第4話 西園寺財閥グループ会長襲来

 自分の父親が来訪したと聞いた沙苗は、今も震えながら僕に抱きついている。

 この震え方は尋常じゃない…そう感じながらメイドが西園寺会長を連れてくるのを静かに待った。

 そして、メイドに案内される形で沙苗の父親…西園寺財閥グループの現会長が応接室内に入ってきた。

 そんでもって、入ってきて早々に彼は口を開く。


「このような時間に尋ねてきて済まない。

 私の一人娘の沙苗が此方の屋敷に居ることを突き止めてやって来た次第だ…連れ帰る為にな。

 それでは帰るぞ、沙苗!!」

(何なんだこの無礼な言い方は…。

それも他人の家での配慮が欠けてるじゃないか…)


 その言葉を聞いてから更に震える沙苗を庇うようにしながら、僕は口を開く。


「いきなり尋ねてきて、その言い方はないんじゃないでしょうか?

 いささか常識に欠けるのでは?ましてや、こんな非常識な時間に、ね」


 そう…沙苗の父親が尋ねてきた時間は、21時過ぎだ。

 常識的に考えても、尋ねてくるには遅い時間だ。

 そんな僕の発言が気に食わなかったのか、沙苗の父親が声を荒らげる。


「なんだ貴様は? 沙苗が此処に居るから連れ戻しに来たんだ。

 黙って沙苗を此方に渡せ!!---さもなくば、貴様を誘拐犯として警察に突き出すぞ?」


「誘拐犯…ですか。

 その前に、貴方は誰ですか?

 名乗りもせずに沙苗を引き渡せと言われましても…。

 名乗りもしない相手に、はいそうですかと沙苗を渡す訳にはいかないんですよ…こちらとしても、ね」


「貴様っ……!! …まぁいい、名乗ってやる。

 儂は、貴様の傍に居る沙苗の父親の西園寺 誠二郎だ!

 西園寺財閥グループの会長をしている。

 儂が名乗ったのだから貴様も名乗れ!」


「子供相手になんですか、そのものの言い方は…。

 まるで常識を知らない子供みたいな発言ですね。

 が、まぁそれは一先ず置いておくとして、そちらが名乗った以上は此方も名乗らないわけにはいかないので名乗りますね。

 この瀬戸崎家の現当主にして、瀬戸崎財閥グループの現会長をしている、瀬戸崎 俊吾と申します。

 また、沙苗と同じ私立城西学園高校に通う1年生でクラスメイトでもあります」


「瀬戸崎財閥…グループだと!?しかも、その会長だとっ!?」


 僕の名乗りに対し、沙苗の父親は驚きの声をあげる。

 だがそれを信じられなかったのか…僕の傍に控えてる執事長の相良に確認をしてくる。


「瀬戸崎財閥グループの会長が、こんなガキの筈がない!!

 おい、そこの執事! このガキが言ったことは本当のことか!?」


「…俊吾様の言ったことに嘘偽りは御座いませんよ?全て真実で御座います。

 まだ公表はしていませんが、ね」


「そんな…バカな!?

 瀬戸崎財閥グループといえば知らぬ者がいないと言われる程に有名で、日本最大規模の財閥グループ。

 そこの会長宅に儂は…」


 僕が言ったことに嘘偽りがないことを、改めて確認した西園寺会長は膝から崩れ落ちる。

 そんな会長に僕は言う。


「…先程までの貴方の数々の無礼極まりない言い様は、聞いていて余りにも不愉快極まりないものでした。

 他人の家にやってきて早々のあの言い様…。

 とてもではないが財閥を束ねるトップの発言として、あってはならないですよ?

 …普段から、そのような言動の発言をしてらっしゃるのでしょうか?」


「財閥の会長として、誰に対してもこの態度をとってきた。

 複数ある財閥の中でも儂が1番偉いと思って、この態度を今までとってきた。

 無論、取り引き相手の瀬戸崎財閥グループに対してもだった。

 それを変えるつもりは今後もない」


「…………………」


 その発言を聞いた僕は……いや、この場にいる全員が唖然とした。

 沙苗なんて、まるでゴミを見るかのように自分の父親を冷めた目で見ているくらいだ。

 …相変わらず僕にベッタリと抱きつきながらだが。

 そして再度、僕は再び口を開く。


「…貴方の考えは良く分かりました。

 貴方が───人として終わってることがね」


「貴様っ! その発言はどういうことだ!!」


「はい? そのままの意味ですが?

 僕の正体が瀬戸崎財閥グループの会長。

 立場としても貴方と同格…いや、規模からして此方の方が上であること知った上で変えないその態度。

 ハッキリ言って貴方は"人の上に立つべき人間じゃない"って言ったんです。

 自分が1番偉い?自分が頂点に立ってるから、相手を見下してもいい?

 巫山戯たことを言わないでもらえませんか?

 貴方は…瀬戸崎財閥グループを敵に回すつもりですか?

 そう、此方は捉えますが?」


「若造が…儂に対して舐めた態度をとりおってからに!!

 敵に回す? 貴様を敵に回した所で、儂にも財閥にとっても痛くも痒くもないわい!!

 どうとでも捉えればいい!」


「……分かりました。

 それと確認したいことがありますが、いいですか?」


「ふんっ…何を聞きたい?」


「沙苗を連れ戻す理由をお聞きしたい。

 答えてくれますか?」


「沙苗を連れ戻す理由か? そんなもの政略結婚の道具にする為に決まってるだろう?

 瀬戸崎財閥グループのトップなのに、そんなこともわからんのか貴様は。

 これだからガキは嫌いなのだ」


(別に政略結婚ぐらいは知ってるんだがなぁ…)

 何て思っていたら、隣にいる沙苗の様子が急変したことに僕は気付く。


「えっ………そんな………お父……様…………」


「沙苗!?さなえーーーーっ!!」


 実の父親に言われた言葉が余程ショックだったのか…僕に抱きついた姿勢のまま、沙苗は意識を失ってしまうのだった。



◇◆◇◆◇



 メイド長の遥さんに意識を失ってしまった沙苗を介抱するよう指示した後、僕は沙苗の父親と対峙する。

 実の娘が自分の吐いた言葉のせいで倒れたというのに、当の父親である誠二郎は涼しい顔をしていた。

 だから僕は怒りを必死に抑えながら言う。


「…実の娘が倒れたというのに、父親として心配しないのですか?」


「政略結婚の道具が倒れた所で、別に心配する必要性が感じられないが?

 例え…実の娘であろうとも、な」


「………貴方はどこまでも沙苗を道具としか見てないようですね。

 本当に沙苗の父親かどうか、疑わしくなってきますよ」


「沙苗は正真正銘、血を分けた儂の娘だ。

 何を疑う必要がある?」


「……そうですか。

 それでですが、僕は貴方の元に沙苗を引き渡すつもりは一切ない……いや"渡したくなくなった"と言った方が正しいのかもしれませんね。

 血も涙もない貴方の元に沙苗を引き渡したとしても、沙苗が幸せに暮らせるとは思えないですし…」


「引き渡すつもりがないだと?

 貴様になんの権限があるというのだ?これは西園寺家内での問題だ。

 他人の貴様が口出しすることではない!!」


「……確かに、僕と沙苗は赤の他人です。

 それは変えようもない事実……。

 ですが沙苗の現状を知った今---僕は口を挟ませてもらいます」


「何処までも己の立場を弁えないガキだな、貴様は」


 こんなことを言ってきたので、僕はハッキリと告げる。静かなる怒りを露わにしながら。


「己の立場を弁えていらっしゃらないのは---貴方の方ですよ、西園寺財閥会長。

 ……現時点を持って西園寺財閥との取り引きを全て停止させていただきます!

 相良! 今すぐに瀬戸崎財閥グループ全体に周知徹底の触れを出せ!」


「承知致しました、瀬戸崎会長」

(愚かな男ですね。

西園寺財閥グループにとって、瀬戸崎財閥グループは最大の取り引き相手だというのに…。

普段はとても温厚な俊吾様ですが、先代と同じく、一度怒らせてしまうと徹底的に攻撃してしまう傾向がみられますからね)


 失礼します、と言って相良が退出した瞬間…西園寺会長が口を開く。


「ふんっ…瀬戸崎財閥グループとの取り引きなど、こっちから願い下げじゃわい!!

 西園寺財閥との全取り引きを停止したこと、精々後悔するがいい!」

(直ぐに泣きついてくるじゃろうな。

その時を楽しみにしておるぞ…若き会長よ)


(取り引きを停止すると宣言しても表情一つ変えない、か。

さて、この父親にはお帰りいただかないとね。

…沙苗の今後の未来の為にも、ね)


「さて、そろそろ貴方にはお帰りいただきましょうか…」


「は?何を言っておる?

 沙苗を引き渡してもらうまで、儂は帰らんぞ!」


「………は? いやいや……何時まで人様の家に居座るつもりですか?

 実の娘を政略結婚の道具としてしか見てない貴方には…絶対に沙苗は引き渡しません。

 それに今の時代、政略結婚なんて古いですよ?」


「…まだ言うか貴様は。

 沙苗を連れ帰らなければ、儂の立場が危うくなってしまうではないか…。

 それに、先方には既に沙苗との結婚の話しは済ませてしまっておるからのぅ。

 だから絶対に連れ帰らせてもらう」


 それを聞いた俺は言う。


「娘の気持ちを聞かずにですか?

 そんなに自分の立場が大事ですか?」


「娘の気持ち…だと? 道具に気持ちなど要らぬであろう?

 寧ろ、感情など不要だ。

 儂にとって、娘のことなどよりも自分の立場の方が大事に決まってるだろうが!」


 それを聞いた僕は、怒りのあまりに声を荒らげてしまう。


「……貴方は何処まで自分本意なんだ?

 ……沙苗は家族なんじゃないのか?

 ……そんなに自分の立場が大事か?


 お前にとって沙苗は道具としてしか見てないってことが良く分かったよ!!

 お前なんて、親失……「俊吾、ここからは私に話をさせてもらえないかな?」……沙苗。

 ……無理だけはするなよ?」


 いつの間にか僕の隣に座っていた沙苗によって、言いかけの言葉を止められてしまった。

 そして自分も話したい……と言った沙苗に譲る。


 だが沙苗が応接室に戻ってきたことに対して、何を勘違いしたのか……誠二郎が沙苗を見据えながら言う。


「…戻ってきたか沙苗。さあ、帰るぞ!

 先方が首を長くしてお前を待ってるんだか「私、帰らないわよ?」……なに?」


「あら、聞こえなかったの?

 だったらもう一度だけ言ってあげるわ。

 私は"帰らない"って言ったのよ」


「巫山戯たことを言うんじゃない!!

 お前に…拒否権などない!!」


「…なんで道具としか見てもらえない家に戻らなければならないのかしら?

 ねぇ、お父様?私の気持ちを考えてくれた事ってある?ないでしょ?

 ……そりゃないよね。 貴方にとって私は"唯の政略の道具"としてしか見られてないものね。

 それは貴方だけでなくお母様も同じ…」


「……何が言いたいのだ?」


「……何が言いたいのだ?ですって?


 巫山戯たこと言ってんじゃないわよ!!

 私の気持ちなんて一切考えずに道具扱いしてさ!!

 物心ついてからずっとだったわよね!!

 だけど…それでも私は耐え続けてた!!

 ……いつかお父様とお母様が私のことを娘として扱ってくれる日が来るんだって思って!!

 でも、そんな日は訪れなかった!!


 ………覚えてるでしょ? 今日、私が家出する朝にお父様とお母様が私に言った言葉を!!

 覚えているなら……今この場でもう一度言ってよ!!

 お父様が私に言った……あの吐き捨てるような言葉を!!」


「…………」


「なんで黙りなの?朝に言ったこと、もう忘れたの?そんな訳ないよね?覚えてる筈よね!!

 お父様とお母様は私に『お前を先方の嫁に出す。儂や母さんの立場を守る為に、政略の道具として犠牲になれ。そして、先方の性欲の捌け口としての道具として全うしろ!!それが、儂と母さんの間に生まれた娘としてのお前の唯一の価値なのだからな!!』ってね!!」


「……そんな事を言った覚えはない!!」


「覚えてるでしょ!!

 ……だったら何故、なんで目を逸らすのよ?

 それが覚えてるってことの何よりの証拠よ!!

 だから私は今日、家出をしたの!!

 私は---私は貴方とあの人の道具なんかじゃない!!!!」


 沙苗の、ありったけの気持ちが籠った声が応接室内に木霊する。

 そして沙苗は誠二郎の目を見据えながら、力強い声で告げる。


「私、西園寺 沙苗は---現時点を持って西園寺家とは絶縁し、瀬戸崎家のお世話になります!!!」


 そう宣言した沙苗は、堪えていた気持ちが溢れたかのように再び泣きながら…僕の胸に顔を埋めてきた。

 そんな沙苗を、僕は優しく抱きしめるのだった───





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