第5話 絶縁宣言

「私、西園寺 沙苗は---現時点を持って西園寺家とは絶縁し、瀬戸崎家のお世話になります!!!」


「「………………」」


 沙苗が言った、西園寺家との絶縁&瀬戸崎家にお世話になります宣言で、この場に居た全員が無言になる。

 それから少しして、先にこの沈黙を破ったのは沙苗の父親だった。


「絶縁宣言だとっ!? そんな身勝手なこと、儂が許すはずないだろうが!?」


 この言葉に対して、僕の胸に顔を埋めていた沙苗が顔を上げ、誠二郎を見て言う。


「許すはずがない? 仰ってる意味が良く分からないのですが?

 実の娘を道具としてしか見ていない---そんな貴方に絶縁を宣言するのは当然ではなくて?」


「なにが、当然ではなくて?だ!!

 道具の分際で儂に刃向かうなど100年早いわ!!

 儂は絶対に認めぬぞ……そんな巫山戯た宣言なぞ、な!!」


 あくまでもそう道具扱いを継続する誠二郎を冷たい目で見ながら、沙苗は言う。


「そのようなことを仰る貴方から離れたい---そう思うのは当たり前のことですわ!!

 私は貴方の為の道具なんかではなく…血の通った1人の人間です!!」


「……あくまでも、儂の言うことを聞くつもりはないと?

 貴様はそういうのだな?」


「だから、先程から何度も私はそう言ってるではありませんか!!

 くどいですわよ、お父様」


 沙苗の言葉を聞いた誠二郎はニヤリ、と笑ってから言う。


「そうかそうか……。 それなら儂にも考えがある。

 先ずは城西学園の理事に言って、お前を強制退学にさせてもらうとしよう。

 城西学園の理事は儂の後輩故、儂の言うことは素直に聞いてくれるだろうて…くっくっく!!」


「このっ………貴方って人は、どこまで腐り果ててるのですか!!」


「なんとでも言うがよいわ。

 素直に儂の言うことに従っておればよいものを…。

 道具の癖に儂に逆らうからこうなるのだ!!」


「この…下衆がっ………!!」


 そこまで黙って聞いていた僕が口を挟む。


「僕からもいいですか?」


「なんぞ言いたいことでもあるのか?」


「ええ、あるから口を挟ませてもらいます。

 そもそもの話なんですが、貴方の一存で沙苗を強制退学にすることなんて出来ないと思いますよ?」


「若造…貴様は何を言いたいんだ?」


「ですから…退、だと言うことをお伝えしたかったんですよ?」


「それは貴様……一体、どういうことだ!?

 儂にも分かるように説明せんかっ!!」


「それでは沙苗を強制退学に出来ない理由をご説明します。

 そもそもの話、あの学園はが運営してるからです。

 だから貴方がどんな手を使っても、全てが無駄になるだけです」


「なん……だと…!?そんな話しは聞いたこともないぞ儂は!!」


「それはそうですよ…なんせ、世間一般に公表してませんから。

 だから貴方が知らなくとも不思議ではない話なんですよ。

 これが、貴方の一存で沙苗を強制退学にすることが出来ないと言った理由です。

 良くご理解頂けたかと思います」


 そう締め括った時、今度は沙苗が僕を見て口を開く。


「それ、私も知らなかったんだけど?

 城西学園が"瀬戸崎財閥グループ"によって運営されてたなんて話しをね。

 これは通っている全生徒も知らない話しよね?」


「まあ、そうだね。

 なにせ僕自身も瀬戸崎財閥グループの会長に就任してから初めて知った事実だからね」


「そうだったのね。

 その事実を知っていたから、あの人が私を強制退学にするって言い出した時、俊吾は余裕そうな表情を崩さなかったのね」


「そういうこと」


 そう---沙苗の父親が、沙苗を強制退学にすると言い始めた時にも僕の表情は変わっていなかったのは沙苗が言った通りだと思う。

 何故なら、瀬戸崎財閥グループの会長に就任してから最初に僕が行ったのが、瀬戸崎財閥グループに所属してる企業等を全て把握し、頭に叩き込む作業だったから。

 その過程で、私立城西学園が実は瀬戸崎財閥グループが運営してるという事実を知ったというわけだ。


 そして今、その事実を知った沙苗の父親である誠二郎は、膝から崩れ落ちながらも言う。


「私立城西学園が、瀬戸崎財閥グループによって運営されてたとは…。

 これでは沙苗を……強制退学にすることなぞ不可能ではないか!!」


「ご理解いただけたようでなによりです。

 それと僕から一言だけ申し上げます。

 瀬戸崎財閥グループを舐めるのも大概にして下さい!と。

 伊達に日本最大規模の財閥グループを名乗ってるわけではありませんので」


 僕の言葉に続くように、沙苗も誠二郎に言う。


「お父様…これで分かったのではありませんか?

 瀬戸崎財閥グループを敵に回すのは愚の骨頂である、ということを」


「うるさいうるさいうるさい!!

 儂の言うことは絶対だ!

 儂が……儂が1番なのだ……儂が1番偉いのだ!!」


 瀬戸崎財閥グループの権力の強さを知って尚の発言に対して、沙苗は呆れながらも言う。


「これだけの力の差を見せつけられても尚のこの発言──呆れを通り越して哀れに思ってしまいますわ」


 更に続けて沙苗が口を開こうとしたその時、何時の間にかこの場にいた美少女が言葉を発したのだ。


「……確かにその通りですね」


「詩織……何時の間にこの場に?」


 この発言からも分かる通り、この場に何時の間にか居た美少女の名は桜坂さくらざか 詩織しおり

 僕の隣にある屋敷に住む僕の幼馴染にして、桜坂財閥グループのご令嬢だ。


「途中から話を聞かせてもらっていました。

 遊びに来たら「俊吾様は大事な?接客中で…」なんて事をメイドさんに言われたので、気になって無理矢理この場に案内してもらいました。

 そして今に至る…という感じですよ、俊吾君」


「それは…遊びに来たのに済まないことをしたな。

 ご覧の通り、今は接客中でね」


「まぁ、そのようですね。

 ……俊吾君、此処は私にも口を挟ませてもらってもいいでしょうか?」


「僕よりも沙苗に……「私は構わないわよ、詩織さん」……だそうだ、詩織」


「ありがとうございます。


 では……途中からしか会話を聞いていなかったのですが、西園寺会長は実の娘である沙苗さんを道具としか見ていない---という事で間違いありませんか?」


 第3者であるはずの詩織からの質問に、誠二郎は容赦ない暴言を吐く。


「誰だ貴様は? その質問には"そうだ"と答えておくが、儂に名乗りもしないとは…とんだ礼儀知らずな小娘もいたもんだな!」


「はぁ……これは失礼致しました、西園寺会長。

 桜坂財閥グループ現会長が一人娘、桜坂 詩織と申します。

 以後、お見知り置き下さらなくとも結構でございます」


 あ~、これはブチ切れてらっしゃいますね…。

 同じ女性として、沙苗を道具扱いしてる誠二郎を許すことが出来ないからだろうな。


「くっ……小娘が桜坂財閥グループの令嬢だと!?

 流石に分が悪過ぎるが、沙苗だけは連れ戻さなければ、儂の立場が…」


「実の娘よりも己の立場の方が大事…ですか。

 もう救いようがない程の下衆っぷりですね、西園寺会長」


「10年そこそこしか生きていない小娘には分かるまい。

 己が築き上げてきた立場を失う…という重圧を、な」


 そう詩織に話す誠二郎だが、生憎と僕らには関係のない話だ。

 そもそも実の娘を道具扱いしてる時点で、誠二郎の程度がしれてることだしね。

 それと取引先の会長や令嬢に対する傲慢な態度を貫き通す…その腐った性格も、か。


「それがどんな重圧かは私には分かりません。

 それこそ西園寺会長が仰ったように、私は10年そこらしかまだ生きていないのですから。


 ですがこれだけは"貴方"に言います……沙苗さんを連れ戻すことは絶対に阻止させて頂きます!

 使える力の全てを使ってでも、です」


「…小娘よ、それは脅しか?」


「脅しだなんてとんでもありません。

 私は唯、沙苗さんは絶対に貴方には渡しません……と言っているだけですよ?」


 詩織のその言葉を聞いた誠二郎は、視線を詩織から沙苗に変えてから言う。

 どうも詩織の相手をするだけ時間の無駄だと判断したらしい。

 まぁ、既に22時を過ぎているから無理もないだろうけど…。


「もう相手にしてられん!!

 沙苗、さっさと帰るぞ!

 道具が儂の貴重な時間を無駄にさせるでない!」


「だから私は帰りません……て、何度も言いましたよね?

 そのセリフは聞き飽きたので、もう一度だけ言います。


 西園寺財閥グループ現会長並びに、西園寺家当主の西園寺 誠二郎に対して再び宣言します!!私、西園寺沙苗は---現時点を持って西園寺家とは完全に絶縁させて頂きます!!」


 本日2度目の絶縁宣言を、沙苗が西園寺 誠二郎に対して宣言するのだった。



◇◆◇◆◇



 沙苗による、西園寺 誠二郎に対しての2度目となる絶縁宣言から暫くして、誠二郎が口を開く。


「儂に2度目の絶縁宣言とは……それだけ本気で沙苗が西園寺家と絶縁したいということか」


「そうです…それだけ私は西園寺家に居たくないということですわ!!」


「………………」


 実の娘からハッキリとした拒絶の言葉を聞いた誠二郎は無言になる。

 あれだけハッキリと拒絶されれば無言になるのも仕方が無いよなと思いつつも、僕は口を開く。


「沙苗の意思が変わらないのは、もう分かっていただけたかと思います。

 それでもまだ、沙苗を政略の道具として連れ戻そうとしますか?

 道具としてでしか、沙苗を見ないつもりですか?いい加減に認めて下さい!

 沙苗は政略結婚の為だけに育てられた道具ではなく、感情を持っている1人の血の通った人間だという事を!!」


「俊吾……」「俊吾君……」


「………黙れ……」


「……はい?」


 沙苗の父親が何か言ったようだが聞こえなかったので、もう一度聞く。


「聞こえなかったので、もう一度お願いします」


「黙れと言ったのだ!!」


「………はい? 黙れとは?」


「沙苗が感情を持った人間だと?

 巫山戯たことを言うなよ若造が!!

 西園寺家にとって、沙苗など唯の政略結婚の為だけに育て上げた道具だ!!

 儂の立場を守る為の道具に過ぎない!!

 儂が1番なのだ!!

 西園寺財閥グループが財閥グループの中の頂点なのだ!!

 だから、沙苗を黙って渡せ小僧ーーー!!」


 そう言うやいなや、沙苗の父親は僕にではなく隣にいた沙苗に飛び掛る。

 だがすかさず僕は沙苗と誠二郎の間に立ち、沙苗に飛び掛ってきた誠司郎を一本背負いで投げ飛ばす……沙苗を守る為に。


「ぐふっ……」ガシャーーンッ!!


 テーブルの上に投げ飛ばしてしまったせいか、ティーカップが宙を舞った後に床に落ちて割れる。

 それを冷めた目で見ながら誠二郎に言い放つ。


「女性に手を挙げようとするとは……男の風上にもおけない男ですね、貴方は。

 沙苗に手を出そうとするものは、僕が絶対に許さない!!

 権力を使うのは褒められたものじゃないが、沙苗に手を出すと言うのなら……己の立場を守る為だけの道具に利用すると言うのなら……沙苗を守る為ならばっ!!」


 そこまで言ってから、僕は拳を握りしめながら宣言する。テーブルの上に倒れつつも僕の方を見ている西園寺会長へと。


「瀬戸崎財閥グループ会長として貴方を---西園寺財閥グループを潰すことをここに宣言するっ!!!

 西園寺会長、首を洗って待っておくがいい!!!」


「な、な、なっ!? 潰すというのか!!

 儂を!!西園寺財閥グループをか!?

 たかが政略の道具の為だけにか!!」


「ああ、徹底的に潰す!! 沙苗は……沙苗は感情を持った1人の女の子だからだ!!

 実の娘を道具としてでしか見ていない貴様には一生分からないだろうがな!!

 沙苗の感情も一生の人生も---全ては沙苗自身の物だ!!

 沙苗自身以外の誰にも、感情や生き方を決める権利などありはしないんだよ!!

 だから僕は、貴方のような下衆なやり方ではない合法的なやり方で西園寺財閥グループを徹底的に潰させてもらう!!!」


 そこまで言った僕に寄り添うようにして抱き着いた沙苗が言い、それに続けて詩織も言う。


「こんな私の為にありがとう、俊吾っ!!」


「久しぶりに見ました…俊吾君が本気でキレてるところ。

 でもそれでこそ私の幼馴染です!」


 そして、沙苗は冷めた目で倒れている誠二郎を見ながら言う。


「最後に一言だけ。

 お父様、16年間育てていただきありがとうございました。

 これだけが、お父様に対して唯1つだけ感謝していることです。

 だから私は、瀬戸崎 俊吾という素晴らしい男性に巡り会うことが出来ました。

 だからもう、貴方とは2度と顔も合わせたくもありません。

 会うのはこれが最後です。

 そしてこれを言うのも、これが最後です。

 さようなら、お父様」


 そう締め括った沙苗は、僕の胸に顔を埋める。誠二郎の顔を2度と見たくないと言わんばかりに。

 そんな沙苗の気持ちを察した僕は、相良に指示を出す……直前で詩織が西園寺財閥にとってのトドメの言葉を誠二郎に言う。


「あ、これを伝えるのを忘れてましたので、お伝えしておきます。

 桜坂財閥グループも西園寺財閥グループとの全取引終了を…今しがた行われた緊急重役会議にて決定致したと、先程お父様からメールにて知らせがありました。

 そしてこのことは、瀬戸崎財閥グループとの連盟で世間一般に発表することも決定したとの事です。

 私からは以上です」


 詩織の話が終わったのを見計らって、僕は相良に指示を出す


「相良、西園寺財閥会長にお帰り頂いて。

 顔を見るだけでも不愉快だから…」


「畏まりました、瀬戸崎会長。

 …というわけですので、西園寺会長はこの屋敷からお引取りをお願いします」


 相良の言葉と同時に、黒服達が西園寺会長を立たせると、応接室の外へと連れ出して行く。


「お、おいっ!! 離せ!!

 離さんか無礼者!! 小僧!!儂にこんな事して只で済むと思うなよ!!

 ……って、儂を無理やり引っ張って行くんじゃない!!

 聞いてるのかおいっ!!

 まだ儂の話しは終わ……っ………て…………」


 西園寺会長の声が遠くなっていく。



 それから暫くして、相良が応接室に戻ってくる。


「ただいま戻りました。

 ご命令通りに西園寺会長にはお帰りいただきました」


「ご苦労様。 ふぅ、ようやく静かになったね」


「左様でございますね。

 しかし西園寺会長には失望致しましたよ、私は」


「私も相良さんが仰ったことに同意します」


「それは僕もだよ。 財閥会長としても失格だし、父親としても失格。

 よくもそんな環境で沙苗は耐えてこれたなと思ったよ」


「そうですな。 ですがそれも今日までの事。

 明日からは、自由な日常を沙苗嬢は送ることが出来るでしょうな。

 これも俊吾様のおかげでございますね」


「それは違うよ、相良。

 あくまでも僕は手を差し伸べたに過ぎない。

 この先どのように過ごすかは、全て沙苗自身が決める事。

 僕らは唯、それを見守るだけだよ」


「……そうですな。全ては沙苗嬢次第、ですな。


 しかしまぁ沙苗嬢は俊吾様の膝枕で穏やかに眠っておられますなぁ。

 余程、ゆっくりと休むことが出来ない環境だったのでしょう」


「だと思うよ。 そうじゃなきゃ、こんな穏やかな顔をしながら寝れないと思うよ。

 まぁ、可愛い寝顔が見れて、僕は役得だと思うけどね」


「ふふっ、確かに可愛い寝顔ですね。

 俊吾君が役得と言うのも頷けますね」


「俊吾様と詩織様の仰る通りでございますなぁ。

 本当に可愛い寝顔をしてらっしゃいますな」


 そう---西園寺財閥会長が応接室から連れ出された直後に沙苗は僕に寄り添うようにして寝入ってしまっていた。

 だから僕は沙苗を起こさないよう注意しながらソファーに座り続けている。

 沙苗に膝枕をしながら、戻ってきた相良…そしてまだ応接室に残っていた詩織話をしてたというわけである。

 勿論、起こさないように小声でね!



 それから暫くの間、応接室に戻ってきたメイド長の遥さんに沙苗を客室に運んでもらうまで、俊吾は沙苗に膝枕をし続けていた……自身の睡魔と闘いながら───



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