第6話 貴方を好きになって良かった
私…西園寺 沙苗には幼少期から今日までの間、幸せとは程遠い人生を歩んできた。
幼稚園・小学校・中学校で勉学に励んでいる時だけ、私の心が休まる唯一の場所だった。
だけど家に帰ってからの私は、両親からの暴言や時には暴力を振るわれる毎日で、一日たりとも心が休まる日が無かった。
両親の顔色を伺い、機嫌を損なわせないような行動をし続け、自分の感情を殺して過ごさねばならない日々に、私の心は既に崩壊までのカウントダウンが始まっていた。
だけどそれでもいつの日か…この最悪の日々から脱却出来る日を信じて、私立城西学園高校での3年間に全ての望みをかけた。
……この辛い日々に終止符を打ってくれる人が現れると信じて。
無事に私立城西学園高校への入学を果たし、これからだって時に…とある理由から私は家出をしてしまったの。
それで家出した日の放課後、教室内に残っていた1人の男子生徒をとっ捕まえ、とあるお願いをしたの。
私がとあるお願いをした男子生徒の名前は、瀬戸崎 俊吾。
私と同じ1年生でクラスメイトよ。
彼はクラスにいる男子や女子からの頼まれ事を一切断ることなく全て引き受けてしまう、お人好し男子。
その為、クラスメイト全員から好かれていたし、容姿に優れ・成績優秀・運動神経抜群でもあったから、上級生の女子生徒達からも好意的に見られている男子でもあったの。
中には、彼の彼女になりたいと言っている同級生や上級生の女子生徒もいるくらいなんだけど、彼はまだ誰にも告白されてないらしいのよ。
まぁ、だからこそお願いをしたんだけどね……密かに私も彼に惹かれていっていたから。
ここで先に言った私が家出することになった切っ掛けの話をするわね。
朝に自宅のリビングに私が嫌々ながらも顔を出すと、リビングのソファーに座っていた私の父親(私にとっては赤の他人と思っているわ)である西園寺財閥グループ現会長の西園寺 誠二郎が、リビングに入ってきた私の方を見てからこう告げてきたの。
『お前を先方の嫁に出す。儂や母さんの立場を守る為に、政略の道具として犠牲になれ。そして、先方の性欲の捌け口としての道具として全うしろ!!それが、儂と母さんの間に生まれた娘としてのお前の唯一の価値なのだからな!!』と。
そんな事を言われて絶望した私は、急いで自分の部屋へと戻ってから服や下着を2つの旅行鞄に詰めるだけ詰めこんでいった。
更には、学園で使う教科書やノート・筆記用具・スマホ・財布もリュックに詰める。
そして詰め終えた2つの旅行鞄を左手と右手に持ち、リュックを背負うと、一目散に自宅を飛び出して最寄り駅へと向かう。
これが私にとっても人生で初めてとなる家出をした瞬間だった。
最寄り駅に着いた私は2つの旅行鞄をコインロッカーへ入れて鍵を閉める。
それから切符売り場で城西学園の最寄り駅である城西駅行きの切符を買い、改札口を通り、ホームへの階段を降り、城西駅行きの電車に乗って、学園へと向かったの。
それから暫くして学園に着いた私は普段通りに授業を受ける。
そして放課後、帰ろうとしていた俊吾に声を掛けたって感じよ。
私の声に振り返った俊吾君に、私は意を決して言う。『突然に呼び止めてごめんなさい!私、お父様と喧嘩して家出してきたので今夜、俊吾さんの家に泊めて欲しいのですが…』と。
私の突然のお願いに対して、初め俊吾は困惑した表情をする。
突然、泊めてと言われて困惑しない人はいないと思う。
私が俊吾と逆の立場だったとしても同じ表情をすることは容易に想像出来る。
それに彼が困惑する理由が他にもあることは私にも理解出来てしまう。
その理由は、私が女性&西園寺財閥グループの令嬢だからでしょうね。
それから俊吾は暫く迷っていたようだけど、迷った末に私を泊めることを了承してくれたわ。
その後、俊吾が住んでる場所を聞いた私が驚いてしまったのを、今でも鮮明に覚えているわ。
だって彼は、相当な金持ちしか暮らせない場所で暮らしてるって言ったからなのよ。
だけど私が驚かされたのは、ほんの序の口でしかなかったのよ。
俊吾が住んでるという白蘭から近い最寄り駅の白蘭駅へと向かう為に、私は俊吾と共に学園を出て、城西駅へと向かったわ。
そして切符を買う段階になって私は財布の中にお金がないことに気付いてしまったの。
この時は恥ずかしい気持ちでいっぱいになってたわね。
だけどそんな私を見かねてなのか、俊吾は白蘭駅行きまでの切符代を私の分まで出してくれたの。
その際は俊吾に感謝していたのだけど、その後から私は俊吾にからかわれて更に恥ずかしめられてしまったけどね!
あの時は本当に恥ずかしかったから、絶対に仕返ししてやるわ!絶対にね!
そんなこんなで切符を買った私と俊吾は電車に乗って白蘭駅へと向かったの。
車中では俊吾が私を守るように立ってくれていたの。
俊吾に惹かれつつあった私は、これが切っ掛けで更に彼に惹かれていったわ。
それから白蘭駅へ着いて、電車から降りる際も恥ずかしめられる出来事があったけれど、駅に迎えに来ていた俊吾のお父様?とお母様?と一緒に俊吾の家へと向かったの。
しかも私が乗った車がリムジンだったけれど。
暫くして俊吾の家に着いた私は、家の大きさに驚いてしまったの!
だって俊吾の家は、何処からどう見ても巨大な屋敷だったからよ!
これで驚かない人なんていない、と私は思うわ。
俊吾の執事長である相良さんに屋敷内の応接室に案内された後、遂に私は俊吾の正体を知ることになったの。
俊吾が日本最大規模である瀬戸崎財閥グループの会長だとは予想外だったけれども、ね。
◇◆◇◆◇
俊吾の正体が瀬戸崎財閥グループ会長だと知ってから暫くして、瀬戸崎家で働いているメイドさんが応接室に入ってきたの。
応接室内に入ってくるなり、そのメイドさんに告げられた内容を聞いていた私は驚く。
その内容が私の父親の来訪だったのだから…。
だから私は「なんで私が此処にいることが分かったの!?」という信じ難い気持ちでいっぱいいっぱいになってしまったの。
そして私は不意に思い出してしまった。
西園寺家で虐げられ続けてきた私のスマホには、私の行動を監視する為に両親がGPSを探知出来るようにしていたことを…。
GPS探知機能を使って私の居場所を調べ、瀬戸崎家に尋ねてきたのだろうという事実に。
そして、道具として私を西園寺家に連れ戻す為でもあることを。
自分の父親が尋ねてきたと聞いてからの私は、不安と恐怖に怯えて震えていた。
そんな私に俊吾は優しい口調で言ってくれた。
「沙苗、大丈夫だから僕に全て任せて欲しい」と。
その言葉を聞いた私は、気付いたら俊吾に抱き着いてしまっていたわ。
この言葉が切っ掛けで私は自覚したのよ……俊吾に惹かれてるんじゃなくて"異性として好き"になっていたんだってことをね。
それから暫くして、私の父親が応接室内に入ってきたわ…顔も見たくない父親が、ね。
入ってきて早々に発した言葉は、まるで常識とは掛け離れた言葉だったわ。
ほんとに西園寺財閥グループの会長なの?という感じだった。
それに対して応対する俊吾は、私と同じ高校生なの?と、疑ってしまうくらいの対応力で、私の父親と対峙している。
自分の父親とは天と地の差だ、と私は思いながら黙ってやり取りを聞いていたわ。
学園では決して見せることのない俊吾の一面をまじかに見て、胸が熱くなっていったの。
その間も、俊吾と父親の話し合い?は続いていく。
その最中、私を連れ戻す理由を俊吾は誠二郎に聞いてくれたのだけど…その返答は私の予想通りのものだった。
「沙苗を連れ戻す理由か? そんなもの政略結婚の道具にする為に決まってるだろう?
瀬戸崎財閥グループのトップなのに、そんなこともわからんのか貴様は。
これだからガキは嫌いなのだ」という返答だったから。
それを聞いた私は、いつかお父様とお母様に愛してもらえる……実の娘として私を見てくれる……そう思っていたのが……心の中で粉々に打ち砕かれる音が聞こえた。
幼少期から『お前の一生は、儂の立場や西園寺財閥グループを繁栄させる為の道具だ!それ以外にお前が生きる価値はない!!一生、儂ら西園寺家の道具として生きよ!!』という言葉を叩き込まれながら、今日までの16年間を生きてきた。
それでも私は愛されたかった!!
お父様とお母様に愛されたかった!!
それだけを願いながら、今日まで両親からの数々の仕打ち耐え続けてきたわ。
だけどさっきの言葉を聞いて分かった……いや、分からせられてしまった。
この先一生、自分がお父様とお母様に愛されることはないだろう……道具としてでしか私を見てくれないだろうって、ね。
そう思った時、自分の意識が遠くなっていくのが分かった。
薄れ行く意識の中、倒れていく私の名前を心配そうに叫ぶ好きになった人の声を聞きながら、私は意識を手放した。
意識を失ってからどれくらいの時間が経っただろう。
私が目を覚ますと知らない天井だった。
どうやら意識を失ってから別の部屋に運ばれて、ベッドの上に寝かされていたみたいね。
そして私が目を覚ましたことを、ベッド傍に控えていたメイド長の遥さんが気付いたようで、私に声を掛けてくる。
「お目覚めになられたようで安心致しました。
今の御気分は如何ですか?」
それに対して、私は答えました。
「はい、お陰様で幾分かは良くなりました」
「…幾分、ですか。
完全に気分が優れないのも無理もないことですね。
何せあのク……父親からの言葉を聞いたのですから、ね」
(今、クズって言いかけたわね)
「それはまぁ、覚悟はしていましたので。
だけど何時までも寝ているわけにはいきませんね。
だから遥さん、私を応接室まで連れて行って下さい!」
「まだお休みになられた方が宜しいかと思いますが…」
「遥さん、心配して頂きありがとうございます。
だけど私は戻りたいと思います。
この先の私自身の未来を切り開きに…」
「……沙苗様の意思は硬そうですね。
ならば私がすることは1つだけです。
私に着いてきてください……応接室へご案内致します」
目を覚ました私は、遥さんと幾つかのやり取りした後、遥さんの案内で応接室へと戻る。
応接室に戻ると、怒り心頭の俊吾が、誠二郎にこう言っている場面だった。
「……貴方は何処まで自分本意なんだ?
……沙苗は家族なんじゃないのか?
……そんなに自分の立場が大事か?
お前にとって沙苗は道具としてしか見てないってことが良く分かったよ!!
お前なんて、親失」と。
だから私は『親失格』と言おうとしていた俊吾を止めて「俊吾、ここからは私に話をさせてもらえないかな?」と、お願いした。
いつの間にか傍にいた私に一瞬だけ驚いた表情をした俊吾だったけど、私の気持ちを察してくれたのか、俊吾は私に譲ってくれた。
なので私は、ありったけの気持ちを込めて父親に言ってやった。
ついとばかりに、西園寺家とは絶縁するという宣言も言ってやったわ!
この時には殆ど私は心の中ではお父様呼びから"父親"呼びとなっていた。
だけど、それでも父親は反論してきた。
それから暫くしても、父親はうだうだと言ってきていた。
私は二度目となる西園寺家との絶縁を父親に対して宣言する。
それに激怒した父親は私に飛び掛ってくる。
そこへ俊吾が瞬時に私と父親の間に割り込んでくる。
そしてなんと俊吾は父親を一本背負いでテーブルの上に投げ飛ばしてしまったのよ。
だから私は俊吾に抱きつき、胸に顔を埋める。
俊吾がカッコ良すぎるから抱き着いて胸に顔を埋めてしまっても仕方がないでしょ!!
ん~と、実は途中から私のクラスメイトで桜坂財閥グループの令嬢の桜坂 詩織さんも、しれっと話に参加して父親を言葉で容赦なく攻撃していたわ。
それから、テーブルの上に無様に倒れる父親を冷めた目で見ていた俊吾が言う。
「女性に手を挙げようとするとは……男の風上にもおけない男ですね、貴方は。
沙苗に手を出そうとするものは、僕が絶対に許さない!!
権力を使うのは褒められたものじゃないが、沙苗に手を出すと言うのなら……己の立場を守る為だけの道具に利用すると言うのなら……沙苗を守る為ならばっ!!」と言った後に手を握りしめながらも続けて、
「瀬戸崎財閥グループ会長として貴方を---西園寺財閥グループを潰すことをここに宣言するっ!!!
西園寺会長、首を洗って待っておくがいい!!!」
それを聞いた父親は俊吾に言う。
「な、な、なっ!? 潰すというのか!!
儂を!!西園寺財閥グループをか!?
たかが政略の道具の為だけにか!!」と。
そう反論してきた父親に対して、俊吾は言う。
全てを凍らせてしまいそうな冷えきった目で見ながら。
「ああ、徹底的に潰す!! 沙苗は……沙苗は感情を持った1人の女の子だからだ!!
実の娘を道具としてでしか見ていない貴様には一生分からないだろうがな!!
沙苗の感情も一生の人生も---全ては沙苗自身の物だ!!
沙苗自身以外の誰にも、感情や生き方を決める権利などありはしないんだよ!!
だから僕は、貴方のような下衆なやり方ではない合法的なやり方で西園寺財閥グループを徹底的に潰させてもらう!!!」と。
だから私も俊吾に続くように父親に対して言う。
これが家族としての最後の会話だと言う意味を込めて、ね。
「最後に一言だけ。
お父様、16年間育てていただきありがとうございました。
これだけが、お父様に対して唯1つだけ感謝していることです。
だから私は、瀬戸崎 俊吾という素晴らしい男性に巡り会うことが出来ました。
だからもう、貴方とは2度と顔も合わせたくもありません。
会うのはこれが最後です。
そしてこれを言うのも、これが最後です。
さようなら、お父様」
それを私が言った後、俊吾が執事の相良さんに誠二郎を退出させるように指示を……否、実質は強制退出させるよう指示を出す直前で割り込んだ詩織さんがトドメの一言を誠二郎に言っていたわ。
「あ、これを伝えるのを忘れてましたので、お伝えしておきます。
桜坂財閥グループも西園寺財閥グループとの全取引終了を…今しがた行われた緊急重役会議にて決定致したと、先程お父様からメールにて知らせがありました。
そしてこのことは、瀬戸崎財閥グループとの連盟で世間一般に発表することも決定したとの事です。
私からは以上です」
詩織さんが言い終えたのを見計らったかのように俊吾は相良さんに指示を出したわ。
その直後、応接室に入ってきた黒服達に両脇を掴まれながら、誠二郎は応接室から連れ出されて行ったわ。
予め、黒服達に応接室前にて待機しているように指示が出されていたようね。
どんなトラブルが起こっても直ぐに対応出来るように、ね。
これでようやく私は……西園寺家での辛い日々から解放されたのね。
誠二郎が応接室から強制退出されていくのを見届けた私は、安心してしまったみたいで俊吾の胸に顔を埋めて抱き着いたまま、眠っちゃったの!
だけどこれだけは言える……貴方を好きになって良かった……と、心の底からそう思った───
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