第5話 裏切りの王女

 セリーナは自室に軟禁されていた。

 彼女は窓の外を眺めながら、父の死について思考を巡らせていた。


(どうして、こんなことに……)


 毒殺の犯人は分かっている。

 自らがこの国に招き入れた、レグザムに間違いない。


 彼は力を貸す素振りを見せながらも、虎視眈々と国を狙っていた。

 しかし、それを自分がコントロールできているものと認識していた。


 国王が殺され、私が犯人として処罰される。

 そうなれば、この国の後継者候補は何人にも増える。


 その中から都合の良い1人を仕立てれば、権力を掌握できる。

 

(だけど、それを防ぐための手は打っていたはず)


 自分がいる時以外、レグザムとその部下を国王には近づかせなかった。

 また、あえて国王にレグザムの危険性を認識させていた。

 さらに、アルド軍四天王の一人であるラミアには、彼を見張るよう内密に頼んでいた。


 そこまでしてでも、彼の力を借りる必要があった。


 全ては、この国の存続のためだった。

 レグザムの野心を逆手に、その力だけを利用するつもりでいた。


(やっぱり、あれが失敗だったのね)


 歯車が狂い始めたのは、星の祭壇での事件からだろう。

 争うことなく、国王を失墜させるつもりでいたが、その目論見は外れた。


 せめてもの成果として、国王の腹心であり、四天王の一人でもあるレオナルドを追放した。


 この想定外の選択が、パワーバランスを崩してしまったのだ。


 その後の国王護衛の任は、アルド軍四天王の残された3人から選ばれた。

 遠征中のランス、そして私と交友のあるラミアが選ばれないのは当然の成り行きだ。


 最後の一人、ブラッドがその任についた。


(でも、彼がいながら、なぜこんなことに……)


 バンッ、と背後で大きな音がした。

 勢い良く、部屋の扉が開かれる。


 誰が来たのかも、何を言われるかも、分かり切っていた。

 セリーナは振り返ることもせず、窓の外を眺めていた。


 後方に足音が近付いてくる。

「セリーナ様、恐縮ですが、国王暗殺の疑いで拘束させていただきます」

 声の主はレグザムだ。


 窓に反射する彼らの姿を確認する。


 衛兵が2人。

 その後方には魔法使いが2人。

 レグザムはいつも通り、紫色のローブを身につけ、腰の右側に杖、左側に剣を携えていた。


「まさか、アルド軍四天王まで取り込むとはね」

 窓を向いたまま言う。その声には、確信めいたものを込めていた。

「……」

 レグザムが逡巡する。


(……この反応は、間違いない)

 彼の反応から、ブラッドの裏切りを確信する。


「……連行します」

 私の言葉に答えることなく、彼は私を牢へと連行した。



 ――牢の鍵が閉められる。


 当然、この中に入るのは初めてのことである。


 子供の頃は、この場所が怖かった。

 父にも、悪いことをすればここに入れられるのだと脅されたものだ。


(でも、入ってみたら大したことないじゃない) 


 静かな牢獄で、ただ一人の時間はとても長く感じた。

 この動乱の中、父の死を悲しむ余裕すらなかった。


 今になって、その悲しみ、そして父への申し訳なさ、さらにはこの先の不安が、胸の中に溢れ出す。


「……」

 セリーナは、声を出すことなく、涙を流していた。


 この先どうすれば良いのだろうか?

 恐らく、すぐに殺されることはない。


 レグザムは私を、脅威とは思っていないだろう。

 殺すなら、私を利用して、国を手中に収めた後だ。


 では、それを防ぐために、今できることはないだろうか?


 父の言葉を思い出す。


「見通しが立たないときは、今できることにひたむきになりなさい」


 セリーナは、牢の中で、今できることだけに集中した

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