遅刻しちゃうよ!!」


「ふぇ~…もう朝なの~?

 ……ん、朝?……っ!?なんで俊吾が私の隣に……って、きゃーーーーっ!!!?

 み、見ないでぇぇーーーーっ!!!!」


「そんなの僕が知りたいくらいだよ!?

 でも決して腕ははなさないんですね……」


 と、朝から騒ぐ僕と沙苗の声がよっぽど煩かったのか、詩織がようやく目を覚ます。

 そして僕を見上げて言う。


「……朝から騒がしいですよ!もぅ!!

 ……って、沙苗さんが何で俊吾の部屋にいるのです?

 それと、おはようございます♪」

「うん、おはよう……じゃなくてなぁ!!」


 こんな状況にも関わらず僕に朝の挨拶をしてくる詩織にツッコミつつ、僕は沙苗が一緒にいるこの状況を詩織に説明した。

 僕の説明に納得した様子の詩織が言った。


「ん~と、つまり……夜中に目が覚めてトイレに行ったか何かしたと思われる沙苗さんは、自分に宛てがわれていた筈の客室と間違えて俊君の部屋に入ってしまい、そのまま俊君のベッドに潜り込んで寝入ってしまったって感じですか?」


 詩織の言葉に沙苗が口を開く。


「……多分、詩織さんの解釈で合ってると思うわ。


 まぁ、私が客室と間違えて俊吾の部屋に入って寝てしまった…ということは分かったわ。

 そんな私のことよりも今気になるのは、何で詩織さんが俊吾のベッドで寝ているのよ……ってことよ」


 沙苗のこの問いに詩織が答える。


「ん~、それは私と俊君が"幼馴染み"という関係で幼少の頃から一緒に寝ていたから、ですね。

 だから私は、高校生になった今でも俊君のベッドに潜り込んでじゃないと寝られない体になってしまったのです!」


 その言葉の先を引き継ぐ形で僕が言う。


「詩織はこう言っているが、実際は極度の甘えん坊なんだよ……僕限定でだけど。

 年頃だから一緒に寝るのは可笑しいって言っても聞き耳を持ってくれないから……最終的には僕が折れたんだよ」


 僕はそう言ったのだが…詩織はとんでもないことを暴露し始める。


「実際は寝るだけでなく着替えも俊君の前で普通にしますし、俊君と今でも一緒にお風呂も入っていますね……ほぼ毎日」

「はいダウトーーーーーっ!!

 それを言う必要はないだろ!?」

「…………………」ギロリッ!

(ほらぁ! 詩織が言わなくてもいいことを言ったから、沙苗に無言で睨まれてるじゃん…)


「あのね、俊君……沙苗さんがこれから俊君の家に住むなら、遠からずも直ぐにバレることですよ?」

「…………そう………だった……」

「………………」ギロギロッ!

(もう睨むのは勘弁して下さい(泣)

僕のライフはもうゼロを通り越してマイナス域だから…)


 詩織のその言葉に項垂れた僕の横で、沙苗が僕を睨みつけ続けながら小さい声で何かを呟く。


「……俊吾と詩織さんが…………でしたら私も………」


 声が小さ過ぎて所々しか聞き取れなかった僕は、恐る恐るだが沙苗に聞く。

 何故かその時、詩織と声が被る


「「……えっ、何て言ったの?」」


 そしたら沙苗はハッキリとした声で言い始める。


「俊吾と詩織さ……詩織がほぼ毎日そうしているのなら、私も今日から俊吾の前で着替えもするしお風呂にも一緒に入ることにするわね!!

 勿論、一緒にも寝ることにするわよ!!

 いい俊吾…これはもう決定事項だからね!!」


「「………………」」


 そう宣言した沙苗に対し、僕と詩織は無言となる。

(……詩織さんや、君までもがナチュラルに僕の背中に抱きつくのは止めようか……胸の感触が、ね)


 だが沙苗と詩織の2人に抱きつかれていた最悪のタイミングで、僕の部屋のドアをノックした後にメイド長の遥さんが部屋に入ってきた。


「俊吾様、詩織様、起こしに参りま………し……」


「「「えっ……………」」」


俊吾「……………」


沙苗「……………」


詩織「………ふふっ♪」


遥「……………」


 遥さんが部屋に入ってきたその瞬間、僕と沙苗と詩織と遥さんの全員の時が止まる。



 それから暫しの間、無言になる4人……詩織だけが意味深に『ふふっ♪』と言っていたのだったが、僕が沙苗と詩織にベッドの上で抱きつかれていることを確認した遥さんが、何を勘違いしたのか「お楽しみ中に申し訳ございませんでした! 邪魔者の私は退散致しますので、ごゆっくりどうぞ!!」と言って頬をほんのりと赤く染めた上で焦りながら退出しようとしたので、僕と沙苗は慌てて遥さんに弁解することに。

 ……え?詩織はって?とても落ち着いてたよ?このカオスな状況の中でも、ね。


「遥さん、これは誤解だから!!

 遥さんがどんな想像をしたのかは知らないけど、何もしてないからねっ!?」


「そ、そうです!!私と俊吾と詩織さんは特に何もしてませんからね!?」


「……慌てて弁解してるのが怪しいですが、それは置いておきましょう。


 では朝食の用意が出来てますので、俊吾様と詩織様は着替えた後に沙苗様と共にダイニングまでお越しください。

 それでは私はこれで失礼致します」


 そう僕らに言って遥さんは部屋から退出していった。

 遥さんの言葉でもう気付いているとは思うが、沙苗は昨日から着替えてない為、今も城西学園で指定された制服を着たままの状態。

 僕は上下がグレーのスウェットを着た状態。

 だが問題は詩織の今の格好だ。

 上が僕のワイシャツで下は何も履い……うん、見なかったことにしよう、という格好だった。

 だから遥さんは僕と詩織にだけ着替えるよう言ってきたのであった。



 朝からとんだハプニングはあったものの、制服に着替えた僕と詩織は沙苗を伴って部屋を出てからダイニングに向かって移動を開始した。

 因みに僕がパジャマから制服に着替えてる時、何故か沙苗と詩織には終始、僕が着替える所を隅々まで観察されるという羞恥な目に遭っていた…とだけ言っておく。



 ダイニングに移動した僕と沙苗と詩織は、先にテーブル前の椅子に着席していた1組の男女に声を掛けられた。


「おはよう俊吾! それから詩織嬢もおはよう!

 そして俊吾の右側にいる君が、沙苗さんかな?」


「おはようございます、お兄様っ♪

 それから詩織さんもおはようございます!

 お兄様の右隣の方が沙苗さん、ですよね?」


 そう声を掛けられたもんだから、沙苗が僕に聞いてくる。


「もしかして、俊吾のご家族?」


「うん、そうだよ。 僕の兄貴と妹だよ」


 僕が沙苗にそう説明した所で、兄貴と妹が沙苗に向かって口を開く。


「これは俺としたことが……いきなり朝の挨拶をしてしまって済まない。

 俺は沙苗さんの隣にいる俊吾の兄で、瀬戸崎 俊介という。

 歳は24歳で、職業は警察官をしている。

 因みに階級は警視正になる」


「私もいきなり朝の挨拶をしてしまって済みませんでした。

 俊吾お兄様の妹で、瀬戸崎 朱璃と申します。

 歳は16歳で、私立美園女学院大学付属高校に通っています。

 俊吾お兄様とは別の高校に通っているのが残念でなりませんが…」

(いやいや……朱璃が自らその高校を選んで通い始めたんでしょうが!

 だから"残念"とか言うんじゃありません!)


 俊介兄さんと朱璃の自己紹介に対して、沙苗も2人に自分の自己紹介をする。


「これはご丁寧な自己紹介をありがとうございます。

 昨日より此方にお世話になることになりました、西園寺 沙苗と申します。

 歳は16歳で、俊吾さんや詩織さんと同じ私立城西学園高校に通う1年生で、クラスメイトでもあります。

 ……兄妹で別々の高校に通われているのですか?」


 自分の自己紹介の最後に、朱璃が兄である僕とは別の高校に通っているということに疑問を感じたようだ。

 沙苗のその疑問に関して、朱璃が口を開く。


「沙苗さん、何故お兄様の妹である筈の私が同い年なのに"美園女学院大学付属高校に通っている"ということに疑問を感じているみたいですので、お答えしますね。

 俊吾お兄様の妹なのは確かですが…正確に言えば私と俊吾お兄様は血が繋がっていません。

 ですので正しくは義妹ってことになりますね。

 何で義妹なのかに関しては、あまり時間的に余裕がないので説明は後日に改めてさせて頂きますね。

 美園女学院大学付属高校に通っている理由についてに関しましても、後日に改めてご説明致します」


「朱璃さん、わざわざ私の疑問に答えて頂きありがとうございます」


 沙苗と朱璃の会話が終わったタイミングで、ダイニングの中央に設置された時計をチラッと見た俊介兄さんが口を開く。


「俊吾、朱璃……それから沙苗さんと詩織嬢、早く朝食を食べないと遅刻するぞ?

 俺はまだ出勤時間には余裕があるからいいんだが……」


 そう、俊介兄さんに言われた僕らは慌てて椅子に座り、全員で「「「­­「いただきます!」」」」と言ってから、テーブルの上に用意されていた朝食を食べ始める。

 左隣に詩織、右隣に沙苗と、何故か2人に挟まれる形になってたが。

 そんな時、ダイニングに設置している8Kの超大型テレビから聞き逃せないニュースが流れ始めたので、食べる手を止めて全員でそのニュースを見ることに。


『速報です。日本最大規模の財閥グループである瀬戸崎財閥グループと第2位となる規模である桜坂財閥グループとの連名で、8大財閥と日本で言われているグループの一つである西園寺財閥グループとの全ての取り引きを停止すると発表しました。

 詳しい情報がまだ入ってきていませんので、情報が入り次第、また詳しくお伝え致します。

 繰り返し速報です───』と。


 そのニュースを見た沙苗の反応は、非常に淡白なものだった。


「西園寺財閥グループもこれで終わりね。

 日本最大規模の財閥グループである瀬戸崎財閥グループ…それから桜坂財閥グループとの取り引きを全て停止された今、大部分の取り引きを瀬戸崎財閥グループと桜坂財閥グループに依存する形で経営を保れていた西園寺財閥グループは大打撃を受けることになるわ。


 まぁ、絶縁宣言をした私からすれば当然の報いだと思うけど…。

 正に『ざまぁ!』って直にあの人に言ってやりたかったわ!」


 それを隣で聞いていた僕が沙苗に言う。


「随分と淡白な反応だね、沙苗」


「当然よ。 あの人は自分本意な考えが度を超していたのよ?

 だからこの結果になるのは目に見えていたし、それは誰の目から見ても明らかだった。

 そしてこのニュースが流れたことにより、近い内に他の財閥グループも西園寺財閥グループから手を引くと私は思っているわ」


「僕もそうなると思うよ。

 まぁ、西園寺財閥グループとの取り引きを全て停止するよう指示を出した僕が聞くのも何だけどさ……沙苗にとって、この結果になってしまって良かったの?」


「ええ、私としてはこの結果になって良かったと思っているわ。

 寧ろ遅過ぎるくらいだとも思っているわ。

 そして私は、私を道具扱いしていた両親が経営する財閥を潰しかねない程の大打撃を与えてくれた俊吾や詩織さんには感謝しているの」


「ん?僕に感謝?」


「沙苗さん…私にも感謝しているって、どういうことですか?」


「2人に感謝するのは当然でしょ?

 だって西園寺家に縛られてた私が今こうして新たな人生の第一歩を踏み出せたのも、元を返せば俊吾が私のお願いを聞いてくれたことが切っ掛けだった。

 そして私を連れ戻そうとやってきたあの人から、俊吾と詩織さんは守ってくれた。


 だから私は2人に心の底から感謝しています。

 私を救ってくれて、本当にありがとうございました!」


 そう僕と詩織に言った沙苗は、晴れ晴れとした表情をしていたのだった───


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