第7話 何処までも救いようのない男

 俊吾と詩織が穏やかな表情で眠っている沙苗を見ていた時…瀬戸崎家前ではもう1つの言い合いが勃発しようとしていた。




 瀬戸崎家正門前にて、瀬戸崎家執事長兼俊吾様専属執事である私、相良さがら 宗正そうじは今…西園寺財閥グループ現会長の西園寺 誠二郎と対峙していました。

 私の前にいるこの西園寺 誠二郎という男は、実の娘である筈の沙苗様を、己の立場を守る為の道具として利用する事を"当たり前"のことだと考えており、この瀬戸崎家本家に事前の連絡もない上に"非常識な時間帯"に押し掛けてきたのです。

 そんな非常識なこの男に対して怒った俊吾様の指示により、私がこの男を追い返す役目を仰せつかった次第なのですが…この男は一向に立ち去ってくれないのです。

 …そればかりか、私にこんな言葉を投げ掛けてくる始末。


「相良、と言ったか…。

 貴様、あのクソガキにどういう教育をしているのだ?」


「……どういう教育とは?」


「だからなぁ……どんな教育をすれば、儂に対してあのような非常識な態度を取れるんだ!!

と、儂は聞いているんだ!!」


 そう言われた私は苦笑しながら答える。


「……貴方の言っている意味がまるで理解出来ないのですが?

 逆に俊吾様の貴方に対する態度が非常識と仰られた貴方こそ非常識ではないか…と、私を始めとした使用人一同は思っておりますが?」


「……なんだとっ!? 儂の何処が非常識だと言うのだ!?」


 本当に何も理解されていないこの男の発言に、私は頭が痛くなってしまいました。

 頭が痛くなりながらも、私はこの男に言いました。


「……何も理解されていないようですので、1つずつ言っていきましょう。


 事前の連絡もなく瀬戸崎家本家に押し掛けてきたことが1つ。

 尋ねてくるにはあまりにも非常識な時間帯なことが1つ。

 事前の連絡をせずに押し掛けてきたことが1つ。

 財閥規模を含む全ての立場が上である俊吾様に取るべきではない非常識な態度が1つ。

 実の娘である沙苗様を己の立場を維持する為の道具として扱っている…悪く言えば奴隷として当たり前のように扱っていることが1つ。

 そして、近隣住民の迷惑を一切考えていない貴方の大きな声の6つが主です。


 私が言ったこれらだけでも、非常識に値すると思うのですが?」


 こう言った私は、彼の様子を見る。

 その彼は何故か顔を真っ赤にしながら私に罵声を浴びせてきました。

 …だからですねぇ、時間を考えて下さいよ時間を、ね!


「儂の権力を維持する為の道具に過ぎない沙苗を誘した家になぞ、連絡する必要などないだろうが!!

 儂が何時に尋ねようが儂の自由だ!!

 どの財閥グループよりも儂が一番立場が上なのだから、儂の態度が非常識なわけがないだろうが!!

 実の娘をどんな扱いをしようが、貴様らには関係ないはずだが?

 他人が西園寺家の事情に首を突っ込むな!!

 近隣住民の迷惑など、儂の知ったことではないわ!!」


 そう彼が言い終えた時、私はが此方へ向かって歩いてくるのが視界に入ってきました。

 そしてその男女は彼の罵声が聞こえてしまったようで、駆け足で私の方へと走り寄ってきました。



 私の方へ走り寄ってきた男女は、走ったことにより乱れた呼吸を落ち着かせてから彼の方を一瞬だけチラ見した後、私に話し掛けてきました。


「相良、罵声が聞こえてきたから途中から走ってきたが、何かあったのか?」


「罵声が聞こえてきたからと慌てて走ってきたのだけど……相良さん、何かあったのですか?」


 そう私に言ってこられたので、挨拶と共に経緯をお2人に説明することにしました。


「これはお帰りなさいませ…俊介しゅんすけ様、朱璃しゅり様。

 実はですね---」


 私が経緯を説明した俊介様は俊吾様の兄であり警視庁捜査一課に勤務されています。

 また、俊介様の警視庁での役職は"警視正"となります。

 そして朱璃様は俊吾様の義妹でして、城西市内の私立美園女学院大学付属高校に通っておられます。

 近々、俊吾様と同じ高校に編入する予定となっていますね。


 私から詳しい経緯を聞いた俊介様と朱璃様は、私の前にいる彼を睨みつけるように見ながら言いました。


「相良から大体の経緯を聞いたが…西園寺財閥会長、俺の弟に対して随分な態度を取ったみたいだね」


「お兄様…俊吾に対して随分と好き放題言ってくれたみたいですね、西園寺会長」


 俊介様と朱璃様が言ったことに対し、彼は俊介様と朱璃様に問い掛ける。


「そこの執事に何を聞いたのかは知らんが、唐突に現れた貴様らは誰だ?」


「初対面で貴様ら呼ばわりか…。

 相良の言う通り、ほんとに常識というものを知らないらしいね。

 俺は俊吾の実の兄である瀬戸崎 俊介という。

 以後、お見知り置きなどしなくてもいいよ」


「……ほんとに常識の欠片もない人ですね。

 まぁ、どうでも良いですが…私は俊吾お兄様の義妹の瀬戸崎 朱璃と申します。

 以後、お見知り置きしなくても覚えてもらう必要もありません」


 そう彼に自己紹介をした俊介様と朱璃様。

 それぞれの最後の言葉は”二度と貴方に会うことは無いから別に覚えなくとも一向に構わない”というニュアンスを私は感じ取りました。

 また、かなりお怒りだということも…。



 そんな俊介様と朱璃様の自己紹介が気に食わなかったのか、彼は言いました。


「…何だその自己紹介の仕方は?

 西園寺財閥グループの会長たるこの儂を……舐めてるのか貴様らは!?」


「別に舐めてなどいないが?」


「私も貴方を舐めてなどいないのですが?

 私達の何が気に入らないのでしょうか?」


 お2人の言葉に対し、怒り狂った表情を顕にしながら彼が口を開く。


「貴様らのその態度自体が儂を舐めてると言っているのだ!!

 、な!!」


 その彼の発言に対し、俊介様と朱璃様は即座に口を開く。


「…いつから貴方が"財閥グループの頂点"に立ったのかな?

 嘘を言うのも大概にしないと…いつか取り返しのつかないことになるよ?」


「貴方が財閥グループの頂点って…ぷっ、はははっ!

 はぁ、本当に貴方は何処までも自分が一番じゃなきゃ気が済まない人なのですね。

 貴方って、何処までも哀れで可哀想な人ですね」


「き、き、貴様らぁぁぁぁぁぁ!!」


 あからさまに俊介様と朱璃様に馬鹿にされた彼は怒り狂った声を上げる。

 だがその時、俊介様は私ですら初めて聞く程に低い声で彼に言い放ちました。


「西園寺会長……これ以上に大声を上げて騒ぐのなら、迷惑防止条例違反で貴方を"逮捕"しなければならないが?」


「逮捕だと!? 何を言っているんだ貴様は!!」


 そう言った彼に対し、俊介様は懐からを取り出して見せながら言う。

 …彼にとっては絶望を与えるには十分な一言を。


「言ってなかったけど、俺の職業は警察だ。

 更に言うならば…俺の現在の階級は"警視正"だからね?

 だから…この意味はいくら非常識な貴方でも、流石に理解は出来るよね?

 そして俺がこの後に言いたいことも、ね?」


「…………………」


 俊介様が懐から取り出した警察手帳をまじまじと見た彼は、口をパクパクとさせていました。



 それから暫くの間、口をパクパクとさせていた彼は言いました。


「……ふ、ふんっ! きょ、今日の所はこの位にしておいてやろう!!

 だが儂は必ず……必ず沙苗を取り戻す!!

 儂の権力を維持する為には必要な道具なのだから!!

 そして何れは、瀬戸崎財閥グループを初めとした全ての財閥グループを手に入れてやる!!」


 そう言った彼は傍に待機していたリムジンに慌てて乗り込み、この場から逃げ去っていきました。

 その様子を見ていた俊介様と朱璃様がポツリと言いました。


「…俊吾と詩織嬢を敵に回した時点で、貴方はもう終わってるんだよ。

 貴方が財閥界の頂点に立つ日は…天地がひっくり返っても訪れることはないのに、ね」


「…あの人は一番敵に回すべきではないお兄様に牙を突き立ててしまったのです。

 だから精々…これ以上、お兄様を怒らせないことを祈ります。

 私が祈ったところで西園寺会長自身が心を入れ替えない限り、またお兄様を激怒させてしまうのでしょうけど…」


 お2人の言葉を聞いたていた私も、正にその通りだと思いました。

 だから私も心の中で願いましたよ…西園寺会長が更に俊吾様を怒らせてしう様な事をしでかさないことを。

 本当に"何処までも救いようのない男"でしたね、西園寺会長は…。

 そう私は思いながら、俊介様と朱璃様と共に屋敷に戻るのでした───


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る