第2話 野望

それから、お昼。


共に食堂へとやって来た僕と茶梅。


「タコライス……いや、好きなドライカレーの方にするか……」

「どっちも似たようなもんだと思うけどー? 片方はカレー味の挽肉、もう片方は上にレタスとトマトとチーズがのってる、ってだけの違いじゃん?」

「ばっか、ウメお前、ドライカレーなんて普通だろう? 一方、なんかタコライス頼む男って『通』な感じあるだろ?」

「そうかなぁ? あっ、私はガパオライスにしよっかなっ」

「くっ……ガパオの方が通っぽいっ……!」

「そうかなぁ?」


と、券売機に並びながら悩んでいた、その時だ。


「ヘラ様! こちらカツ丼の食券ですっ」「こちらはミートソースパスタですっ」「お前らアホか! ヘラ様はサラダうどんの気分なんだよ!」


やいのやいの

男女関係なく、アイドル(偶像)様の周りには飽きもせず信者どもがひしめき合っている。


「なぁウメさんや。あの有象無象に混じったらドサクサに紛れて使用前食券奪えんかのう?」

「ツヅラさんや、あたしゃあモブで形成された人混みが生理的に無理じゃ」

「ウメさんや、それはもう電車にも乗れなくなるじゃろうて」

「だからこその車(送迎)通学じゃあ」

「ブルジョワじゃのぅ……」


茶梅の待遇に羨ましがっていると、


「オムライス……」


ボソリ

そんな呟きが聞こえた。


「ム! ヘラ様! 何か!?」「カレーライスと言っていたぞ!」「いいや! お子様ランチだ!」


やいのやいの

信者どもが自販機に割り込んで食券を買おうとしていたが、先人達に摘み出されていた。


あ、ふと思い出した。


「因みに僕の苦手な料理はオムライスだぜ?」

「急になんの話?」

「ライス部分が基本チャーハン味になるんだ」

「それはそれで美味いんじゃないかな?」

「それでも結構改善した方なんだぜ? 最初の頃なんて、いつも推し寿司みたいな匂いと味になってたんだから」

「ご飯に酢を入れたか腐ってたんじゃないかなっ」


いやー懐かし懐かしと腕を組んでウンウン頷いてると、


「チッ」


「チ? チョコレート?」

「ト? しりとり? ト? とうもろこし?」


僕らの背後で、アイドル様がご機嫌斜めだ。

きっとお腹が空いてるんだろう。



それから、放課後。


共に部室棟へとやって来た僕と茶梅。

目当ての部室前に着き、


ガラララ


「ちゃーっす」

「部長、いるぅ?」


シーン……

部室は静かなものだ。


コポコポ コポコポ

シュー シュー


「相も変わらず、カーテンが閉めきられてて薄暗ぇとこだねっ」

「僕は好きだよこの雰囲気。ガスバーナーで謎の『蛍光色の液体入りフラスコ』をコポコポ言わせてるのもグッドだ」


おどろおどろしく、いかにもな雰囲気の部室。

まるで『科学部』か何かだと思われそうだが……ちょいと違う。


「兎に角っ、カーテン開けるよっ。ソレッ(シャー!)」


「…………う? ウ! ギャー!! 光がぁー!!!」


直後、断末魔。


「よし! もう少しだウメ! この吸血鬼を焼き殺せ!」

「よし来た!」


「し、死なないよ……!」


ムクリ……

この気怠そうにソファーから身体を起こすボサボサ銀髪の眼鏡女こそ、この部の長で上級生の【宿木(やどりぎ)】部長だ。


「部長ー、火掛けたまま寝てたんかよー」

「火事起きて死ななきゃ分からんのかっ」


「ち、違うからっ、長時間加熱するレシピ(工程)のだからっ……」


「何がレシピだっ、毎日授業サボって変な研究しかしてない穀潰しがっ」


「ぅぅ……ロジカルハラスメントと大きい声で怒るのはやめて……怒られ慣れてないの……」


「へっ、甘ちゃんがよっ。今日も僕らのストレス発散要員として奉仕して貰うぜっ」

「貰うぜっ」


「ぅぅ……先輩なのにこの仕打ち……私凄いのに……」


と、まぁ酷い扱いを受けている宿木部長ではあるが、世間的には凄い功績があるJKとして有名だとかで……


なんちゃらとかいう研究の成果で世界の技術的進歩を五十年進めた天才だとか、不治の病と言われていた病気の薬を開発した聖母だとか……

他にも世界のエネルギー問題、若返り(アンチエイジング)技術、食料問題の解決などなど、功績や二つ名を数多く持つ少女だ。


けれど、まぁ、


「いくら周りが『凄い凄い』言ってても、それは僕らにリターン(還元)されてないからなっ。尊敬されたきゃドラえもんの『もしもボックス』作ってみろっ」

「私は『植物改造エキス』がいいかなっ。引っこ抜いた巨大なカブ(型植物)を割ったらカレーライスが出て来るシーンとか、憧れだよねっ」


「うう……『まだ』どっちも無理だよぅ……お腹空いてるんなら何か注文するから許して……」


「この女、卑屈さが身に染みてんなぁ……んしょ」


ガチャ

部室の冷蔵庫からお茶ペットボトルを取り出し、二つの紙コップに注ぐ。


「ほい」


「あ、ありがとう……」


一つを部長に渡したあと、近くのパイプ椅子に座る僕。

「よいしょ」

そしてその僕の脚の間(股間付近)に座る茶梅。


「でもまぁ、この三人しか居ない『ミスド(ミステリー同好会)』に部室があるのは、数少ない部長の功績だね」

「冷蔵庫もシャワー室もあるし、お腹が減ったら(専属の)食事の配達とかもして貰えるしねっ」


「う、うへへ……頑張ってるからね……」


「けど、なんでこんな高校に引き篭もるかねぇ」


部長なら専用の研究所だの、最低でも一流大学からの誘いとかあるだろうに。

まぁ、その答えは既に聞いている。


「ふへ……ここが、一番過ごしやすいからねぇ……」


ボサボサの髪を弄りながらほくそ笑む部長。

風呂入って髪なり整えて可愛い服着りゃ皆が振り返る美人に様変わりする(前に僕らが無理矢理おめかしさせて外に放り出した)ってのに、勿体ねぇ。


けど、まぁ、部長にはそんな青春を犠牲にしてでも叶えたい『目的』があるらしくって……


「『世界征服』……あと少し……あと40%……私の開発した製品が世に出回れば……Xデイには一斉に『プログラム』を発動させて……あっという間に『世界征服』、出来るから……」


「おー、頑張れよー。僕らの幹部ポストも忘れるなよー」

「でかいプールとか欲しいなぁ」


恐らく、彼女の目的は達成されるだろう。

その暁の末に世界がどう変貌するかは想像もつかないが……今はそれは『どうでもいい』。


僕はクピリとお茶を飲む。

「私もー」と言うので茶梅にも(同じコップで)飲ませてやった後、


「それより部長ー。世界征服なんかよりまず『催眠』や『洗脳』の研究は進んでるー? 進んでるよねー? ミスドの名に恥じないドンとしたやつがさー」


「も、もちろんっ。道具の準備から薬品の散布法、サブリミナルを含めた暗示のやり方まで着々と進めてるよっ。一人残らず人類を洗脳してやるんだ……!」


「んー、取り敢えず簡単で手軽で強力なやつから教えて貰えればいいかなぁ。ほら、よくある『オラ! 催眠!』みたいなやつ?」

「ツヅラぁ? 何でそんなの覚えたいんだぁ?」

「逆に覚えたく無いやつおるんか? 面倒な奴に絡まれたり、人に奢って貰いたい時とか『催眠!』で全て解決じゃん?」

「天才か!?」


僕の太ももをペチペチ叩く茶梅。


「部長! 私も覚えたい!」


「えっ、ええっ。い、今はツヅラ君用の『やり方』しか用意してないの……ごめんね」


「役立たず!」

「僕専用とかあるんだ。」


「う、うん……みんながみんな同じ事が出来たら、この腐った世界に戦争なんて起きないよ……」


「サラッと闇を見せてくるなぁ」



それから、僕は部長から『催眠術』のやり方を教わるわけだが…………


「ふぅん。そんだけ? 道具もいらないんだ。意外に簡単だね」

「ねー」


途中から、話を聞きながら茶梅のふわふわな髪をいじっていた僕。

サザンカを模した髪飾りがキュート。


「か、簡単そうに見えるのは『ツヅラ君専用』だからだよ」


「ほうっ、それは僕が『イケメン』なのもあるのかい?」


「イケ……う、うん、まぁ、そうだね。催眠術というのは基本、『使う人間』が重要だからね。醜い容姿よりも美しい容姿の方が、相手の警戒心も薄れるでしょう? 実行の第一段階で『警戒心を解く』というのもあるからね」


「ほらぁ」

「なんで私にドヤ顔するのさ! なら試しにやってみてよ! エッチな命令も可!」

「今の方法ってウメにもいけるの? 部長」


「えっと……い、『今からやられると分かってる相手』には効きづらくなるかも……?」


「だってよウメ」

「騙された!」

「まぁ僕は試しに部長に掛けたかったけどなぁ」

「催眠掛けないでも何でもいう事聞いてくれるっしょ?」


「え、エッチなのはダメ……!」


「ムッツリが」

「ムッツリサイエンティストが」


そんな感じに、ミステリー同好会が放課後ティータイムを楽しんでいた……


そんな時。


ガタッ!


「むっ! 曲者!」


ヒュッ! カッカッ!


茶梅が太ももに巻いたホルダーから【棒手裏剣】を抜き放ち、出入り口の扉に突き刺す。


タッタッタ……


走り去る足音。


「誰かいたんだ?」

「うーむ……女の足音だったけど、明らかに立ち聞きしてた感じだったね」

「さすが『伝説のくノ一』の末裔」

「私にそんな設定あったっけ?」


「ど、どうする? 廊下に仕掛けた監視カメラで確認する?」


「いや、そこまでしなくてもいいかなぁ。てかカメラ仕掛けてたんかい。世界征服の計画が漏れたら不味いからその警戒で、かい?」


「う、ううん。趣味……」


「うーむ、シンプルに気持ち悪い」

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